22:次第に深まる冬の空気
イベントが終わると、スタッフの誘導のもと観客達は席を立たされた。
プロジェクションマッピングの準備に取り掛かるらしく、ステージに置かれていた大きなツリーが運び出され、中央エリアを囲むようにロープが張られる。
当選者用の出入り口が設けられ、スタッフが入場開始時間や入場手順を説明する。周囲で待っていた立ち見狙いの客達がそれを聞き、ようやくと言いたげにロープに沿って並びだした。
中央エリアの入場時間まではまだ時間があり、かといってショッピングモールに戻るほどでもなく、雑談をしながら公園内を見て回る。
「暗くなってきたし、なんだかいよいよって感じですね」
「そうだな。ライトアップも始まるとだいぶ雰囲気が変わるな」
他愛もない話をしながら周辺を見て歩いていると、次第に周囲は暗くなり、ステージと外灯がライトアップされ厳かな空気へと変わっていった。
日中の賑やかさが嘘のようで、落ち着いた雰囲気は日が落ちて寒くなってきたこともあってか、まさに冬という印象を与える。とりわけ寒い空気の中で灯る青と白のライトは美しく、この場の空気をより幻想的な物に変えていた。
カップルが楽しそうにそれらを眺め、時にはライトアップされた木やオブジェを背景に寄り添って写真を撮る。
中には男が女を後ろから抱きしめて互いに暖を取り……、なんてこっ恥ずかしいカップルも居るが、不思議と今の状況だと似合ってしまう。
なにせクリスマス。
イベントがイベントなだけに、周囲にはカップルも増えている。中央エリアも、立ち見客も、七割近くがカップルと言っても過言ではない。
「入場口が立ち見客のど真ん中って……、見られまくって中に入るのか」
「気分が良さそうじゃない。立ち見客の視線を浴びながら当選ハガキを手に中に入って、特等席に座るのよ。最高だわ」
「俺はまだそこに優越感を見出すほどには成長してません……」
「敷島君もまだまだねぇ」
桐生先輩が冗談めかして笑う。
次いで彼女は腕時計へと視線をやり「こんな時間」と小さく呟いた。
「私、もう行くわね。ケーキを受け取って父と待ち合わせしなきゃ。それじゃあ二人共、メリークリスマス」
そう告げて桐生先輩が去っていく。……のだが、最後に一度こちらを振り返ると「素敵な夜を」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
こちらの返事を聞かず、すぐさま踵を返して歩き出してしまう。後腐れの無さはなんとも彼女らしく、木戸がそれに続くのも予想通りだ。去り際に俺にだけ聞こえるように小声で「頑張れよ」と一言告げ、桐生先輩を追いかけていった。
「なんであんたまで着いてくるのよ」という桐生先輩の文句が微かに聞こえ、次いで二人の後ろ姿が人混みに消えていった。
再び珊瑚と二人きりになり、なんとも言い難い空気が漂う。
周囲は美しくライトアップされ、いかにもクリスマスという空気を濃くしており、それが余計に『二人きり』を意識させる。
「……な、なんか暖かいもの買ってから入るか!」
「そ、そうですね!」
ぎこちなさで妙に声が大きくなりながら、ひとまずこのクリスマスムード満点な場を離れて喫茶店へと歩き出した。
情けないというなかれ。それほどまでにこの場はまさにクリスマスといった雰囲気が漂い、それが更に色濃くなる空間に突撃するのだ。
珊瑚に恋をするまで色恋沙汰とは無縁だった俺にはハードルが高く、心の準備が必要である。
今回、本編が短めになってしまいました…!
その代わりというわけでもないんですが、↓より以前に活動報告に掲載していた短編をどうぞ。
木戸と桐生先輩のお話、木戸視点でお送りいたします。
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「プレゼント、渡せなかったのか」
敷島の言葉に、俺はただ頷いて返した。
場所は公園内の屋外イベント会場。あと十五分ほどで後輩の東雲実稲がステージに出るらしく、敷島と芝浦の妹と、そして桐生先輩と待機中である。
そんな中、女子二人が「ちょっと……」と言葉を濁して席を立った。ここでいったいどこに行くのかと聞くのは野暮というもの、ゆえに残された敷島と雑談を交わして今に至る。
「渡すどころか、買うより前に釘を刺された。一方的に貰うのも嫌だし、かといって返すのも面倒だから、男からのプレゼントは受け取り拒否だってさ。あれは本気の口調だったから、無理に押し付けるのも無理だろうな」
「それはそれで桐生先輩らしい話だな」
「まぁ、俺もそう思うけどさ……」
思わず溜息を吐けば、敷島が慰めるかのように肩を叩いてきた。
こいつの鞄には芝浦の妹に渡すプレゼントが入っているはずだ。きっとそれを芝浦の妹は受け取るだろう。
それを考えれば、なんだか自分だけが酷く遅れを取っているように思えてしまう。
親衛隊達を出し抜いてアピールし、そのかいあってか桐生先輩には目を掛けて貰っている。だが所詮はその程度で、俺はいまだ彼女からの恋愛めいた手応えは一つとして感じられずにいるのだ。
今日だって、一緒に過ごしているのではなく俺が付き纏っているだけ。クリスマスらしいことなんて一つもない。プレゼントに至っては、先程の通り、他の男達同様に受け取り拒否の先制を喰らっている。
