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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第一章:二年生春
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25:彼女の決意

 


 昼休みに入り、昼食を食べ終えてしばらく。宗佐が「あ、」と呟くと同時に立ち上がった。

 別のクラスの友人に教科書を貸していたらしい。次の授業で使うから返して貰ってくると話して教室を出ていく宗佐を、俺は携帯電話をいじりながら見送った。



 外からは遊んでいる生徒達の賑やかな声が聞こえ、窓から心地よい風が吹き込んでくる。

 春の暖かさと午前中の疲労、それに昼食後の満腹感が合わさり眠くなってきた。


「放課後に備えて一眠りするか……」


 眠るために机の上を片付ける。己の腕を枕にして突っ伏せば、すぐさま意識が微睡んでいき……。

「あれ」と声が聞こえてきた。

 月見だ。彼女は友人達と外で昼食を取っていたようで、今まさに教室に戻ってきたところなのだろう。

 視線が一度俺に止まり、そしてきょろきょろと余所へと向かう。


 何を……いや、誰を探しているのか?

 考えるまでもない。


「宗佐なら、友達に貸した教科書を返して貰うってさっき出ていったぞ」

「そうなんだ……。あ、別に芝浦君を探してたわけじゃないよ! ただ、その、もし芝浦君がいたら、話したいことがあるだけで……」

「そうか、残念だったな。残ってたのが宗佐じゃなくて俺で本当に申し訳ない。宗佐じゃなくて俺だったばっかりに、月見を落胆させてしまうなんて」

「もう、敷島君ってばからかわないで! ……でも、その、芝浦君に話したいことがあってね」


 どうやらその『話したいこと』について俺に何か言いたいのか、月見が言い淀みつつ俺の隣に立った。

 そわそわと落ち着きなく、胸元で手を動かしている。頬が赤い。その姿は可愛いの一言に尽きる。


 俺もその可愛さに当てられ、思わず「どうした?」と話を聞く体勢を取ってしまった。

 仕方ない。月見は可愛くて、そんな月見が何か話をしたそうにしているのだ。眠気も吹き飛ぶというもの。これを適当にあしらえる男が世にいるとは思えない。

 月見に対して恋心は無いが、それはそれ、これはこれ。可愛いものは可愛い。


「宗佐に何を話したいんだ?」


 先を促せば、月見の頬が赤くなっていく。

 そうしてチラと周囲を見た後、声を潜めて話し出した。


「あのね、その……。放課後に、芝浦君と静かなところで二人で話が出来たらなと思って。それで、私……『芝浦君のネクタイをください』って言おうと思ってるの……」


 上擦り弱々しい声ながらに月見が話す。

 その話に、俺は思わず目を丸くさせてしまった。


 誰もいない静かな場所で、二人きり、宗佐に対してネクタイを欲しいと告げる……。

 それはつまり告白だ。

 鈍感な宗佐だって、ここまでお膳立てされ、そのうえ月見の口からはっきりと『芝浦君のネクタイ』と改めて言われれば分かるだろう。鈍感ゆえ告白と直結しなくとも、そこに特別な好意があると察しはするはず。


 そして月見の話を聞いたら、宗佐は喜んでネクタイを差し出すだろう。


「そうか、はっきり言う事にしたんだな」

「うん。今朝芝浦君が新しいネクタイを持ってたでしょ。それを見て、やっぱり『芝浦君のネクタイ』が欲しいなって思ったの。ネクタイが欲しいだけで誰のでも良かったなんて、そんな風には思われたくなくて」


 どうやら、今朝方のやりとりが月見の恋心に火をつけたらしい。

 当初は『紛失したネクタイが見つかったら』という条件で、それも、宗佐のネクタイが余っているから一本貰う、という体だった。

 だがそれでは駄目だと彼女は思ったのだ。そしてはっきりと己の気持ちを伝えようと決意した。


「今日の放課後に言うつもりなんだ。……ごめんね、敷島君、突然こんなこと話しちゃって。誰かに言っておかないと挫けちゃいそうで」

「いや、良いんだ。上手くいくと良いな」

「うん!」


 俺に背を押され、月見が満面の笑みを浮かべた。なんて可愛らしく眩しい笑顔だろうか。

 その直後、宗佐が教室に戻ってきた。噂をすればなんとやら。月見が「いってくるね!」と緊張と気合いを胸に宗佐のもとへと向かう。


 二人が会話をし、宗佐が頷くのが見えた。返事を聞く月見は嬉しそうだ。

 きっと放課後の約束を取り付けられたのだろう。

 まずは一歩前進。大きな一歩だ。


「そうか、月見は決意したのか。……うん、良いことだ」


 誰にも肩入れしない、とは言ったものの、決意し行動する者がいるならば上手くいけばいいなと願いはする。

 それが友人の月見ならば尚更。とりわけ宗佐も以前から月見に想いを寄せているのだから、友人二人が結ばれれば俺も嬉しい。


 俺に話すことで月見が決意を固められるというのなら、喜んで話し相手になろう。


 ……だけど。



「なんで教室で話しちゃうかなぁ……」



 と、呻きながら頭を抱えた。


 宗佐と月見はいまだ楽しそうに話しており、そこだけを見れば微笑ましい光景だ。

 だがそれに対して教室内の冷え切った空気と言ったらない。

 もはやいつもの呪詛さえ聞こえず、誰もが無言で、宗佐と月見をじっと見つめている。圧が凄い。

 春の心地よい風が入り込んだ気がするが、張りつめた空気はいっさい晴れやしない。重々しく息苦しい空気だ。宗佐と月見の話し声だけが、妙な静けさの中でやたらと耳に届く。


 嵐の前の静けさ。

 そんな言葉を思い出した。



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