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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第九章:――春――
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08:また一つ終わる夜




「欲しいんだろうな、水族館のお土産」

「だよな、そう思うよな。いやぁ、なに買おうかなぁ。冗談交じりに『一般家庭のコンセントで使えるお土産が良いですか?』って聞いたら、即答で『馬鹿』って返ってきてさ」

「イルカは?」

「文末で三匹! しかも最後尾にはペンギンもいた!!」


 木戸が嬉しそうに語る。

 きっとこれは珊瑚の『まんじゅう怖い』と似たようなものなのだろう。


 だが桐生先輩のこの対応が木戸相手だからなのは言うまでもない。

 例えば他の男が聞いても彼女は断っていたはず。きっと「お土産は気にしないで楽しんできて」とでも言ってさり気なく拒否するのだ。彼女は一方的な借りを作ることを嫌う。そこに下心があるのなら尚更。

 仮に下心の無い俺が言い出しても断られただろう。それどころか「敷島君にはあげるべき相手がいるでしょ」と悪戯っぽく笑うに決まっている。


 そんな桐生先輩が『いらない』と断りながらもイルカを三匹も跳ねさせたとなれば、木戸が表情をにやけさせるのも仕方あるまい。

 ……やっぱり気持ち悪いけど。


「いっそ水族館で指輪でも買ってみようか」

「イルカの指輪か? 子供が着けそうなのならあるかもしれないけど、渡したら多分いままでで一番冷めた『馬鹿』の言葉を貰うぞ」

「だよな。うん、やめておこう。指輪はまだ早いな。他になにか良いものは……、明日は真っ先にお土産コーナーに行かないとな。でもイルカのショーもあるし、さっき調べたらペンギンも居るらしいし、写真も撮って送らないと」


 忙しい、と言いつつも木戸の口調も声色も浮かれ切っている。忙しい事が嬉しくて堪らないのだろう。気持ちは分かる。

 だからこそ俺は肩を竦め、「良かったな」と一言祝ってやった。



 そうしてしばらく他愛もないことを話していると、パタパタと忙しない足音が聞こえてきた。

 無意識に音のする方へと向けば、委員長が小走り目にロビーを通り過ぎていった。周囲を気に掛ける余裕は無いと言いたげに俯き、まるで逃げるように去っていく。

 その姿は彼女らしくない。……とりわけ、通り過ぎる間際に己の頬を、否、目元を手の甲で拭っていたのだから。


「あれって、敷島のクラスの……」


 言い掛けた木戸が言葉を止めたのは、委員長と同じ方向から歩いてきた宗佐の姿を見たからだろう。

 小走り目に去った委員長とは逆に、宗佐はゆっくりと、まるで委員長との距離をわざと開けるように遅々とした足取りで進む。

 対極的な二人の姿を見て察したのか、木戸は小さく「そうか」と呟いて立ち上がった。それとほぼ同時に、宗佐がはたと気付いてこちらを見た。遅い足取りをそれでもとこちらへと向ける。


「……あ、木戸君」

「よぉ芝浦。聞いたぞ、お前の妹もここに泊まってるんだってな」

「う、うん、そうなんだ……。はは、ビックリしちゃったよ。ところで木戸君はどうしてここに?」

「ちょうど飯食った帰りでさ、敷島が居たから話してたんだ。明日お前のところも水族館に行くんだってな、俺達も同じだから会ったらよろしくな」


 さも何も気付いていないといった風に木戸が話す。あっさりとした口調で、核心に触れることなく、むしろ触れる素振りすら見せない。その態度に宗佐も僅かに安堵したのか、取り繕おうと強張っていた表情を少し緩め、「水族館楽しみだね」と笑った。

 そうして就寝の挨拶を告げて木戸が去っていった。

 去り際もそつなく、ヒラヒラと片手を振ってロビーからエレベーターホールへと向かう。ストーカーで厄介な奴だが、やはり木戸はいい男だ。そんな事を去っていく背中を見て思う。


 それを見送る宗佐は隠し切れない重い空気を纏っていて、誤魔化そうと無理に笑う様が痛々しい。


「部屋、戻ってなかったんだな」

「戻っても何もする事ないし、木戸がちょうど居合わせたからな」

「そっか……。木戸君のクラスも明日水族館って言ってたし、やっぱりリニューアル直後だから人気あるのかな」


 悟られまいとしているのか会話を続けようとする宗佐に、俺も言及する気はないと相槌を返し、雑談に付き合いながら部屋へと戻った。



◆◆◆



「夏祭りの時にお前が先に風呂に入ったんだから、今回は譲れよ」


 半年前のことを言い出して風呂場へと向かう宗佐を、俺は反論もせず大人しく見送った。

 一人になりたいのだろう。それが分かっているからこそ優先権を譲り、出てきた宗佐が普段通りに笑っているのを見て、俺も入れ替わるように風呂へと向かった。

 何があったのかを宗佐が話さない限り、俺も聞き出したりはしない。友人として出来る事をしてやるだけだ。

 そして俺が出来る事などこれぐらいしかない。だからこそと思って風呂の優先権を譲ったのだ。


 ……なのに。


「健吾!おい健吾、大変だ!」


 しきりに風呂の扉を叩いてくるのはどういうことか。

 その勢いと言ったら無く、俺の名前を呼びはするのに返事をする間を与えない勢い。挙げ句に「開けるぞ!」の声が聞こえてきたかと思えば、ほぼ同時に扉を開けてきた。

 ずっと気落ちしてりゃいいのに……、とタオルを腰に巻きながら気遣ってやったことを後悔すれば、宗佐が「大変だ!」と声を荒らげた。


「なんだようるせぇな。風呂ぐらいゆっくり入らせろ」

「そんなこと言ってる場合じゃない! 早く出てこい。部屋を片付けろ!」

「はぁ?」


 いったいどうして部屋の片付けなんて言い出すのか。

 さっぱり分からないとタオルで髪を拭きながら説明しろと促せば、宗佐は落ち着く様子無く、


「珊瑚と弥生ちゃんが部屋に遊びにくる!」


 そう声をあげた。

 直後、俺達が大慌てで脱ぎ散らかした服や放り投げた鞄を片付けだしたのは言うまでもない。




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― 新着の感想 ―
[一言] 振るのっていうのも辛いのだろうけれど、まあ告白させるチャンスを与え続けているのは、宗佐自身だからなあ。自業自得か。 風呂に入っている間に女性陣が訪れていたら、逆ラッキースケベになっていたの…
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