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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第八章:三年生 冬
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幕間(2)

 



 家に帰ってからは、まさに俺の望んでいた『一人の時間』だった。

 本を読んでも、携帯電話をいじっていても邪魔をされない。遊んでくれと騒ぐ甥も居なければ、突然なにかに対し不機嫌になって泣く幼子もいない。好きな時にカップラーメンを食べても文句を言われないし、横から箸も伸びてこない。

 ゆっくりと風呂にも浸かり、その後ものんびりと過ごす。なんて快適な時間だろうか。

 敷島家においては滅多に、どころか今まで一度あったか無いかの貴重な時間を堪能しつつ、ソファに寝ころびながらテレビを眺める。


 大晦日だけあって特別番組が殆どで、既に画面の向こうは正月気分だ。

 その賑やかさを眺め、俺はふと部屋の中を見回した。


 ……静かだ。


 俺以外に誰もいないのだから当然だが、人がいないとこの家はこんなに静かになるものなのか。日頃の騒々しさからは想像できず、普段は騒がしくて聞こえないテレビの音が妙に大きいように思える。

 画面の向こうのお祭り騒ぎがまるでどこか別の世界のようで、普段は兄弟達と笑いながら見るお笑い番組が今夜に限っては笑えない。


 おかしいな。

 去年この番組を見てたときは、それこそ母さんに煩いと怒られるくらい健弥と笑ってたんだけど……。


「……まさかホームシック? いやいや、ホームはここだろ」


 自分自身でツッコミを入れつつ、食べきった蜜柑を補充するために台所へと向かう。そうしてふと時計を見れば、今年も残りあと僅かとなっていた。

 テレビを見ていたから気付かなかったが、もうこんな時間になっていたのか。


「蕎麦はどうしようかな……。お湯は沸いてるんだけど」


 一応買っておいたインスタントの蕎麦を片手に、どうしたものかと首を傾げる。例年なら今頃既に食べているのだが、今日は好き勝手あれこれと食べていたせいか食欲がない。

 明日の朝にでも食べようか……。そんなことを考えた瞬間、机の上に置いておいた携帯電話が着信を知らせる音楽を鳴り響かせた。

 普段は生活音と喧騒に負けて気付けない着信音も、俺一人だと静かすぎて煩いとさえ思えるから不思議だ。


「……宗佐?」


 着信を知らせる画面には『芝浦宗佐』の名前。

 別に宗佐からの電話が珍しいわけではないが、あと数分で年が変わろうとしているこのタイミングでは用件が思いつかない。

 それでもと応答ボタンを押せば、向こうはスピーカーモードにしているのか普段の通話とは違う雑音混じりの音が聞こえてきた。


「宗佐、どうした?」

『お、ちゃんと起きたか。おはよう!』

「なんで寝てるって決めつけてんだよ。起きてるに決まってるだろ」

『いやー、暇すぎて寝てるかと思ったんだけど。で、一人の時間は満喫してるのか?』

「そりゃ……」


「そりゃ満喫してるよ」と言い掛け、出かけた言葉を一瞬だけ詰まらせた。

 シンと静まった部屋が妙に寒々しく、バカ騒ぎをしているテレビ番組の内容もろくに頭に入ってこない。風呂からあがって以後この時間まで記憶が飛んでいたかのように覚えがないのは、それだけぼんやりと過ごしていたからか。

 日頃あれだけ『静かに過ごしたい』と思っていたものの、こうやっていざ静かな時間を与えられたら早速持て余しているのだ。


 だがそれを悟られるのも癪で、俺は数度咳払いをしたのち、平然を繕って答えた。


「……ま、まぁ結構快適に過ごしてたぜ」

『ふぅん、そういやお前いつも「静かで平穏な時間が欲しい」って言ってたもんな』

「その理由の半分はお前にあるんだけど」

『俺に? そんなまさか。そういや買ってた蕎麦は食ったか?』

「いや、なんか他のもん食べてたから入らなくなった」

『なんだよせっかく買ったのに。俺なんか年越し蕎麦じゃなくて一人だけ年越しうどんだったよ。でも、蕎麦食わないで何してたんだ?』

「何って、テレビ見たり飯食ったり……、あぁ、あと宿題進めてた」

『……健吾、宿題するなんてそんなに暇だったんだな』

「とりあえずお前が宿題手付かずなのは分かった」


 いい加減、宗佐は宿題というもののシステムを理解した方が良いと思う。

 また今年の冬休みもギリギリになって俺に助けを求めてくるのだろうか。いや、だが最近の宗佐は受験を前に熱心に勉強しているから、今やっていなくとも年明けに取り掛かるかもしれない。

 ……やっていたらやっていたで、雨どころか大雪が降りそうだけど。


「それで、なんで電話してきたんだ? 俺の宿題の進捗でも気になったか?」

『いや、珊瑚が電話してみたらって言うから』

「妹が?」


 どういうことだ? と聞こうとした瞬間、電話の向こうから話し声が聞こえてきた。

 珊瑚と、もう一人は宗佐達の母親か。宗佐がリビングで俺に電話をかけていたところに二人が来た……と、そんなところだろう。

 スピーカーにしているため周囲の音も拾われ、宗佐の近くで母親と珊瑚が話しているのが聞こえてくる。無意識に彼女の声を拾い、たまに俺の名前が出てきては妙な気恥ずかしさを感じてしまう。


 それどころか珊瑚の声は次第に近付いてきて、電話口から『珊瑚、代わるか?』『うん、挨拶する』という二人のやりとりが聞こえてきた。

 ドキリと胸が跳ね、誰も居ないと分かっているのに聞かれやしないかと周囲を見回してしまう。


『健吾先輩、こんばんは』

「お、おう。こんな時間にどうした?」

『健吾先輩は一人で年越しかと思って、それで電話したんです』

「あぁ、そういうことか」


 日中見た、悪戯っぽく笑う珊瑚の顔を思い出す。


 なるほど、俺が家族に置いて行かれたことを笑っていたが、どうやらそれの延長で電話してきたようだ。

 それにしても年越しギリギリのこの時間にかけてくるとは、人を茶化すのが好きな性格だとは思っていたが結構な凝り性ではないか。

 そう言ってやると、珊瑚はしばらく悩んだ後『うーん』と分かりやすく電話口で悩み出した。きっと眉間に皺を寄せて首を傾げているのだろう、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。


『それとはちょっと違うんですけどね』

「違う? どうせ俺を揶揄おうと思ったんだろ。でも残念だったな、俺は兼ねてから願ってた静かな時間を満喫してるんだ」


 本当に満喫しているのかと問われれば、少し怪しいところだが。

 それでも電話口で言いきってやれば、珊瑚が小さく笑ったように聞こえた。


『静かな時間と一人ぼっちは違いますよ』

「……ん?」

『健吾先輩が十二月三十二日を迎えないように電話したんです』

「三十二日?」


 なんだそりゃ、何かの謎かけか?


 それを問おうにも珊瑚はあっさりと話題を切り替え『ほら、もう年が明けますよ!』と告げてきた。

 テレビを見れば画面の端でカウントダウンが始まっている。残り一分を切ると、テレビの中で賑やかな秒読みが始まった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 望んでいた一人も、実際になってみると意外と寂しいと。 二人なら、全然違うのだろう。来年は…
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