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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第九章:――春――
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18:心の準備を

 



 宗佐と月見はその後も楽しそうに話し、時に照れくさそうに笑い合う。そうしてしばらくするとどちらからともなく立ち上がった。

 他のエリアを見に行くのだろう。水族館で告白して結ばれたのだ、二人で館内を見て回るのは当然と言えば当然の流れである。

 二人が近くを通り過ぎた時はひやりとしたが、幸い彼等は水槽の影に身を隠す俺達に気付くことはなく――きっとお互いしか見ていないのだろう――、特別展示のエリアを出て行ってしまった。


 二人が去っていくのを見届けて、俺はチラと横目で珊瑚に視線をやった。

 惜しむように愛おしむように、宗佐達が去っていった先を見つめている。

 細められた目は苦しそうで、胸の内を吐露するまいと硬く結ばれた口元が痛々しい。胸の痛みを無言で訴えているように思えてならない。

 だがそんな表情も、俺の視線に気付くと困ったような苦笑に変えてしまった。


「宗にぃ、最後はちゃんと頑張りましたね」

「悪い、なんか見せつける結果になって……。もっと考えれば良かった」

「ここに残ろうって言ったのは私じゃないですか、健吾先輩が謝ることじゃありませんよ」


 言いようのない罪悪感に駆られて謝罪の言葉を口にすれば、珊瑚が肩を竦めて笑う。

 そうして深く息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「最後までちゃんと見届けられて良かった」


 その口調も声色も苦しそうで、とうてい『良かった』とは思えない。なにせ表情はいまだ切なげで、今にも泣き出しそうな程に苦しそうなのだ。

 だけど今の言葉は嘘や取り繕ったものではなく、きっと本心からのものだろう。

 胸の痛みを抱くと同時に、この結末で良かったのだとも思っているに違いない。


 元より、珊瑚は宗佐への想いを抱きつつ、同時にその想いを諦めていた。

 血の繋がりの無い兄妹という事実に苦しんで、兄妹間で恋愛感情を抱くことに後ろめたさを感じる。そして宗佐のことを理解しているが故に、自分が報われないことを自覚させられる日々。

 だからこそ宗佐への恋心をひた隠しにし、月見を見つめる宗佐を『兄想いの妹』を演じながら見つめていたのだ。


 宗佐が月見に惚れるずっと前から、誰よりも長く、誰よりも近くで。いつか来る失恋の時(その時)に怯えながら。

 一縷の望みに賭けることも出来ず、さりとて、静かに身を引くことも出来ず……。


 そんな思いが胸の内に渦巻いているのだろう、珊瑚は深く息を吐くとゆっくりと俺を見上げた。


「健吾先輩にはお礼を言いたいくらいです」

「俺にお礼?」

「だって、宗にぃが告白するつもりだって健吾先輩が教えてくれなかったら、私ずっと蚊帳の外でした。気付いたら全部終わってたなんて、あんまりでしょ? それにきっと宗にぃはすぐにでも私に知らせてくるから」


 だから、と沈んだ声色で説明する珊瑚の話を聞き、俺は小さな声で「そうか」と呟いた。


 俺が何も伝えずに居たら、きっと彼女は宗佐からの連絡で事態を知る事になっただろう。

 芝浦兄妹の仲の良さを考えれば、宗佐は帰宅を待たずにすぐに珊瑚に連絡を入れるはず。今まさに月見と一緒に携帯電話を覗き込んで珊瑚への連絡の文面を打ち込んでいてもおかしくない。

 二人にとって珊瑚はあくまで『宗佐の妹』でしかないのだ。そこに悪意も何もなく、ただ純粋な自分達の吉報である。


『珊瑚、驚くかな?』

『珊瑚ちゃん喜んでくれると嬉しいなぁ』

 なんて、そんな会話がされているかもしれない。

 なんて残酷なのだろうか。だがその残酷さを宗佐も月見も知らない。そして知らないといえども二人は悪くはない。なにせ他でもない珊瑚本人がひたすらに隠し続けた結果なのだから。


 そうして珊瑚へと送られた文面は、きっと月見と付き合えることへの喜びがこれでもかと溢れた、浮かれきったものだろう。


「突然突きつけられるより、ちゃんと見届けられて良かった」


 珊瑚が弱々しい声色ながらに語る。


「宗にぃからの連絡が来るだろうし、ちゃんと心の準備をしておかないと」

「……妹」

「大丈夫ですよ。私、ちゃんと『おめでとう』って言えるから……」


 呟くように話す珊瑚の声は微かに震えていて、気丈に振舞おうとしているのが分かる。

 宗佐達の去っていった先を何も無いのにじっと見つめている。


 表情はやはり苦しそうで今にも泣きだしそうだ。だがそれでいて、どこか落ち着きと決意の色合いも感じさせる。

 諦めの表情。詳しく言うのであれば、『ようやく諦めの時が来た』と言いたげな表情。

 その中に混ざるのは、宗佐と月見のこれからを考え、そして自分のこれからも考えての決意なのだろう。


 珊瑚と宗佐は兄妹だ。

 それは珊瑚が『芝浦珊瑚』でいる限り、……いや、結婚して別姓を名乗っても変わらない。

 たとえばこの先に宗佐が月見と結婚して家庭を持っても、彼女は宗佐の妹で居続けるのだ。きっと婚約した宗佐はすぐに珊瑚に報告するだろう、結婚式には当然彼女の席が用意され、子供が生まれれば顔を見せないわけがない。

 そんな人生で、珊瑚は何度宗佐に『おめでとう』と言うのだろうか。


 自分ではない誰かを選んだ宗佐と、宗佐が選んだ自分ではない誰かに、この言葉を贈らなければならないのは酷でしかない。


『失恋の傷は時間が癒してくれる』なんて言葉を時々聞くが、それは失恋した相手とある程度の距離があってこそ言える言葉だ。

 珊瑚にとって時間は傷を癒してくれるものではない。報われなかった事実を突き付け、叶わなかった幸せな光景を見せつけ、ただ傷を抉るだけだ。


 それが分かっているからこそ、俺は黙って頷き……そして彼女の手を取った。

 眉尻を下げて遠くを見つめていた珊瑚が慌てたように俺を見上げた。


「俺、待ってるから。あの日からずっと、今も、待ってるから」


 咄嗟に告げた俺の言葉は主語も何もなく支離滅裂だ。事情を知らぬ者が聞けばきっと意味が分からないと首を傾げるだろう。

 だけどそれでも構わない。宗佐の言葉が月見にだけ届けば良かったように、俺の言葉だって珊瑚にだけ届けば良いのだ。

 そしてそれは叶っていたようで、珊瑚は一瞬パチンと瞬きをし、次いで「だからそれは待つとは言いません」と困ったように苦笑をもらした。



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― 新着の感想 ―
[一言] せめて、彼の存在が救いになってくれればねえ。
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