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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第二章:二年生夏
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30:一件落着と落着しそうにない多角関係



 携帯電話を落とすまいと必死で、着水の準備も心構えも何もしていない。

 身構えることも呼吸を止めることもせず、むしろ落下して水中に沈んでもなお俺の頭の中にあるのは携帯電話の事だけだ。

 着水時と同様に盛大な水しぶきを上げて勢いよく立ち上がり、苦しさも咳き込むことも忘れて周囲を見回し携帯電話を探す。


 野次馬達が驚いた様子で俺を見ている。

 誰か受け取ってないか……と願うように探すと「健吾先輩!」と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 珊瑚だ。彼女が心配そうにこちらを見ている。


 その手に一台の携帯電話を握りしめて。


 彼女が普段使っている携帯電話ではない。あれはさっき俺がプールに落ちる前に弾き飛ばした携帯電話だ。

 方向など決める余裕も無く手で弾いたが、どうやら珊瑚が受け取ってくれたらしい。

 良かった、と安堵し、今更咳き込みながらゆっくりとプールから上がった。


 珊瑚が駆け寄ってくる。

 その背後から来るのは、木戸と、携帯電話が無事だと察して項垂れる男とそれを押さえる男性スタッフ。宗佐達の姿もある。


「健吾先輩、大丈夫ですか?」

「あぁ、これぐらいどうってことない。それより携帯受け取ってくれたんだな」

「はい。プールに飛び込む健吾先輩の姿が見えて、それと同時に携帯電話がこっちに飛んできたんです」


 あのまま地面に落下していたらそれはそれで故障していた可能性がある。

 だが携帯電話は運よく――持ち主からしていれば運悪く――、俺の手から離れた後は珊瑚のいる方向へと飛んでいったらしい。彼女はわけが分からないながらもそれをキャッチし今に至る。

 だが受け取ったは良いが事態を理解していないのだろう、手に持った携帯電話を不思議そうに見つめている。


「これ、誰の携帯電話ですか?」

「あいつらの仲間が居て盗み撮りしてたんだ。……グルになって、紐をほどいた瞬間を撮ってたんだと思う」

「えっ……」


 俺の話を聞き、珊瑚が小さく声を漏らすと体を強張らせた。手にしていた携帯電話に視線を落とすが、その瞳には嫌悪と恐怖の色が混ざっている。

 無理もない。他でもない珊瑚もまた被害に遭っており、その瞬間を写真に撮られていた可能性が高いのだ。そこには嫌悪どころか恐怖だってあるだろう。

 眉尻を下げた不安そうな表情が居た堪れない。


「大丈夫だ。証拠は無事なんだし、ここまできたらあいつらも白を切るなんて出来ないはずだ。きっちり締めあげて洗いざらい吐かせて、そのうえでちゃんと消させるから」


 だからと宥めれば、珊瑚が小さく頷いた。

 それでも嫌悪は消えないようで、眉根を寄せて携帯電話を見つめ、スタッフに声を掛けられるとすぐさま手渡してしまった。きっと手にしているのも嫌なのだろう。



 ◆◆◆



 ここまで大事になったため、俺達も再び事務所へと通される事になった。

 当然だが先に連れていかれていた男達とは別の部屋で、俺達が部屋に入るなり女性スタッフ達が労ってくれた。

 一連の説明を終え、証拠の写真を確認するため珊瑚と桐生先輩が別室へと案内される。



 そうして五分程して戻ってきた彼女達の表情は部屋を出ていくときより幾分和らいでおり、宗佐が大丈夫だったのかと珊瑚に問えば、彼女は落ち着いた声色で問題視するほどの写真ではなかったと返した。

 曰く、消すことも可能だが出来れば証拠として警察に提出したいと言われ、それにも同意したらしい。その後にきちんと消してもらうように約束したと珊瑚が話せば、ようやく宗佐が安堵した。


「警察……。そうだ、ちゃんと警察を呼んでもらわないと。それに家族への連絡と、学生なら学校に、社会人なら会社にも連絡して、他には……」


 あとは……と考えうる限りの関係者を挙げ、それら全てに今日の事を知らせるべきだと話す。

 仕出かしたことを知らしめるつもりなのだろう。物騒な物言いだが『社会的に潰す』という気持ちに近いか。

 声色を落としてぶつぶつと呟く宗佐を、話を聞いたスタッフが大丈夫だと宥めた。後はこちらで対応するからと優しい声色で告げる。


 奴等を捕まえたのは俺達だ。だがここから先は一介の高校生では対応しきれない。

 被害に遭った二人も同じ考えらしく、珊瑚が頭を下げて今後を任せ、桐生先輩に至っては「徹底的にやってください」と意地の悪い笑みを浮かべた。


 そんな中、低い声で「お願いします」と告げたのは宗佐だ。

 じっとスタッフを見つめており、その真剣な瞳には言い知れぬ圧を漂わせている。


「二度とこんな事をしないように処分してください。俺の妹を傷つけたんだ、簡単に許されて良いわけがない」


 宗佐の声は低く鋭く、これにはスタッフも表情を真面目なものに替えて深く一度頷いて返した。それどころか少し上擦った声で話す。そこに先程までの子供を宥める色はない、宗佐から漂う圧を感じ取ったのだろう。

