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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第二章:二年生夏
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25:淡く光るプールと隠す本心

 


 夕方になりライトアップが始まり、日が落ちると施設内の雰囲気がガラリと変わる。


「凄いねぇ、なんだかさっきまでいたプールじゃないみたい」


 とは、ゆっくりと色を変える水面を目を細めて見つめる月見。

 浮き輪に上半身を預けてふわふわと波に揺れ、今まさに赤から青へと変わっていく水面をそっと手で掬いあげている。うっとりとした表情はまさに夢見心地だ。

 その浮き輪の片側。まるで半分こと言わんばかりに身を乗せているのは桐生先輩。彼女もまた色を変える水面を満足げに見つめ、そして時折は浮き輪を揺らして月見を脅して遊んでいる。


 二人が身を寄せて楽しそうにする光景は絵になる。

 とりわけ今居る波の出るプールの演出は綺麗で、日中のような高波は作らず、やんわりとした低い波を作って色付く水面を揺らしている。あちこちで浮かぶ浮き輪がそれを反射し、水中も水面も、周辺すらも淡く光り輝いているようだ。

 ただでさえ見目の良い月見と桐生先輩が寄り添いそれを眺める姿は美しく、目の前にあっても、まるで映画のワンシーンを見ているような気分になる。


 見惚れるように見つめていた宗佐が、吐息交じりにポツリと呟いた。


「綺麗だなぁ……」


 その言葉は妙にこの場に響き、俺はもちろん、楽しそうに浮かんでいた月見や桐生先輩までもが聞き取って宗佐へと向いた。

 一身に視線を受け、宗佐がはたと我に返る。


「あ、い、いや、ライトアップが綺麗だなって思ったんだ。うん、水面も揺れて凄く綺麗だよね!」


 はは、と乾いた笑いを浮かべる宗佐の誤魔化しは、誰がどう聞いても白々しさしかない。

 先程の「綺麗」という言葉は感情が籠っていた。むしろ胸の内に沸いた感情が抑えきれずに言葉になった、そんな声色だった。

 それが光の演出に対してではないのは明白。そもそも、宗佐は景色だのライトアップだのに感動するような男ではない。こいつにそんな繊細さは皆無である。


 となれば何を綺麗だと思い胸の内を呟いたのか。

 考えるまでもない。月見だ。


 だというのに、本来ならばその言葉を受け取るべき人物の月見はと言えば、


「そうだね。凄く綺麗だよね。なんだかおとぎ話の中に入った気分」


 と、宗佐の言葉をそっくりそのまま信じて、嬉しそうに笑っているのだ。

 その言葉にまた宗佐が表情を緩める。この光景も、そして月見の発言も、何もかもが宗佐の胸を打つのだろう。同意する言葉にはこれでもかと恋心が詰まっている。

 頬を赤く染めて微笑み合う二人の間に流れる空気と言ったらない。もどかしく甘酸っぱい空気というのはこういう事を言うのだろう、見ているこちらまで照れ臭くなってしまう。


 もっとも、その空気も桐生先輩が浮き輪を引っ繰り返す事でぶち壊されたのだが。


 うん、あれは仕方ない。あの甘酸っぱい空気を間近で見せられたら誰だって浮き輪を引っ繰り返すというもの。俺だって仮に二人の間に挟まれでもしていたら武力行使で空気を破壊していただろう。

 とりわけ桐生先輩は宗佐に惚れているのだから胸中は複雑どころの騒ぎではない。浮き輪を引っ繰り返すだけに留めた事を称賛すべきだ。


 だがそんな桐生先輩にだって「綺麗」という褒め言葉は送られている。

 ……正確に言うのなら。


「……おぉぉ、やべぇ、自然と手を組みそうになる。拝む、無意識に拝む……。ライトアップされたプールに浮かぶ桐生先輩が美しすぎて気を抜くと無意識に拝んでしまう……!!」


 という、些か気持ち悪いものなのだが。

 言わずもがな、木戸である。拝もうとする己を律するためか、わなわなと手を震わせている。

 なんとも気持ち悪い。ひとまず拝むのを止めるため軽く蹴飛ばせば、油断していたのかものの見事にバランスを崩してばちゃんと豪快に一度沈んだ。頭を冷やせば少しはマシになるだろうか。