桐生先輩にとっての俺は、あくまで己を慕う男達の一人。良くてやたらと付き纏う厄介な後輩か、もしかしたら親衛隊と似たり寄ったりなレベルなのかもしれない……。
このクリスマスムードの中、浮かれた友人を前にすると余計に自分の立ち位置が不安になってくる。
「……なにやってるんだろ、俺」
溜息と共に呟けば、それとほぼ同時に桐生先輩と芝浦の妹が戻ってきた。
そうして東雲のステージを見届ければ、周囲が暗くなりクリスマスらしいムードが漂い始めた。
イルミネーションが輝き、日中の賑やかさが一転して落ち着いたものへと変わる。青と白の光が冬の寒さを余計に感じさせ、先程まで普通に並んでいたカップルがわざとらしく寒い寒いと訴えてくっつきだす。
「私、もう行くわね。ケーキを受け取って父と待ち合わせしなきゃ」
とは、腕時計に視線を落とした桐生先輩。
そうして「素敵な夜を」と敷島と芝浦の妹に告げてさっさと人混みへと向かってしまう。……俺には声を掛けることもなく。
だからといってここに残る理由もなく、敷島達に軽く手を振って見失わないよう桐生先輩の後を追った。その去り際に小声で敷島に「頑張れよ」と告げて。
俺だって頑張る機会さえあれば……なんて、そんなことを考えつつ。
ケーキを受け取り駅へと向かう。
イルミネーションの効果かショッピングモール方面へ向かう人の流れは普段より多く、それとすれ違いながら駅へと進むのはなんとも味気ない。「始まっちゃう」なんて話しながら小走りにモールへ向かうカップルが恨めしい。
おまけに駅の中までクリスマスらしく飾り付けをされているのだ。改札前の広場には小さめのツリーが飾られており、どれだけ世間が浮かれているかが分かる。
「本当、どこもかしこもクリスマスですね」
「せっかくだし、戻ってイルミネーション見てきたら?」
「良いですか、桐生先輩。連れのいない男にとってイルミネーションなんて電飾が絡まった木です」
「……馬鹿」
盛大に溜息を吐く桐生先輩に、男なんてそんなものですと言い張った。
だが俺にとってイルミネーションなどその程度なのだ。
綺麗だとは思うが、再び混雑する中に戻ってまで見るようなものではない。しかも敷島と芝浦は隣に好きな女の子がいるというのに俺は一人なんて、綺麗なイルミネーションも涙を誘うだけ。
もちろん桐生先輩が一緒なら話は別だ。きっとこれは敷島も芝浦も、そしてあの会場に居るカップルの殆どの男が頷いてくれるだろう。
熱く語れば、再び桐生先輩が呆れたように「馬鹿」と溜息を吐いた。
そうして携帯電話を取り出して数度いじりだす。父親から連絡がきたようで、電光掲示板を見て電車の到着時刻を確認した。
「もう隣の駅を出たって、きっと次の電車ね」
「是非ご挨拶を」
「ひっぱたくわよ」
「冗談です」
随分と冷ややかな視線を向けられ、両手を広げて降参のポーズを見せる。
なんとも言えない視線ではないか。普段ならばそれすらも美しく思えるのだが、クリスマスのこのムードだと切なさが勝ってしまう。
そんなことを考えていると、ふと携帯電話を眺めていた桐生先輩が顔を上げた。
「木戸、ハガキ持ってる?」
「ハガキって、当選ハガキですか? 一応、持ってきてますけど」
いったいどうして今更ハガキなんて言い出すのか。だが問われたならばと鞄を漁り、中から二枚に別れた葉書を取り出した。
持ってきたというより鞄の中に入れっぱなしだったと言う方が正しく、そんな扱いなのだからもちろん修復などしていない。相変わらず真っ二つだ。
桐生先輩はそれをじっと見つめ「本当に馬鹿ね」と目を細めた。
本日一番深い溜息混じりの「馬鹿」である。だがさすがに目の前で破いたのは我ながら突飛なアプローチだと自覚はしている。
それほど必死なんだけどな……、と心の中で呟き、差し出された桐生先輩の手に「え?」と小さく声をもらした。
手のひらを上に、まるで何かを寄越せと訴えているかのように伸ばされている。
だけど、何を?
「桐生先輩?」
「もらってあげる」
「……ハガキを、ですか?」
「半分は私のよ」
きっぱりと言い切る桐生先輩には照れている様子も無ければ、かといって渋々応じているような不満そうな様子もない。
普段通り。当然だと言いたげに。まっすぐに手を伸ばしてくる。
そんな桐生先輩に、俺は小さく「敵わないな」と呟いて
「もちろん、貴女のです」
そう告げると共に、当選ハガキの半分を彼女に手渡した。
結局、俺の当選ハガキに書かれていた二人分の席は空席で終わった。せっかく当たったのに勿体無いと思う人もいるだろう。
だが俺にとってはこれ以上ないほど有意義にハガキを使うことができた。
「ありがとう」のお礼の言葉もましてやお返しもないが、それでも破けたハガキを受けった桐生先輩は「ん」と満足そうに目を細めたのだ。
普段は綺麗な彼女のそんな可愛らしい反応を見れたのだから充分だ。
気付けば周囲のイルミネーションがどことなく綺麗に思え、聞こえてくるクリスマスソングが心地よい。
俺も大概薄情なもんだと自分を笑いながら、浮かれた足取りで帰路についた。
…end…
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