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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第三章:二年生秋
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05:シンデレラと王子様と王子様管理係



 宗佐の名前が挙げられた瞬間に響き渡った悲鳴と言ったらなく、そうなるだろうと予測して事前に耳を塞いで身構えていた俺は予想通りの展開に小さく頷いた。

 月見や西園以外にも、このクラス内だけでも宗佐に惚れている女子生徒は複数いる。彼女達は王子様役の宗佐を見たいと票を入れるだろうし、宗佐に対して恋愛感情を抱いていない女子も友人の願いを叶えるために宗佐を押す。

 そういった感情での票を抜きにしても、宗佐の外見は王子を演じるに適している。おまけに他クラスどころか他の学年の女子生徒にも慕われているのだから、客引きとしての効果もばっちり。票は集まり、異論は上がらない、つまり宗佐一択だ。

 勿論そんなこと宗佐本人は考えるわけがなく、突然任命されたことに驚きの表情を浮かべ、それでも「俺、頑張るよ!」と頷いて応えた。


 次の瞬間、殺意のこもった恨みの視線が宗佐に向けられたわけだが、まぁこれも想定内と言えるだろう。

 

 それどころか、委員長に呼ばれて教卓へと向かう宗佐に足を引っかけようする者までいるのだから、もはや呆れを通り越して哀れとさえ言える。

 そんな宗佐と宗佐に対して嫉妬する男達を眺めていると、隣に座っていた西園が小さく息を吐いたのが聞こえた。溜息とも安堵とも言い切れぬその吐息にふと視線をやれば、少し困ったような笑みで肩を竦めて返してきた。普段は屈託なく笑う彼女にしては珍しい、物言いたげな笑みだ。


「王子役、芝浦に決まったね。というかあたし達が決めたって言うべきかな」

「……あ、あぁそうだな」

「あたしも芝浦が王子役やるのが一番だと思う。きっと似合うし」

「そりゃ確かに似合いそうだけど……」


 西園の胸中を想えば、どう話を続けて良いのか分からなくなる。

 何か言うべきだと思えども気の利いた言葉は一つとして思い浮かばず、それどころか煮え切らない返事しか出てこない。これでは西園を気遣っているのがバレバレじゃないか。むしろ逆に彼女に気を遣われかねない。

 相変わらずな己に不甲斐なさを抱いていると、俺が何か言うより先に西園が「実はね」と話を続けた。


「あたし、王子の付き人役になったんだ。男の格好だけど、舞台の上で芝浦と並んで立てるのはちょっと嬉しいかな」


 照れ臭そうに頬を染めて西園が笑う。シンデレラではなく付き人役でも宗佐と並ぶことが出来るならそれで良いと、そう嬉しそうに話す彼女の健気さと言ったらない。

 そんな健気さに当てられつつ「頑張れよ」と彼女を鼓舞したのだが、どういうわけか西園は「敷島もね」と俺に返してきた。

 

「俺も? 俺はまだ決まってないし、そもそも舞台に立つ気はないけど」

「……いや、そうじゃないんだ。でも頑張って」

「あぁ、裏方って事か。出来れば大道具とか照明が良いな」 


 舞台に立つ気はないし、台本を書いたり演出を考えるような器用な真似も出来ない。

 となれば俺が就くのは裏方の力仕事だろう。それぐらいしか出来ないが、任されたなら全力でやるつもりだ。

 そう俺が答えれば、西園はゆっくりと他所を向いて「頑張って」と告げてきた。

 なぜわざわざ顔を背けるのか。心なしか表情も若干引きつっているように見える。


 ……嫌な予感がする。


 だがそれを西園に問うより先に、委員長がパンッ!と手を叩いて軽い音を教室内に響かせた。

 彼女がよくやる仕草で、それを聞くと反射的に教卓へと視線を向けてしまう。


「それじゃあ王子役は芝浦君で決定ね。それで、芝浦君に台詞とダンスを覚えさせるのは敷島君」


 ……ん?


「もう下校時間になるから、他の配役と仕事の分担は明日決めましょう」


 ……ちょっと待て。

 今なにか聞こえたような気がする。


「台本は明後日までに完成させる予定だから、手が空いてる人は製本手伝ってちょうだい。はい終わり、解散!」

「ちょっと待ったぁ!」


 手早く締めに入ろうとする委員長に、慌てて抗議の声をあげて立ち上がった。

 いやいや、今のはどう考えても聞き流せないだろ。なんだよ『宗佐に台詞とダンスを覚えさせる』って、そんな役割あってたまるか。というか、なんで問答無用で俺なんだ。


「なんだよその役割! なんで俺なんだよ!」

「王子役は満場一致で芝浦君だったの。でもちょっと問題があって……。それで、その問題の解決策がこれまた満場一致で敷島君だったの。そういうこと」

「そんな面倒くさくて苛酷な仕事押し付けられて、『そういうこと』で納得できるわけないだろ!」

「はは、苛酷って何言ってるんだよ健吾。俺なら台詞とダンスくらいパパっと覚えられるって」

「うるせぇ宗佐黙ってろ! 俺は断じてそんな役割は御免だ!」


 どうして俺だけそんな苛酷な仕事を押し付けられなければならないのか。それも拒否権が無いどころか意思確認さえされず、さも決定事項ですと言わんばかりの口調で言い切られた。他の仕事ならばまだしも、押し付けられたのは宗佐の管理、これで大人しく「はい頑張ります」なんて言えるわけがない。