 桐生先輩が良くやったと言わんばかりの表情で俺を見ている。……浮き輪を揺らして月見に悲鳴をあげさせながら。


 そんな俺達のやりとりを見て、ボールを抱えるようにして浮かんでいた珊瑚がやれやれと言いたげに首を横に振った。


「せっかくのナイトプールなんですから、もっと静かに楽しむ事は出来ないんですか? 騒がしくて嫌ですねぇ」

「そうだな。さっきお前が誰も見てないところでバランスを崩して引っ繰り返ってたのは確かにナイトプールらしかったな。水しぶきが照らされて綺麗だったぞ」

「み、見てたんですか……。ボールはバランスが取りにくいんです!」


 ぐぬぬと唸りながら珊瑚が反論してくる。

 ばつが悪そうに「みんな月見先輩と桐生先輩を見てると思ってたのに……」と呟き、次いでくるりと向きを変えるとゆっくりと足を動かして泳ぎ出した。出口へと向かうようだ。


「浮き輪に変えてきます」

「なんだ、拗ねたのか?」

「違います。ボールを抱えてるのに疲れたんです」


 ツンとそっぽを向き、プールの出口へと泳いで向かう。

 宗佐がそれに気付いて着いていこうとするが、俺はそれを片手で制して珊瑚の後を追った。





「別に着いてこなくて良いですよ」

「何かあったらどうするんだ」

「ただ浮き輪に借り直すだけじゃないですか。心配性ですねぇ」


 溜息交じりに珊瑚が話す。

 まったくと言いたげなその仕草と表情は相変わらず生意気だ。

 ちなみに出口に向かってはいるものの、珊瑚はいまだボールを抱きかかえて浮かんでおり、進みは随分と遅い。当人は足をゆるゆると動かして泳いでいるつもりかもしれないが、どちらかと言えば緩やかな波に流されていると言ったところか。

 隣を進む俺もさして急かす気はなく、その遅々とした進みに合わせて水を掻く。


「お前、このあいだ熱中症になったのを忘れたのか。今からでも宗佐に事細かに話してやっても良いんだからな」


 俺が先日の件を打ち明ければ、きっと宗佐は珊瑚を心配し、そして心配し過ぎるあまりに家に閉じ込めようとするだろう。

 もちろん自らも家に閉じこもり、徹底的に珊瑚を監視するはずだ。


「下手したら秋まで学校にも来られないかもな。そうすると俺も静かに学校生活を送れるわけか……。悪くない」

「悪いに決まってますよ!」


 冗談じゃないと珊瑚が訴え、ぱちゃぱちゃと水面を叩いてくる。抗議行動だろうか。俺に水が掛かってくるが、むしろ鮮やかに照らされた水面が大きく揺れて綺麗でしかない。

 その行動や拗ねたような表情が面白くて笑えば、珊瑚がふいとそっぽを向いた。


「そんな事を言ってると、浮き輪を借りても健吾先輩には捕まらせてあげませんよ」

「なんだ、独り占めするのか」

「宗にぃと使います。仲良く浮き輪を半分こする姿を、月見先輩と桐生先輩に見せつけるんです!」


 得意げな珊瑚の話を聞き、俺はその光景を想像した。

 一つの浮き輪を男女が共有して遊ぶ。距離が近いどころか殆ど密着状態で、その姿は傍目には恋人同士に見えるかもしれない。

 宗佐を独り占めしてやると珊瑚が笑う。生意気で意地の悪い笑みだ。


「桐生先輩に浮き輪を引っ繰り返されないようにな」

「宗にぃも乗ってれば平気ですよ。宗にぃと私が乗った浮き輪は二人分の重さ、これぞ愛の重さ、桐生先輩の細腕じゃびくともしませんね!」

「余裕ぶってるけど、もしかしたら嫉妬のあまり月見も加勢してくるかもしれないぞ」


 二人掛かりでこられたらさすがに浮き輪も引っ繰り返るかもしれない。むしろ桐生先輩が木戸にも加勢を命じたら三対一になる可能性もある、そうなれば形勢逆転だ。

 そう俺がわざと真剣みを込めて話せば、冗談と分かって珊瑚も楽しそうに笑う。

 だがしばらく話していると彼女はゆっくりと笑みを消し、何かを考えるように一度水面に視線を落とし、ボールをぎゅっと抱え込んだ。


「誰も嫉妬なんてしませんよ……」


 ポツリと呟かれた言葉に、思わず足を止めた。

 水底に設置されたライトが、水面と、それを見つめる珊瑚の顔を照らす。水色の光が物悲しげな表情をより深刻に見せ、俺は言葉を詰まらせてしまう。

 だが次の瞬間、珊瑚は顔を上げると普段通りの笑顔を浮かべた。


「誰が相手だろうとたとえ多対一だろうと、血の繋がらない妹は最強です!」


 そう明るく宣言する。

 何も知らなければいつものブラコン発言だと思えただろう。


 だけど違う。これは彼女の本心ではない。

 俺はそれを知っている。俺だけは、それを知っている。


 だからこそ、何か言ってやらないと……。

 珊瑚は今まで何度も、こうやって最後の最後で『妹』という立場を主張して自分の気持ちを隠してきた。

 誰の恋敵にもなれないことも、嫉妬すらされないことも、それを辛く思う事を胸の内に抑え込んで。誰の恋敵にもならないように、嫉妬されないように、今この瞬間も取り繕っているのだ。


 それに触れたのは俺だけだ。

 ならばここで何か言ってやれるのも俺だけだ。


「俺にだけは……」

「健吾先輩?」



「俺にだけは、誤魔化さなくて良いから。だから……」



 そこまでは言ったものの後に続く言葉が出てこない。

 だから、何なのだろうか。俺は何を言おうとしているのか。

 胸の内にもどかしさが湧く。自分の事なのにはっきりしない。


 そんな俺のもどかしさに気付いたのか、珊瑚が小さく吐息を漏らした。

「ありがとうございます」と小さく礼を告げてくる。その声は先程の明るく取り繕ったものとは違い弱々しく、泣きそうな、苦しそうな笑みを浮かべていた。




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