 それでも宗佐は満足していないのか、更に念を押すように再び「お願いします」と告げた。声から漂う圧が一層増している。

 普段の宗佐らしからぬ、別人かと思えるほど冷ややかな怒りを纏っている。

 見兼ねた珊瑚に腕を擦られようやく表情を緩めるのだからよっぽどだ。



「……マジかよ、芝浦ってキレるとあんなに怖かったのか」


 とは、宗佐の威圧感に臆して小声で話しかけてくる木戸。


「なんだ、知らなかったのか。宗佐は普段は間抜けだが妹絡みだと恐ろしいからな。親衛隊の仲間にも『妹には絶対に手を出すな』って言っておけよ」


 俺の注意喚起に、木戸がコクコクと頷く。

 小声で「この間の件、根に持たれてたらやばいな」と呟くのは、きっと先日のネクタイに関する騒動の事だろう。あの時、木戸をはじめ桐生先輩の親衛隊達は珊瑚を捕え、そして空き教室に閉じ込めた。

 珊瑚は話してはいないようだが、仮に彼女が『数人の男子生徒に捕まえられて空き教室に閉じ込められた』等と話せば、宗佐は確実にキレる。そして一人残らず調べ上げるだろう。

 泣かせた――泣き真似だが――とまで知られたらどうなるか……。


 それを話せば、木戸がひくと頬を引きつらせた。

 以前であれば「そんな馬鹿な」だの「芝浦相手に臆するか」だのと笑い飛ばしただろう。だが今の宗佐を目の当たりにして、そんな余裕を抱けるわけがない。


「……芝浦の妹、アイス食うかな」

「口止め料か。あいつ抹茶とかほうじ茶が好きだから、そこらへん奢ってやれ」

「上手いこと芝浦に勘付かれないように奢りたいからサポートよろしく。あ、それとも俺が敷島に奢って、敷島が芝浦妹に奢るほうが良いか?」


 どうだろうと話す木戸の意地の悪い笑みと言ったらない。

 何が言いたいのかこいつは。とにかく腹が立つ。


「そういえばあの一件では俺も閉じ込められたな。妹のついでとはいえ、是非とも宗佐には仇を討ってもらいたいところだ。あとで事細かに話そう」

「悪かった、頼むから勘弁してくれ」


 慌てて木戸が謝罪をしてくる。

 本当なら二度と変な事を言い出さないようもう少し詰め寄りたいところだが、本題も終わりそうだし、一度睨みつけることで許しておいた。



 そんなやりとりをしている間に本題が終わり、互いに挨拶をして誰からともなく立ち上がる。

 気付けば時刻は既に遅くなっており、そろそろ帰宅の準備をし始める時間だ。

 このまま更衣室に向かおうと話し合えば、スタッフの一人が時間を潰してしまったことを詫び、「また今度遊びに来て」と入場券を手渡してきた。お礼と詫びを兼ねた品なのだろう。


 それを受け取った木戸が「また今度、か……」と呟いた。


「今度どころか、俺は明日来る」

「あぁ、そういや明日は桐生先輩に騙されたってことで親衛隊の奴等と来るんだっけ」

「そういうこと。というわけで俺は明日また来ますけど、今日来ていないていで来るので、完全に初見ぶります。絶対に、くれぐれも、俺が今日来たことは話さないでください」


 お願いします、と木戸がスタッフに告げる。そのうえ一度だけでは足りないと「絶対に声を掛けないでください」と真剣みを帯びた声で念を押す。

 こいつは親衛隊を出し抜いて今日ここに居るのだ。仮にスタッフに「昨日はありがとう」等と言われれば、抜け駆けがばれ悲惨な目に遭うのは火を見るよりも明らか。

 それを危惧する木戸を、月見と、普段の調子に戻った宗佐が首を傾げて見ている。果てには「明日も来るなんて木戸君はプールが好きなんだね」等と明後日な解釈をしているが、この二人にはあえて詳しく説明する必要も無いだろう。

 原因である桐生先輩はコロコロと笑うだけだ。それどころか宗佐と月見に同意するように「本当ね」なんて話しかけているが、これは同意よりも二人の間に割って入るのが目的だろう。

 そんな桐生先輩を見て事態を察したのか珊瑚は肩を竦めている。


 ややこしい関係に、木戸に念を押されたスタッフが苦笑交じりに「複雑なのね」と返した。


 複雑と言えば複雑なのだろうか。


 そんな疑問を抱けば、察したのか珊瑚が溜息を吐き「面倒くさいだけですね」と言いのけた。

 呆れを隠しもしないその表情と態度は相変わらずで、どうやら彼女もいつもの調子に戻ったようだ。良かった、と俺は内心で安堵し、ついでに「同感だな」と肩を竦めて同意しておいた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 一件落着。「面倒くさい」関係かあ。今はまだそれで。 しかし、何処まで行っても可愛い妹。もしも手を出されたのが月見がそうだったら、どうだったんだろう。
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