幕間2(1)
※幕間2は珊瑚視点のお話になります。
「それじゃ、おばぁちゃんもう寝るからね」
「うん、おやすみおばあちゃん」
ゆっくりとした動きで立ち上がるおばぁちゃんを、炬燵に入りながら見送る。
それと同時に、私の横をスルリと抜けるようにして炬燵から二匹の猫が這い出てきた。
大福とおはぎ。
ずっと炬燵の中で寝ていたのにこれから布団で本格的に寝るのだと思えば、本当に猫という生き物は一日の大半を寝て過ごすのだと感心すらしてしまう。
「おやすみ、大福、おはぎ」
二匹の名前を呼んで頭を掻くように撫でてやる。
炬燵で暖められたふかふかの毛は撫でる側も気持ちが良く、二匹を湯たんぽ代わりに出きるおばぁちゃんが羨ましい。可愛くて暖かいなんて最高だ。
たまには私の布団で一緒に寝てくれても良いのに……。と思いもするが、いそいそとおばぁちゃんの後を追う健気な姿を見ると叶わぬ願いと分かる。居間でお昼寝をしている時に添い寝してくれるだけで十分か。
「珊瑚ちゃん、向こうに行くなら蜜柑持って行ってあげてね」
戸締まりを終え、最後に顔を出してきたおばぁちゃんが一言残して去っていく。その後を律儀について回る二匹の猫。
一人と二匹を見送ると、室内がシンと静まった。
時刻は夜の九時。
寝るには随分と早すぎる時間ではあるが、おばぁちゃんは今朝も朝早くに起き、掃除にお節作りにと忙しくしていたのだ。
明日の朝、ゆっくりと寝て起きた後にご馳走が待っているのだと考えれば「もう少し起きていて」なんて言えるわけがない。
だが、それが分かっていても一人部屋に残されると寂しさに似た静けさを感じてしまう。
テレビからは年末番組の賑やかさが絶えず流れてくるが、それすらもどこか別世界のように思える。
自分とはまったく関係ないどこか遠くで、自分のことを微塵も知らない人達が楽しそうに今年を振り返るのを見て、何を思えば良いのか分からなくなる。
まるで自分だけが理解できていないような疎外感を感じ、突っ伏すように天板に顔を伏せた。
ヒンヤリとした冷たさが気持ちいい。
「そろそろ向こうに行こうかな……」
このままボンヤリとしていれば、気付かぬうちに年を越してしまうかもしれない。
それほどこの部屋は新年を迎える華やかさとは程遠く、古い家屋独特の冷え切った静けさが覆っているのだ。
賑やかな世間の大晦日に置いていかれたような、九時を過ぎれば一部屋また一部屋と電気が消えていく極平凡な夜。
もしかしたらこの家にだけ十二月三十二日が来てしまうのかもしれない。
まるで大晦日らしくないこの家を『新年』は見落として通り過ぎてしまうのかもしれない。
そんなことを不安に思い、幼いながらに必死で起きていたのを今でも覚えている。
あれはまだ親の再婚が決まらず、父も帰ってこなかった正真正銘『二人と二匹だけの大晦日』を過ごしていた頃だ。
自分が起きていなければこの家は新年を迎えられないのではと、何度も眠い目をこすりながら必死で起きていた。
静かな部屋の中で、布団の中にこもってじっと時計を見つめながら……。
「そんな事あるわけないのに……」
昔の自分のまさに子供といった発想がおかしく、小さく笑うとゆっくりと立ち上がった。
そのまま台所へと向かい、勝手口にあるサンダルに足を通す。上着を羽織ろうかとも思ったが外に出るのはほんの数秒なので大丈夫だろう。
壁に掛けてある鍵を取り最後の確認にと台所を見回せば、出入り口から猫の大福がこちらを覗いているのが見えた。
こうやって外に出る時にたまに顔を見せるのは、大福なりの見送りか、それとも戸締りの確認か。
「おやすみ大福、また来年ね」
小さく手を振れば、それに応えるように大福がゆっくりと目を閉じた。
勝手口から庭に出る。
そのまま生垣に空いている穴を潜れば、這い出た先は隣家の庭。
お世辞にも行儀がいいとは言えないその移動方法に玄関から行くべきだと思いつつ、それでもいまだにここを通ってしまう。
……この通路に関する懐かしさと、そして少しの切なさを抱きながら。
そうして向かった先は隣家の勝手口。といっても同じ芝浦家だ、不法侵入ではない。繋がっている鍵の一つを取り出し、家族なのだから当然とノックもせずに開ける。
扉を開ければ眩い明かりが飛び込んできた。先程までいた古い家とは違い、築年数の浅いこの家は蛍光灯の明るさからして違う。
「あら、珊瑚ちゃん」
「ミカン持ってきたよ」
出迎えてくれたお母さんに――といっても、こちらの勝手口も同じく台所に繋がっているので、わざわざ出迎えたのではないだろうけれど――旧芝浦邸から持ってきたミカンを差し出す。
「ありがとう。宗佐ってば、あればあるだけ食べちゃうんだから」
「向こうにまだ残ってるから、宗にぃが全部食べちゃったら明日また持ってくるよ」
「明日は宗佐に取りに行かせるわ。ちょっとくらい動かさなきゃ」
まったく、と言いたげに溜息をつくお母さんに、思わずこちらまで笑ってしまう。
確かに、宗にぃは一度コタツに足を踏み入れればテコでも動かず、そして山のようなミカンをあっという間に平らげてしまうのだ。
その速さに最初こそ驚いていたが、数年経てば流石に見慣れてきた。そういえば、その話を健吾先輩にしたらさも当然のように『うちは一箱一週間だな』と言っていた。
彼の家は大家族だと聞いたことがある。それはそれで賑やかで大変なのだろう……。
それを考えると同時に、日中に会った彼の事を思い出した。
……寝ていたら家族に置いていかれた、という彼の事を。
今年一年、お付き合い頂きありがとうございました!
年始も幕間をお届けし、そしてお話はいよいよ最終章に入ります。
皆様引き続きどうぞよろしくお願い致します!




