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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第二章:二年生夏
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07:夏の予定

 


「……妹、いつからそこにいた」

「先輩の妹じゃありませんけど、ここに来たのはついさっきです。具体的に言うなら、健吾先輩が自分もプールに誘われていたと理解して、理性と本能に挟まれて悩む前ですね」

「具体的に言わなくて良い。で、なんで隠れてたんだ」


 普段ならば窓辺から顔を出し、話の最中であろうと割って入ってくるのに。

 そう疑問を抱いて問えば、珊瑚は眉根を寄せて怪訝な表情で俺達を見てきた。


 妖艶に笑ってご満悦な桐生先輩。頬を赤くさせつつ嬉しそうな月見。宗佐はいまだ浮かれていてしまりのない表情をしている。

 その背後に構えるのは、鋭い眼光でこちらを窺う男達……。


「本当は宗にぃを連れて帰るために来たんです。お母さんから『宗佐の事だから、きっと放課後勉強なんてするはずがない。遊んでるだろうから連れて帰ってきて』って頼まれて」

「なるほどな。確かに」

「でもいざ訪ねてみたらこの状況。面倒くさいので、話に加わらないのが吉と考えました。なので隠れてます!」

「なるほど。さすが妹、冷静な判断だな。おい宗佐! 妹が来てるぞ!!」


 珊瑚一人だけ傍観などさせてなるものか。

 そう考えて宗佐を呼べば、妹の登場に宗佐がこちらを向いた。先程まで浮かれて心ここにあらずだったというのに、珊瑚の姿を見るなり途端に冷静になるあたりはさすがシスコンだ。

 それどころか珊瑚を見るなり「そうだ!」と声をあげた。


「珊瑚も一緒にプールに行こう。ほら、この前テレビで見て久しぶりに行きたいって言ってただろ!」


 なぁ、と宗佐が珊瑚を誘う。

 この話に月見も桐生先輩も異論はないと言いたげだ。それどころか月見に至っては嬉しそうに「買物も一緒に行こう」と誘ってくる。

 対して珊瑚は一瞬驚いたように「私も?」と首を傾げたものの、すぐさま表情を明るくさせて頷いた。


「珊瑚と一緒にプールかぁ。懐かしいなぁ、小学校の時は毎年夏休みになると遊びに行ったもんな」


 先程まで月見とプールに行けると浮かれていた宗佐が、今度は珊瑚との思い出に浸って浮かれだす。

 そんな中、はたと我に返った月見が時計を見上げ、「もう行かなきゃ!」と慌てて荷物を片し始めた。聞けば、そもそもは荷物を取りに教室に寄っただけで、友人達が昇降口で待っているらしい。「また明日ね!」と告げてパタパタと小走りに教室を出ていく。

 それを見届ければ、今度は桐生先輩が「またね」と一言残して優雅に去っていった。艶のある黒髪をふわりと揺らし颯爽と歩く後ろ姿は凛としていて格好好い。


 そうして残されたのは、俺と宗佐と珊瑚。


 ……それと、先程から刻一刻と嫉妬を滾らせていく男達。


「水着……月見さんとプール……?」

「桐生先輩が水着……俺達は水泳の授業が無い事を日々嘆いているというのに……」


 ただでさえ月見と桐生先輩という蒼坂高校のトップに君臨する二人と遊ぶのだ。それもプール。おまけに水着を買いに行くという事前イベント付き。男達の嫉妬の炎が燃え盛るのも当然だ。

 とりわけ今は夏の暑さに加えて期末試験のストレスも溜まっている。

 これで爆発するなというのが無理な話。来るか、とタイミングを窺っていると、一人がガタと勢いよく立ち上がった。


「吊るせ! 芝浦を直射日光が当たる高台に吊るせ! 虫メガネをかざして火をつけろ!」

「いや、校舎裏の池に沈めよう! 芝浦にプールなんて勿体ない!こいつには池で十分だ!」

「敷島も一緒に行くって言ってたな! こいつも同罪だ!吊るせ!……くそ、人数が足らないか。まずは芝浦を吊ってからだ!」


 口々に憎悪を口にし、一斉に宗佐に襲い掛かる。だが既に殆どの生徒が帰宅しているため、人数は普段の半数以下。

 全員集まっても宗佐を担いで攫うのが精いっぱい。というわけで、どうやら俺は二巡目に回されたらしい。

 廊下に担ぎ出された宗佐の悲鳴が聞こえ、じょじょに小さくなっていく。そんな中、一人のクラスメイトが「待ってろよ」と俺に告げて仲間を追いかけるように教室を出ていった。


