15:二枚になった当選ハガキ
『当選ハガキ』という単語を切っ掛けに、俺も珊瑚も分かりやすい反応をしてしまった。それに目敏く気付いた木戸がしたり顔で笑う。
非常に腹立たしく殴りたい笑みなのだが、今は西園の問いにどう返すかを考えるべきだ。
なにせ当選ハガキは……。
「えっと、俺のハガキは……」
「今日は持ってきてないの?」
「いや、今日というか既に俺の手元には無いというか。持ってきてるかもしれないし、持ってきてないかもしれないし……」
しどろもどろになりながら珊瑚に視線をやれば、頬を赤くさせた彼女はフルフルと首を横に振って何かを訴えだした。
どうやら持ってきていないらしい。
西園が珊瑚の仕草に気付き、次いで俺に視線をやり、再び珊瑚へと視線を戻し……、そうして最後に木戸と顔を見合わせると、うんと深く頷き合った。
「そういえば、さっき本屋に行ったら技術の小坂先生が居たよ」
「小坂先生? そういやここらへんに住んでるって言ってたな」
「頼む、スルーはやめてくれ」
「何か言って良いの?」
「言って良いのなら盛大に色々と言うぞ」
「嘘です、何も言わないでください」
情けないと自覚しながらも全面降伏の姿勢を見せれば、西園と木戸が満足そうに笑った。
なんて意地の悪い笑みだろうか。性格に難有りな事が周知されている木戸はまだしも、西園は普段は爽やか王子様で通っているのに……。
だが二人がこんな笑みを浮かべるのも無理はない。
俺と珊瑚の反応は一部始終を説明したようなものだ。むしろ説明するよりも分かりやすく恥ずかしい反応をしてしまった気がする。
木戸と西園が説明を求めず話を切り上げたのは、友人としての温情か、もしくは年下の珊瑚をこれ以上追い詰めるまいという先輩としての優しさか。後者だった場合、仮に俺一人だったなら執拗な追撃を喰らっていたかもしれない。なんて恐ろしい。
ちなみに珊瑚はいまだ真っ赤になったままで、耐えられなくなったのか両手で頬を覆いだした。
耳まで赤くなっているのが可愛い……が、今の俺に彼女を愛でている余裕はない。
そんな何とも言い難い歯痒さを感じていると、木戸が「当選ハガキなら」と椅子に引っかけていた鞄に手を伸ばした。
木戸もクリスマスのイベントに当選していたらしく、俺と宗佐のような高校枠ではなくショッピングモールの会員の抽選枠だったと鞄を漁りながら話す。
つまりハガキを持っており、そして今まさに鞄の中にあるということだ。
それなら早く出せよと出かけた反論はすんでのところで飲み込んだ。言ったが最後、反撃で冷やかされるのは分かりきっている。
せめてと睨めばクツクツと笑って返してくるのだから腹立たしいことこのうえない。
「でもさぁ、一応持ってると言えば持ってるんだけど」
今一つ歯切れの悪い話し方で、木戸が鞄から二枚になったハガキを取り出した。
……二枚のハガキではない。
二枚になったハガキである。
それはもう見事なまでに、ど真ん中から一直線に綺麗に破かれているのだ。
多少線が歪んでいるあたり手で破いたのか。なんにせよ迷いのない豪快な破れよう、クリスマスらしい可愛く煌びやかなイラスが描かれているのがまた無惨さを漂わせている。中央に描かれたサンタクロースが真っ二つだ。
そんな当選ハガキを見せつけられ、誰も何も言えず、ただ目を丸くさせてハガキと木戸に交互に視線をやる。
だというのに当人は平然としており、見せつけるように破いたハガキをそれぞれ片手に持って肩を竦めてみせた。「ほら見ろ」とでも言わんばかりの態度だ。
「持ってるって言っても、この状態だからな」
「お前、それどうしたんだよ」
「破いた」
「……破いた? 破けた、じゃなくて?」
