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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第八章:三年生 冬
253/294

25:一緒に過ごす相手

 


 音楽に合わせて映像が変わる。

 ショッピングモールの壁には元々凹凸があり、映像はその形状に合わせ、それでいて本来の壁とはまったく違う景色を映し出す。立体的で映画とはまた違った不思議な迫力があった。


 本来の色とは違う色合いの壁が映し出されグラデーションと共に色を変え、映像の窓や扉が開いて中から星があふれ鳥が飛び立っていく。

 かと思えば一瞬にしてそれらが崩れ去り西洋風の立派な城に変わり、引っくり返って歯車仕掛けのスチームパンクな城に変わる。歯車がばらけると壁一面には森が生い茂り、小鳥が飛んで鹿や兎といった動物が跳ねるように行き交う。

 森の中を進むと童話に出てきそうな古城が現れ、その壁が壊れると、奥から――壁に映されているのに奥と言うのも不思議な話だが――サンタクロースがソリに乗って勢いよく飛び出してきた。

 サンタクロースの持つ袋から星が溢れ、壁一面に満天の星空が広がる。周囲のイルミネーションと合わされってまるで視界全てが星空のようだ。


 そんな鮮やか映像が二十分程だろうか。最後は壁一面に雪を降らせ、雪が積もり全てを白く覆い尽くし、周囲のイルミネーションと共に瞬いて消えていった。

 続く様に音楽がゆっくりとボリュームを落として聞こえなくなると、終演を察してあちこちから拍手が沸く。



 しばらくは拍手が続き、外灯が点くと客席がざわつきだした。帰宅や移動の為に立ち上がる者もいれば、座ったまま感想を言い合う者達もいる。

 そんな空気の中、ふと右を見れば宗佐達が立ち上がるのが見えた。月見がこちらに気付き軽く手を振るあたり、どうやら二人はもう移動するようだ。


 その姿に、俺の中で再び迷いが生まれる。


 声を掛けたほうが良いのだろうか。

 珊瑚の想いを知っているのだから、せめて帰りぐらいは宗佐と一緒に過ごさせてやるべきなのだろうか。いや、帰りと言わずに少しぐらい一緒に周辺を眺めたり……。

 だけどそうすると月見の気持ちはどうなる。宗佐の気持ちは?

 このあとまだ二人で過ごすのかもしれない。


 でも珊瑚は……、だけど俺の気持ちは……。


 去ろうとする二人の背にどうしたものかとあぐねていると、くいと軽く腕を引っ張っられた。

 見れば珊瑚が苦笑を浮かべている。まったくと言いたげな表情で、それどころか大袈裟に肩を竦めてみせてきた。


「健吾先輩は考えすぎですよ」

「……妹」

「宗にぃと月見先輩が一緒に過ごしてたって良いんです。私だって、昨日は芝浦家で宗にぃと一緒にクリスマスを過ごしましたから」


 そう話す珊瑚の口調はあっさりとしている。

 だが、今日宗佐と月見が過ごしたクリスマスと、昨日芝浦家が迎えたクリスマス、二つのクリスマスが別物であることなど他の誰でもなく珊瑚自身が分かっているはず。

 そして本当に彼女が宗佐と過ごしたかったのは前者だ。

 その気持ちを押し隠して昨日のクリスマスを語っているのだろう。


 既に宗佐達の姿は人混みの中に消えて見えなくなり、俺の携帯電話には宗佐から『珊瑚を家まで送れよ』というメッセージまで入ってくる。

 つまり宗佐は珊瑚を俺に託し、月見を連れてこの場を後にした。


 ……珊瑚ではなく月見を。

 それを考えれば、またも悟られたのか珊瑚が苦笑した。


「考えてる事、全部顔に出てますよ。健吾先輩って意外と分かりやすいですよね」

「うっ……、悪い」

「そもそも、宗にぃは月見先輩と来たんだから、月見先輩と帰るのは当然です。むしろ芝浦家の男たるもの、責任をもって月見先輩をきちんと送らなきゃいけません」

「あぁ、確かにそうだな」

「そうですよ。それに、私は……」


 珊瑚の声は次第に小さくなり、語尾を弱め、その果てにふいと視線をそらしてしまった。

 頬を赤くさせ、赤いマフラーの裾をぎゅうと握りしめる。俺の贈った髪飾りがイルミネーションの光を受けて輝いている……。


「……私は、健吾先輩と来たんですから」


 そう呟く珊瑚の言葉に俺は息を呑み、次いで、ゆっくりと息を吐いた。


「そうだな……。俺と来て、ずっと俺と一緒に居たもんな」


 珊瑚に告げた俺の言葉は、我ながらこれほど穏やかな声が出るものなのかと思えるほどに落ち着いている。

 だが珊瑚の言葉と、それに対して返した俺の言葉が、染みわたるように胸を温めるのだ。自然と声が穏やかになり、鏡を見ずとも自分が和らいだ笑みを浮かべているのが分かる。



 俺はいったい何を悩んでいたんだ。

 今日一日、珊瑚はずっと俺の隣に居たじゃないか。今だって、立ち上がって宗佐を追うこともせず、俺の隣に座っている。

 それを考えれば先程まで胸を占めていた困惑が音を立てて消えていき、俺は小さく息を吐くと座り直した。俺の席に……、珊瑚の隣に。


「俺と来たんだ。だから俺と一緒に帰ろう」

「はい。……でも、もう少し見ていていいですか?」


 目の前の眩い光景を一瞥し、次いで珊瑚は俺へと向き直って尋ねてきた。

 イルミネーションの光が彼女の瞳に移り込んで輝いて見える。光を受ける花の髪飾りが、俺を見つめる瞳が、少し恥ずかしそうで柔らかな微笑みが、全てが俺には眩しい。


 これを断るわけがない。

 もちろんだと頷いて返し、二人並んで、目の前の眩い景色へと視線をやった。






 第八章:了







第八章、完結です!

クリスマス当日にこの話をお届け出来て嬉しい……!と感動しております。

冬のお話、いかがでしたでしょうか?お付き合いいただきありがとうございます。


この後は、お正月と受験の幕間をそれぞれ予定しております。

そして第九章、いよいよ最終章が始まります。

第九章はまた季節が一つ進み、春、卒業の季節です。

『兄の友人』と『友人の妹』から始まった二人の物語、最後までお付き合い頂けると幸いです。



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― 新着の感想 ―
[一言] あああ、この瞬間をリアルタイムの更新で読みたかった。 この作品に気づくのかもう少し早ければと思いました。
[一言] 当初からの計画ではなく、偶然なのでしょうが、良い時期に良いお話でした。 8章完結お疲れさまでした。珊瑚の隣にいるのがずいぶん自然になりましたね。いよいよ最終章ですか。どう収まるのか、楽しみに…
[良い点] 最高のクリスマスでした。 ありがとうございました。
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