「よし、帰るぞ。妹」


 鞄を片手に立ち上がったのは言うまでもない。

 この流れで律儀に待ってる奴がどこに居る。大人しく言われるまま待って、宗佐と二人で高台に吊るされる? 池に沈められる? 冗談じゃない。


 逃げるが勝ちだと宣言すれば、珊瑚が眉根を寄せて見上げてきた。

 兄を見捨てた非道な友人と思っているのだろうか。その瞳には非難の色さえみられる。

 もっとも、


「そうか、妹は助けに行くのか。さすが宗佐自慢の妹だな。この時間帯はどこも日影がなくて暑いから気を付けろよ」


 と煽れば、間髪を入れず「帰ります」と即答してきた。


「宗にぃ、ごめんね……。でも私、待ってるから。宗にぃが無事に戻ってくるのをずっと待ってるから。……涼しい家で。アイス食べながら」


 扉をじっと見つめて嘆く姿はまさに『兄を攫われた哀れな妹』だが、台詞の最後の方で若干ぼろが出ている。そして少し演技くさい。

 そうして珊瑚は数十秒ほど『兄をさらわれた哀れな妹』を演じた後、ぱっと表情を明るくさせた。どうやら気が済んだようだ。


「さて、あの人達が戻ってきてまた面倒な事になる前に撤退しましょう」


 あっさりと宗佐を見限る。この切り替えの早さは流石と言えるだろう。

 だがそれを言及をすれば話が長引き、その間に宗佐を吊るし終えたやつらが帰ってくるかもしれない。

 そう考え、俺は一言「無事を祈ってるからな」とどこかで吊るされているであろう宗佐に告げ、教室を後にした。



 ◆◆◆



 話の流れのまま珊瑚と一緒に学校を出て、彼女とも途中で別れて自宅に帰る。

 時刻はまだ三時前。家に居るのは母と、兄の嫁である義姉の早苗さん。それと甥にあたる赤ん坊だけだ。万年煩い敷島家には珍しく平穏な時間帯と言える。

 もっとも、だからといって好きに過ごせるわけがない。自室で静かに勉強などもってのほか。


「健吾、良いところに帰ってきたわね。早苗さんと夕飯の買い物に行ってくるから、あんた子守りしておいて。あと二時間ぐらいで双子も帰ってくるからよろしく!」

「俺、いま試験期間中なんだけど」

「はいはい、試験ご苦労様。それじゃよろしくね」


 母さんの話は有無を言わさぬ勢いがあり、俺の反論は軽く流されてしまう。話の締めに「冷蔵庫にプリンが一つあるから」と告げてくるのだが、高校生がプリンで釣られると思っているのだろうか。

 更には早苗さんが「よろしくねー」と赤ん坊を託してくる。生後半年を迎えたばかりの甥の浩也。ずっしりとした重みが成長を感じさせる。

 母親から俺へと受け渡されたことで少し不満そうな表情をしたものの、軽く揺するとご満悦に笑い出した。


「そうだ、双子が今日プールだったから帰ってきたらすぐにお風呂に誘導して。お風呂あがったらアイス食べたがるだろうけど一本までね。昨日も二本食べてたから、今日は一本で止めておいて」

「……何度も言うけど、俺、今試験期間なんだけど」

「はいはい、試験ご苦労様。で、何が望みなの?」


 食い下がることで俺が何かしら対価を要求していると察したのだろう。母さんが仕方ないと言いたげに聞く姿勢を見せてきた。

 この察しの良さ、さすが大家族の母である。男兄弟を育て、更には孫の育児を手伝っているだけある。


「夏休みに宗佐達とプールに行くから、遊びに行く資金と、水着も新しく買いたい」

「双子が帰ってきたら水着の回収と洗濯」

「交渉成立。行ってらっしゃい」


 ごゆっくり、と心にもない事を告げつつ腕の中の赤子を揺すれば、母さんと早苗さんが今日の買物を話し合いながら家を出ていった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 勉強中も解放されないんだ.....
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