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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第九章:――春――
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03:宿泊先のホテル

 



 宿泊先は高校生の卒業旅行には贅沢に思えるほど立派なホテルだった。

 建物は大きく立派で、外からでもロビーの広さが窺える。外観を見上げれば洒落た名前が高々と飾られており、それを眺めていると隣に立つ宗佐も倣うようにホテルを見上げ、間の抜けた感嘆の声をもらした。


「てっきり格安ホテルかと思ってたけど、豪華なホテルなんだな」


 宗佐の話に、俺も同感だと返す。

 次いで「お前と別の部屋なら良かったのに」と暴言を口にしてしまったのは、宗佐が英語表記のホテル名をそのままローマ字読みして、分けの分からない言葉を口にしだしたからだ。挙句に「なんて意味なんだろう」とまで言って寄越す始末。

 受験が終わった瞬間に以前の馬鹿に戻ってしまったのだろうか。


「お前なぁ、委員長から送られてきた詳細にちゃんとホテルの名前が書いてあっただろ」

「あったっけ?」

「……そうだな、宗佐が詳細なんて読むわけないよな」


 馬鹿らしいので正式なホテル名を教えてやる気にもならず、いまだホテルを見上げている宗佐を置いて中へと入った。

 エントランスを抜けてロビーへ向かえば、今日の宿泊団体が書き込まれたボードが目に着いた。蒼坂高校と、そして老人会らしき名前。

 団体が二組、そのうえ一般の宿泊客らしき姿も多く見られるのだから、部屋数も相当あるのだろう。


 しかし、高校の卒業旅行と老人会の旅行とは随分な組み合わせではないか。

 部屋は離されているだろうが極力夜は静かに過ごそう。そんなことを考えながら委員長からカードキーを受け取り、追いかけてきた宗佐と共に部屋へと向かった。



 割り振られた部屋はよくある二人部屋の造りで、ベッドが二つにトイレと浴室。小さめだがテーブルセットもある。アメニティも一式揃っており、一泊するには十分すぎるほどだ。

 そのうえ俺達の部屋は高い階にあり、窓からは随分と先までが見通せた。日中こそ面白味の無い建物と道路の組み合わせだが、夜になればあちこちの明かりが灯りさぞや美しいことだろう。

 もっとも、それを共に眺めるのが宗佐なので期待も何も無いのだが。

 それはお互いさまなようで、それどころか宗佐は「せっかくの夜景を健吾と眺めるのか……」と切なげな声色でハッキリと口にしてくれた。


「奇遇だな、俺も同じことを考えてた」

「この部屋なら夜景も綺麗だろうなぁ。だからこそ恨めしい……」

「なら月見を部屋に誘えば良いだろ」

「なっ、なんだよ……。そんな簡単に言うなよ」


 俺の言葉に、宗佐が一瞬にして顔を赤くさせて文句を訴えてきた。好きな子の話題を突然振られて慌てたのか、落ち着きなく外の景色を眺める様はなんとも分かりやすい。

 しかし、確かに異性を誘うのは簡単な事ではないだろうが、かといって無茶な話ではないはず。

 月見の泊まる部屋がどこの階でどんな景色かは分からないが、宗佐が誘えば二つ返事で応じるだろう。仮に月見の部屋が最上階にあり特上の夜景が見えていたとしても、彼女はこの部屋に遊びに来るはずだ。断言できる。


 もしも珊瑚が居れば、二人で遊びに来たかもしれないなぁ……。


 なんて、そんなことをつい考えてしまう。


 だがどれだけ惜しんだところで珊瑚はここには居らず、せめて夜景だけでも写真に撮って送ろうかと外の景色を眺めていると、宗佐が徐に「珊瑚がさぁ」と話し出した。

 何気なく口にしたであろうその話題に、迂闊にもドキリとしてしまう。

 もっとも宗佐が珊瑚のことを話すなんて今に始まったことではなく、むしろ日常茶飯事である。バスの中でも幾度か話題に出していたし、自由登校の期間中も話をしていた。

 その頻度は、これが他のクラスメイトであれば『また妹の話か』と呆れそうなほどだ。シスコンと笑い飛ばすか、さすがに飽きて話を遮るか。

 だが俺だけは常に話の先を促していた。好きな女の子の話を聞きたいと思うのは当然の事。そして単純な宗佐は、俺に促されるとより珊瑚の話題を振ってくるようになる。今がまさに。


