20:クリスマスだからこそ
褒め合ったことが気恥ずかしく、互いのことが見られず不自然に視線を逸らしてしまう。
困ったことに何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。珊瑚の服装が今日の為だという幸福感、可愛いと伝えられた事への満足感、そして彼女から贈られた俺への言葉……。
それらで胸がいっぱいになり、他の事を考えられない。口を開けば「可愛い」という褒め言葉しか出てこなさそうだ。
珊瑚もまた話題に悩んでいるのか視線を泳がせている。……頬を赤くさせたまま。
この何とも言えない空気に、俺はどうにかせねばと碌に働かない頭で考えを巡らせ……、
「敷島くん、結局、私のサンタクロースにはなってくれなかったのねぇ」
という聞き慣れた声に、ぐいと腕を引かれる感覚に、いまこの瞬間だけは小悪魔ではなく救世主だと感謝すると共に振り返った。
「桐生先輩」
「こんにちは、二人共。メリークリスマス」
穏やかに微笑むのは桐生先輩。
灰色のワンピースから覗く美脚を黒のブーツにおさめ、黒いコートを片腕に掛ける姿は普段より大人びて見える。
もっとも、楽しそうに口角を上げる悪戯っぽい笑みは相変わらずだ。そのうえ、珊瑚へと視線をやるとわざとらしく俺の腕から手を放した。
まるで譲るかのような仕草。更には「あら、私ってば」という思わせぶりな言葉。言わんとしていることを察した珊瑚が再び頬を赤くさせる。
それを見る桐生先輩は言葉にこそしないが「楽しい」と言っているようなものだ。今この状況でなければ、俺も厄介な人に見つかったと身構えていただろう。
だが今は感謝しかない。彼女の登場のおかげで空気は一瞬にして変わった。冷やかされるのは癪だが、気恥ずかしく緊張すら感じさせる空気が解されたのは有難い。
先程まで言葉を探していた珊瑚も表情を和らげ、桐生先輩に挨拶をしている。
「桐生先輩、今日はどうしたんですか? クリスマスは家族と過ごすって言ってましたよね」
「さすがに二日間ずっと朝から晩までクリスマスパーティーってわけじゃないわ。夕方に父が帰ってくるから、迎えがてらケーキを買って帰って、そこから家族でクリスマスの食事をするの。……だから」
「だから?」
「それまでは色々と見て回って、隙あらば引っかき回そうと思ってるのよ! だってクリスマスだもの!」
桐生先輩が声高に宣言する。得意げで瞳を輝かせたその表情は美しく、発言さえ聞かなければ誰もが惚れ込んだだろう。……発言さえ聞かなければ。いや、この発言を聞いても惚れ直しそうな奴は居るけれど。
とにかく、どうやら俺達はその引っかき回すターゲットにされたらしく、クリスマスといえども容赦のないその性格に思わず笑ってしまう。
次いで桐生先輩は珊瑚に向き直り、「可愛い服装」と妹を愛でるように彼女の頭を撫で始めた。
「冬らしくて素敵な格好ね。敷島君にはちゃんと褒めてもらったの?」
「それは、その、あの、今、まさに、あの」
「その反応を見るに充分に褒めてもらったみたいね。女の子は褒められて可愛くなるのよ。恥ずかしいだの言わなくても伝わるだの、勝手な理由をつけて言葉にしない男なんて切り捨てていきなさい!」
「妹、耳を塞ぐんだ。そういう桐生先輩は誰かに褒められたんですか?」
「さっき高校の後輩達に囲まれて、綺麗だとか美しいだとか褒め称えられたわ。……あと」
後輩達に褒めそやされたことを語っていた桐生先輩が、ふと言葉を止めて視線を他所に向ける。
心なしかどこか遠くを見るような……。その瞳は変わらず麗しいが、浮かれきったクリスマスムードのショッピングモールには似合わぬ哀愁を感じさせる。
いったい何があったのかと問えば、桐生先輩は何かを言いかけ、一度言葉を止めて盛大に溜息を吐き、それでもと再び口を開いた。
「木戸には『尊い』って褒められて、ついに拝まれたの」
「気持ち悪いですね」
「本気で引いたわ」
桐生先輩の口調は普段より幾分低く、彼女の胸中が冷めきっている事がよく分かる。
ここは木戸の友人としてフォローの一つや二つ入れるべきだろうが。だがさすがに尊い発言と拝むのはないなと考え、ただ黙って視線を外した。
今回といい、以前の旅行の時といい、木戸は言葉を選ぼうとすればするほど明後日な発言をする傾向にあるのかもしれない。
そんなことを考えながら俺も呆れの溜息を吐けば、目を細めて哀愁を漂わせていた桐生先輩がパッと表情を変えた。
どうやら哀愁タイムは終わったらしく、一瞬にして普段通りの麗しさを纏う。この華麗な切り替えも含めて流石の一言だ。
「気をつけなさい、男の子達が見回りしてるわよ」
「見回りって……、まさか親衛隊!? あいつら、こんな日まで!」
「こんな日だからよ。さっきまで木戸と居たんだけど、見つかった瞬間、面白いように追いかけられていったわ」
「探してやらないんですね……」
「放っておいても自力で戻ってくるでしょ。でもわざと探しまわって悪化させるのも楽しいかもしれないわね」
コロコロと笑いながら桐生先輩が言い切る。そこに木戸を案じる色合いは一切ない。
聞けば、桐生先輩がショッピングモールに着くと木戸が待ち構えていたらしい。さも当然のように、むしろ待ち合わせをしていたかのように。
もちろん桐生先輩は約束なんてしておらず、それどころか今日ショッピングモールに来ることも木戸には話していないという。
「友達に何人か話しちゃったから、そこから情報が漏れたのかしら。……私もまだ詰めが甘いわね」
桐生先輩が溜息交じりに話す。
彼女にここまで言わせるのだから、木戸の意地と執念には呆れるしかない。
そうして付き纏われる形でショッピングモール内を共に見て周っていたところ、親衛隊達に見つかり、木戸が追いかけられ、桐生先輩だけ素知らぬ顔で場を離れて今に至るという。
木戸が追われる光景はよっぽどだったのだろう、桐生先輩が「クリスマスツリーに張り付けられてないかしら」と楽しげに話す。
その瞳にも声にも期待の色が見えるのだから木戸が哀れで仕方ない。
だが自業自得なところもある。あと多分、クリスマスツリーに張り付けられてもあいつは懲りたりはしないだろう。
そんな事を考えていると、珊瑚が何かを思いついたのか桐生先輩を呼んだ。
「桐生先輩も一緒にステージを見に行きませんか? この後始まるイベントに友達が出るんです」
「友達って東雲さん? 彼女凄いわね。……でも、お邪魔しちゃっていいのかしら」
「お邪魔?」
桐生先輩の言葉に、珊瑚が首を傾げる。
彼女より一寸先に意図を察した俺は、気恥ずかしさ半分、あと「この人はまったく」という呆れに似た感情半分だ。
思わず溜息を吐けば、そんな俺の反応すらも楽しんで桐生先輩がにやりと笑う。次いで彼女は、俺を追うように察して頬を赤くさせる珊瑚の頬を細い指でツンと突いた。
「せっかく二人きりなんだもの、私が居たら邪魔じゃないかしら」
気遣うように眉尻を下げ、桐生先輩が首を傾げて尋ねてくる。さっきは堂々と引っ掻き回す宣言をしたというのに……。
俺と珊瑚は揃えたようにムグと言葉を詰まらせ、これ以上この人を喋らせまいとステージへと向かった。