木戸の話し方は故意に破いたかのようで、誰もが驚愕の色を浮かべる。
たかが当選ハガキ、されども当選ハガキ。
といっても当選したからといって必ずイベントに行かなくてはならないわけではなく、当選しても別の予定が入り行かない者や、他人に譲る者もいる。勿体ない話ではあるが、結局はショッピングモールのクリスマスイベントでしかないのだ。
そもそも行くつもりが無ければ捨てるなり放置するなりすればいいだけの話だ。それをわざわざ真っ二つに破くなんて。というか、ショッピングモールの抽選枠というなら自ら望んで応募したはず。
なのに、どうして……。
そんな驚愕と疑問を抱く中、珊瑚が何かに気付いたようにはっと息を呑んだ。
木戸を見る彼女の表情が一瞬にして強張る。
「まさか木戸先輩、クリスマスを憎むあまり、一組でもカップルの当選を減らそうと応募したんじゃ……!」
「そんなわけあるか。芝浦の妹、お前の頭の中もパンか」
「そっか、それでクリスマス憎さからハガキを破いたんだね……。凄い、破った後に迷いの跡がない。むしろ憎悪を感じる」
「西園、悪乗りするな」
「……うん」
「敷島、お前はなにか言ってくれ!」
違うから! と必死になって否定する木戸に、俺達は思わず顔を見合わせた。
もちろん珊瑚の言い出した『クリスマス憎さから』等と言う話を本気にはしていない。現に珊瑚だってすぐさま冗談だと笑っている。
だがそれでもハガキを破いた理由は分からず、視線で問えば、木戸が小さく溜息を吐きながら話し出した。
「俺も当たった時は喜んだし、すぐに桐生先輩を誘いに行ったんだ」
「まぁ、お前ならそうなるよな」
「でもクリスマスは家族で過ごすって言われてさ。それで破いた」
「それで?」
「……それで『貴女が行かないなら俺も行きません』って」
断られるやいなや桐生先輩の目の前で破いて見せたという。
自分の行動を今更ながら恥ずかしくなってきたのか、木戸が他所を向いて話す。
それを聞いた俺達が唖然としてしまったのは言うまでもない。
「だからってお前、さすがに破くのは……」
「だって他のやつ誘うって思われたくないだろ」
だから、と話しながら木戸が無造作にハガキを鞄に突っ込む。
それを見ながら、俺はなるほどと頷いた。木戸の言いたいことは分かる。むしろその行動の意味も理解できる。
誘うのは一人だけ。
だがそう告げたところで相手が必ずしも信じてくれるとは限らない。ハガキが手元にある限り、他の女の子を誘うことは可能なのだ。
だからこそ目の前で破棄をする。これ以上ない程のアピールではないか。
「で、桐生先輩の反応は?」
「盛大な溜息のあとに『あんたって本当に馬鹿ね』の有難いお言葉。いやぁ、鋭い瞳も麗しくて、あの冷めきった態度も堪らないよな!!」
「……お前、無理するなよ」
自棄になって笑う木戸が哀れで、せめてと肩を叩いて慰めてやった。数度叩くとガクリと肩を落とすあたり無理をしていたのだろう。漏らされる溜息は今日一番深くて重い。
だが木戸の行動は潔いの一言に尽きる。それは女性から見ても同じようで、西園が感心したように木戸の思い切った行動を褒めだした。
珊瑚まで続いて褒めるのだから俺としては些か不満ではあるが、それでも認めざるを得ない。木戸の行動は男の俺から見ても格好良いと思えるものだ。
もっとも、木戸からしてみれば、珊瑚や西園に褒められたところで当の桐生先輩に響かなくては意味が無いのだが。
うまくいかないものだ、と考えていると、珊瑚が何かに気付き上着のポケットから携帯電話を取り出した。画面を見て「実稲ちゃん」と名を呼ぶと、手早くメッセージを打ち込んでパッと顔を上げた。