「……妹がどうしたって?」

「珊瑚も今旅行してるんだ。おばぁちゃんの老人会の旅行でさ、その付き添い」

「え、じゃぁ今おばさん一人なのか?」

「そんなわけないだろ」


 あり得ないとすら言いたげな口調で宗佐が言い切る。


 曰く、元々祖母の旅行はもっと早い時期に予定されていたらしく、珊瑚が付き添いで同行し宗佐が家に残る予定だったという。だが悪天候により旅行は一度延期され、結果的に俺達の卒業旅行と被ってしまったのだという。

 平時であればなんら問題はなく、おばさんが一人で残っていただろう。だが敷島家同様に芝浦家も近々出産を控えており、先日見かけたおばさんのお腹は早苗さんに負けじと大きかった。

 家族に対して心配性な宗佐が、そんな状態の母親を一人残して旅行に出るとは思えない。


「だから俺が卒業旅行をやめるって言ったんだよ。そりゃ卒業するけど、これが今生の分かれってわけでもないし」

「そうだな。お前ならそう言い出すだろうな」

「だけどさ、おばあちゃんが『自分の旅行が日程変更したんだから』って言い出して」


 卒業旅行は諦めると言い張る宗佐。それに対して、自分こそが辞退すべきと主張する祖母。おばさんも一泊ぐらいなら大丈夫だからと二人を宥め……と、譲り合いの家族会議が勃発していたという。

 誰もが家族を想っているからこそ決着が難しい会議だ。


「でも一人だけ家族会議に参加してないのがいるな」


 言わずもがな、珊瑚である。

 彼女は譲り合いの家族会議を横目に、さっさと父親に連絡をして呼び戻したという。

 なるほどと思わず頷いてしまった。冷静かつ迅速な対応はさすがだ。


「それなら、今芝浦家にはおばさんとおじさんが二人で残ってるのか」

「あぁ、珊瑚の話を聞いて、父さんが直ぐに帰って来てくれてさ。仕事もあっただろうに申し訳ないと思ってたんだけど、逆にこういう時はちゃんと頼ってくれって言われちゃったよ」


 照れ臭そうに笑う宗佐に、思わず俺も苦笑を浮かべる。

 もっとも、口では「宗佐が不参加だったらこの部屋を独り占めだったのに」と悪態はついておいた。


「だけど老人会の旅行か。なんか渋そうだな」

「今日は有名なお寺をまわって、明日は歌舞伎だってさ。同行だから仕方ないとはいえ高校生には眠くなるツアーだよな。でもホテルは立派らしくて、それは楽しみだって言ってたな。……なんてホテルだったっけ」


 思い出すためか宗佐がふと視線を外し、そしてとあるホテルの名前を口にした。

 随分と洒落たホテルの名前で、有名なところなのだろう俺も聞いた覚えがある。……というか、聞いたと言うよりは見た覚えがあるような。それも最近というよりもついさっき。

 だが宗佐は自分で口にしてもなお気付いていないらしく、のんびりと窓の外を眺めている。

 次いで着信を訴える携帯電話に視線を落とし……、固まった。


 そうしてギチギチと音がしそうなほどぎこちない動きで窓の外を眺め、再び携帯電話の画面に視線を落とし、またも窓の外を眺める。往復するように見比べ、ついには携帯電話を掲げて画面と窓の外の光景を見比べだした。

 もしやと俺も宗佐の携帯電話を覗き込めば、そこには目の前と同じ景色の写真……。

 いや、微妙に角度や位置が違っているのだが、それでも映り込んでいる建物は殆ど同じだ。この多少の違いは、例えるならば同じホテルにある別の部屋の窓から撮ったような……。


「け、健吾、これって……」

「宗佐、妹が泊まってるホテルの名前をもう一度言ってくれ」


 促せば、宗佐がホテルの名前を再び口にする。

 それに対して俺は深く頷くことで返し、……次いで二人揃って部屋を飛び出した。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんと、同じホテルに… 「その時」には妹もいる(同席はしないだろうけれど)のですねえ。
[良い点] この展開は読めなかった!
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