21:人気モデルのステージ
屋外ステージはショッピングモールに隣接する公園内にある。
数段高さをつけたコンクリート造りのステージ。それを眺められるように正面は開けており、その一帯が今日のイベントでは中央エリアと呼ばれ、長椅子も設けられている。
日中のイベントは自由席となっており、入退場も自由。そもそも入退場もなにも周囲に仕切りはなく、どこからでも好きなように入れるのだ。
だが夜になると中央エリアをロープで囲い、当選客だけを中に通すらしい。長椅子に割り振られた席番号も夜のプロジェクションマッピング用のものだろう。
「へぇ、結構立派なステージなんだな」
屋外ステージを眺め、思わず感嘆の声を漏らす。
ステージ上に置かれた大きなツリーは迫力があり、それ以外にも華々しく飾られている。普段はステージとも言えない殺風景な段差だった気がするが、きちんと飾られるとこうも立派になるものなのか。
珊瑚と桐生先輩も同様に、感心したように屋外ステージを眺めている。
「私、三日前にもここを通ったけど、その時は何にもなかったの。なんだか別の場所みたい」
「見てください、ここにも実稲ちゃんのポスターが。前の方の席に座ってる人達、実稲ちゃんのファンクラブの人達ですよ」
ステージが立派だと桐生先輩が話し、彼女の腕を引っ張って珊瑚が興奮気味に東雲の人気を語る。
確かに、ステージ前の中央エリアには既に観客が居る。後方には休憩がてら座って談笑している者もいるが、それでも前から数列は満席状態。とりわけ最前列に陣取る者達は一眼レフを構えて目が本気だ。
さすがに一眼レフ組に加わる気にはならず――ステージに近い席だと東雲が睨んできそうだし――俺達は適当な場所に荷物をおろし、四人並んで腰掛けた。
……四人、並んで。
当然のように桐生先輩の隣に腰掛ける人物。誰かなど確認するまでもない。
桐生先輩は頑なにそちらを見ようとせず、不自然なほどに正面ステージを凝視している。だが眉間に皺が寄っているあたり、視界の端に捕らえているのか、それとも気配で察しているのか。珊瑚に至っては、驚きもせず意外に思う事もなく慣れた様子で挨拶をしている。
そんな二人の様子を窺い、ならば俺だけは一応言及しようかと考え、当然のように席につく人物をじろりと睨みつけた。
「お前なぁ、なに自然な流れで合流してるんだよ。もう少しリアクションしろよ」
「いやぁ、その余裕も無くてさ。冗談抜きに、さすがに今回は殺されるかと思った」
桐生先輩の隣に座りヤバかったと語るのは、言わずもがな木戸である。
男達の嫉妬からは逃げられたようだが、危なかったと語る瞳は真剣みを帯びている。若干だが息が上がっており、冬の屋外だというのに少し暑そうだ。本人が言う通り相当危なかったのだろう。
クリスマスという晴れやかな日だからこそ、男達の嫉妬の炎も激しく燃え盛る。とりわけ、今日と言う日を仲間と共に恨み辛みで過ごすような男達なのだ、憎悪は一入だろう。
そんな中で木戸が桐生先輩と二人で過ごしているのを目撃すれば、嫉妬と恨みが勢いを増して限界を超えるのは当然。今まで出し抜かれていた恨みも合わさるのだから猶更だ。
思い返せば、出し抜いていた事を公言して以降、木戸は宗佐同様に男達の嫉妬に晒されている。
宗佐と共に担がれ運ばれていくことも少なくない。もちろん俺は助けにはいかず、運ばれていく光景を眺めるだけだ。
「刃傷沙汰にならなかっただけマシだな」
冗談めかして話すも、頷いて返す木戸の表情には冗談の色は薄い。よっぽどだ。
そんな会話をしていると、珊瑚がふとコートのポケットから携帯電話を取り出した。
どうやら着信があったようで、俺達に一言告げてから携帯電話を耳に当てる。「実稲ちゃん?」という声から、どうやら電話先の相手は東雲のようだ。
そうして二言三言交わすと、「分かった」と答えて電話を切った。
「ちょっと実稲ちゃんのところに行ってきます。このままじゃツリーを蹴飛ばすって言ってるんで……」
「若干脅しが入ってきたな」
「実稲ちゃん、あれでも仕事の時はちゃんとしてるんですよ。仕事の時は本当にモデルって感じで、演技も上手いし……仕事の時は真面目で……、仕事の時だけは……」
切なさだけが伝わるフォローを入れながら、珊瑚が立ち上がり関係者用の扉へと向かう。
無関係な一般人が入れるわけがなく警備員に止められるのだが、なにやら鞄から取り出して見せるとあっさりと通されていった。
多分、見せたのは学生証だ。扉の奥へと入っていく背中には若干の哀愁を感じさせる。
そうしてしばらく待つと、
「デレ期きた!」
という東雲のものらしき声が聞こえ、次いで珊瑚が戻ってきた。
「まったくもう!」と怒りをあらわにしており、俺が苦笑交じりに労いの言葉を掛けると、居心地悪そうな表情を浮かべて長椅子に腰掛けた。
「東雲の歓喜の声がここまで届いたけど、何があったんだ?」
「ちょっと応援しただけですよ。……なのに、実稲ちゃんってば大袈裟なんだから」
「なんて言ったんだ?」
「『友達がステージに出るって先輩達に自慢しちゃったんだから頑張って』って、それだけです」
恥ずかしそうな珊瑚の話に、俺はなるほどと深く頷いた。
東雲的には不服な結果になったとはいえ、自分がコーディネートした珊瑚は可愛く、そんな彼女に先程の言葉を告げられたのだ。日頃の友達とは思えない冷遇から一転してこれなのだから、東雲が歓喜の声をあげるのも仕方あるまい。
今頃クリスマスソングを歌いながら準備をしていることだろう。もしかしたらスキップしてステージに出てくるかもしれない。
もっとも珊瑚は自分のデレ期を認めるのが癪なようで「もう絶対に応援しません」と拗ねるように文句を言い続けていた。
そんな珊瑚の応援のかいあってか、もしくは彼女の言うとおり仕事の時は真面目だからか、イベントが始まりステージに現れた東雲は見事なものだった。生意気な蒼坂高校生徒ではなく、害獣指定の凶暴な小動物でもなく、まさに『モデルの東雲実稲』である。
イベントの進行はもちろんモール内各店の宣伝もこなし、パフォーマーの紹介やコメントも上手い。出演が決まったドラマの説明や見所を手短かつ的確に話し、話の合間合間に地元出身のアピールも忘れない。
そのうえ熱狂的なファンから名前を呼ばれれば愛想よくして手を振ったりもしている。
その姿はお世辞を抜きにしても立派だ。
通りがかりの客も「あれってモデルの……」と言葉を止めて立ち止まり、スマートフォン片手にステージ上の東雲を写真に収めようとする。そんな通りすがりの客達にも東雲は笑顔を向け、中にはその笑顔に引き寄せられて椅子に腰掛ける者までいる。
俺も思わず先程までのやりとりを忘れて感心し、珊瑚に至っては友人の晴れ舞台をうっとりとしながら見守っていた。