 そう拒否の姿勢を示せば、委員長が深い溜息を吐いた。


 そうして一言、


「それなら決め直しね。もちろん、敷島君が男子をまとめて結論を出してくれるのよね。今日中に(・・・・)


 と、にっこりと笑って告げてきた。


 壁に掛かっている時計を見上げれば、下校時間まであと三十分も無い。

 この時間まで俺達はだらだらと雑談し、それどころか盛大に脱線していたのだ。今更気合を入れ直したところで直ぐに決められるわけがない。


 つまり、このまま彼女達の決定を――王子が宗佐、そして宗佐の管理が俺という決定を――受け入れるしかないのだ。

 

 退路は完璧に絶たれた。

 なるほど、最後の手段として有無を言わせぬためにこの時間まで待って委員長達が現れたのか……。

 全ては彼女達の掌で転がされていた……ということだ。


 それを悟れば無力感すら感じられ、俺は了承の代わりに力なく席に着いた。

 俺の敗北を見て取ったのだろう委員長の嬉しそうな笑顔と言ったらない。あぁ、今の今まで壁に張り付くようにして気配を消していた議長が憐れみの表情で俺を見ている……。


「敷島君も納得してくれたみたいで良かった。細かい役割は明日決めるから、みんな帰っていいわよ」


 手際よく締めに入り、委員長が帰宅を促す。

 だが今の俺には立ち上がる気力すらなく、過酷な役割と絶望に頭を抱え込みたい気分でいた。


 ……次いでチラと窓辺に視線を向ければ、そこにいるのは珊瑚。一連の流れに対し「あらまぁ」とでも言いたげな表情を浮かべて立っていた。

 そしてふと俺の視線に気付くと、はっと息を呑み慌てたように踵を返し……。


「待て、妹!」

「きゃっ! 健吾先輩の妹じゃありません!」


 俺の視線の意味を察したか、それとも長年宗佐絡みの面倒事に巻き込まれている勘か――先程俺が嫌な予感を感じたように――、珊瑚が逃げようとする。

 だが俺は彼女が逃げるより先に手を伸ばし、なんとか鞄の端を掴むことに成功した。危なかった、ギリギリだった。あと数秒遅れていたら逃がしていただろう。

 現に今もなんとか逃げようと暴れている。もっとも本気で暴れるわけではなく、鞄を揺らして抗議したり俺の手をぺちぺちと叩いてくるだけだが。


「妹、頼む! 協力してくれ!」

「嫌ですー。無理ですー!」

「そこを何とか! お前の兄貴だろ、俺じゃなくて宗佐を助けると思って!」

「無理な物は無理なんです! 宗にぃに台詞とダンスを覚えさせるなんて不可能ですよ! 負け戦です!」

「そこをなんとか! たとえ分かりきった負け戦だろうと奇跡が起きるかもしれないだろ! 万が一、いや、億が一、成功するかもしれないし!望みは薄いけど!」


「なぁ二人とも、だから本人がここに居るんだって」

「「知ってる」」


「そもそも、宗にぃと健吾先輩のクラスの問題じゃないですか! 私だってクラスと部活でやることがあるんです!」

「分かってる、そっちを手伝うから! ベルマークもやるから!」

「今回ばっかりはベルマークじゃ割に合いません!」


 喚きながら拒否する珊瑚に、それでもとめげずに頼み込む。


 宗佐の性格と記憶力を考えると、俺だけではとうてい管理しきれない。

 学校では全体練習や調整もあるし、個別に出来ることなど高が知れている。となれば家で過ごす時間が鍵を握るわけだ。家で台本を読み込み台詞の練習をし、学校では全体を通した動きの練習と調整に専念する。それが理想の流れと言えるだろう。

 だが相手は宗佐だ。自分のことを過信しまくって家での練習や読み込みをサボりかねない。むしろ真面目に取り組んでもこいつが一人で練習できるとは思えない。

 信頼は皆無である。


「頼むよ妹、宗佐が家で練習してるか見張ってくれるだけでいいんだ。それでちょっと進捗を連絡してくれたり、たまに練習に付き合ってくれるだけでいいんだ」

「トータルで結構協力させようとしてません?」

「それだけお前の協力が必要なんだって、だから頼む!」


 鞄を掴んでいた手を離し、両手を合わせて拝み倒してみる。

 そこまでいけば流石に珊瑚も諦めたのか、仕方ないと言いたげに溜息をついた。


「分かりましたよ。ちょっとくらいなら手伝ってあげます」

「本当か!?」

「宗にぃに練習するように言って、サボらないか見張って、進捗を伝えればいいんでしょ。たまになら練習も付き合ってあげます」


 いまだ不服そうな態度と口調ではあるが、了承してくれたと考えて良いのだろう。それも口調こそ不満げだが全面的に協力してくれるようだ。

 それに感謝をしていると、珊瑚が鞄から携帯電話を取り出してきた。次いで俺にも出せと言いたげに視線で促してくる。


「……ん?」

「進捗を伝えるんですよね。私だってクラスと部活で忙しくなるんです、そうそうこっちに顔を出せませんよ」


 だから、と促してくる珊瑚に、確かにと頷き俺も鞄にしまっていた携帯電話を取り出した。

 

 俺と珊瑚は、今まで何かあると宗佐を介して連絡を取り合っていた。そもそも学校に来れば今のように会えるわけで、それでもと連絡を取り合うような用件は極まれである。片手の回数あるか無いか、ゆえに宗佐を介することを手間とも思っていなかった。

 だが宗佐の練習の管理をしあうとなれば頻度は増える。どこまで覚えたか、家でどれだけ練習しているか、いちいち教室まで報告に来てもらうわけにもいかないし、俺が聞きに行くのも非効率だ。宗佐の性格を考えると、連絡の仲介をさせたらサボり報告を改竄して伝えかねない。


 だから連絡先を交換し、直接連絡を取り合えるようにする。

 これは自然な流れだ……と、そう自分に言い聞かせ、手早く携帯電話を操作する。


 そうして互いに携帯電話を向け合うこと数秒、俺の携帯電話の画面に『芝浦珊瑚』の名前が表示された。


「それじゃあ、台本が完成したら宗にぃがちゃんと鞄にしまうよう見張ってくださいね。初日から学校に置いてきたなんて事にならないように」

「……そ、そうだな」

「余分に作れるなら私の分も用意してもらえます? 宗にぃ、部屋汚いから無くしそうだし」

「…………分かった、委員長に伝えておく」

「あとはダンスかぁ……。それは一回お手本を見てみないとなぁ」


 協力すると決めたからか、矢継ぎ早にあれこれ言ってくる珊瑚に、俺は心ここにあらずな返答しかできずにいた。

 自分の携帯電話から目が離せない。いや、正確に言うのであれば、画面に表示されている芝浦珊瑚の名前から目が離せない。

 そんなやりとりを続けていると、いつの間に帰宅の準備を終えて教室を出ていったのか、宗佐が窓の向こうから顔を出した。


「珊瑚、待たせてごめんな」

「もう、宗にぃを待ってただけなのに仕事までする羽目になっちゃった」

「まぁまぁ、俺も珊瑚が練習つき合ってくれれば助かるからさ。そういうわけだから、よろしくな健吾。西園さん、舞台頑張ろうね!」

「…………おう」

「じゃあ健吾先輩、さようなら。麗先輩も、付き人の衣装出来たら見せてくださいね!」


 いつもの調子で御座なりな挨拶を告げる宗佐と、西園相手のみ人懐こい笑顔を向ける珊瑚。

 対して俺はと言えば、いまだ心ここにあらずで曖昧な返事と共に二人に手を振った。

 その隣では、去り際の宗佐から「また明日ね」と別れの挨拶を告げられた西園が顔を真っ赤にし、小さく手を振っている。



 その後、俺と西園が我に返るまで、たっぷり三分ほどかかった。



「……そろそろ帰るか」

「そ、そうだね。あはは、芝浦に挨拶されて意識飛んじゃったよ」


 いまだ頬を赤くした西園が、照れ隠しなのか頭を掻きながら笑う。

 そうしてふと俺の顔を覗き込み、不思議そうな表情で「敷島、どうしたの?」と聞いてきた。


「どうしたって、な、なにがだよ」

「いや、なんか……妙に嬉しそうじゃない?」


 頬が緩んでる、と指摘され、慌てて顔を抑えた。

 だが確かに、自分自身でも自覚している。今の俺はさぞや間抜けな顔をしていることだろう。

 かといってそれを素直に自覚するのが悔しく、何かを察したのかニヤリと笑う西園を睨みつけ、



「お互い様だろ」



 と言ってやった。

 それを聞いた西園の頬が再び赤くなるのだが、今はそれを指摘してやる余裕は無かった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 連絡先を入手して、喜ぶ男子。うーん、初々しい。
[一言] うっわあ。 なんでしょ。 珊瑚ちゃんと宗にぃの間にいる健吾君の諸々。 じわじわとしつつも、じっくりと茹で上がる茹で卵の白身っぽい感じが読んでいてじわじわきます。 あああ。分かりにくい表現で…
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