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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第八章:三年生 冬
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14:世間は広いようで狭い

 


 自分自身、己をあまり物事を悩まない性質だと思っている。

 悩むより行動、まずは動いてからその後に考えればいい。良く言えば行動力に溢れており、悪く言えば短絡的、そんなタイプである。

 それは買い物でも同様。どちらが良いかと二択を前にしても、直観や第一印象を重視し比較的即決に近い判断を下す。



 ……だけどさすがに今回は例外である。



「あれ、もうこんな時間!?」


 購入した商品をラッピングして貰っている最中にふと携帯電話を取り出し、表示されている時間に思わず声を出してしまった。

 割と大き目な独り言に慌てて顔を上げれば店員が苦笑している。その表情は「説明せずとも分かる」と言いたげだ。

 西園と別れたあと俺は散々悩み、一度店を離れて他を見て周り、また戻ってきて悩み、そうしてようやく商品を手にレジへと向かった。更にラッピングまで頼んだのだから、一部始終を見ていた店員には俺の境遇や胸中など手に取るように分かるのだろう。

 微笑ましいと言いたげな、そして俺の先程の発言に対して笑いを堪えるような表情に、元より抱いていた気恥ずかしさが嵩を増す。


 そんな恥ずかしい時間を耐え抜き、綺麗に包まれた商品を紙袋に入れてもらう。赤と緑に飾られサンタクロースが描かれたいかにもクリスマスといった可愛らしいデザインの紙袋は、きっとこの時期限定なのだろう。

 これを受け取るのもまた気恥ずかしく、店の出入り口へと向かう歩みが無意識に早くなる。

 俺を見送る店員の「ありがとうございました」という声が妙に優しかった気がするが、きっと気のせいだ。そう思う事にしよう。仮にいま振り返れば満面の笑みで「頑張って!」とでも言われかねない。


「しばらくこの店の前を通るのやめようかな……。うん、とりあえずあの店員が居る時はやめておこう」


 まだ背中に暖かな視線を感じ、そそくさと足早に店を離れていった。




 悩みに悩んだとはいえ、昼を食べて直ぐに家を出たためまだ時間はある。

 本屋にでも寄ろうかと考え、モール内を歩き……、再び西園に会った。そのうえほぼ同じタイミングで木戸まで声を掛けてくる。

 世間は広いようで狭いとはよく言ったものだ。もっとも、同じ高校に通っているのだから行動範囲が被るのはおかしな話ではない。休日のショッピングモールとなれば猶更。


 そうして特に目的があるわけでもないので、モールの一角にあるテーブルについて飲み物片手にダラダラと喋っていた。


「この間、野球部が珍しく外で野球してたから西園達と混ざったんだよ」

「『野球部が珍しく外で野球してる』っていうのも傍から聞けばわけの分からない話だよな。でも言われてみると、あいつらが外に居るのを見た記憶がないな」

「あいつらの活動、基本屋内だからな。でも敷島にもまた来てほしいって言ってたぜ。今度顔見せてやれよ。……多分、部室でお茶してるから。俺達が混ざった時も、真っ先に野球部員達がバテてそのあとお茶会になったし」


 話をしている内に木戸の表情がなんとも言い難いものになる。頬が若干引きつっているのは己の発言に違和感を覚えているからだろう。

 確かに蒼坂高校の野球部はおかしい。というよりあれは野球部ではなく野球研究部だ。むしろ野球研究同好会だ。


 数ヵ月前の秋の終わり、俺は偶然居合わせて彼等の練習試合に助っ人として参加した。

 その際にいかに野球部がインドアで野球の試合が出来ないかを目の当たりにしたのだ。堂々と恥じることなく己の部がいかにインドアかを話す彼等の姿は記憶に新しい。

 それを話すと、西園が「そういえば」と話を繋いだ。


「あの時、珊瑚ちゃんも居たよね。野球部は何かあるとよくベルマーク部を呼んでるらしいよ」

「そういえば野球部はお得意様って言ってたな。野球やらないのに何の依頼があるっていうんだ?」

「まぁ、野球はしなくても活動はしてるわけだし色々あるんじゃない? 備品の管理とか、あとは試合データ纏めたりとか、部室の掃除とか。……お茶会の準備とか。ベルマーク部って幅広くやってるし」


 西園の言う通り、ベルマーク部の活動内容は幅広い。というより依頼があれば何でもという状況だ。

 もっとも、文化祭のような自分達の活動で忙しい時は依頼は受け付けず、割に合わない報酬は断ったりもするらしい。「無償俸給じゃありません」と珊瑚が以前に断言していた。ベルマーク部にはベルマーク部なりの基準があるようだ。


「先週バレー部の練習試合観に行ったんだけど、その時も珊瑚ちゃん手伝いに来てたよ。体育館の隅っこでバレーボールしてた」

「なんで妹までバレーを? ……あぁ、ベルマーク部だからか。……ん?」


 ベルマーク部が手伝いで居たとして、なんでベルマーク部の珊瑚がバレーボールをするのか。

 一度は納得しかけたもののやはり疑問を抱いて首を傾げれば、背後にふっと影が掛かった。


「バレーをしてたのはベルマー部だから、……ではなく、あの時は暇だったから遊んでただけです!」


 得意げな声が聞こえ三人揃って視線を向ければ、そこには珊瑚の姿。


 暖かそうなニット生地のトップスに下はショートパンツ、黒いタイツとスニーカーの組み合わせは活発な彼女らしくて可愛らしい。どうやら彼女もまたモールに買物に来ていたようで、高らかに宣言したかと思えば、「こんにちは」と後輩らしく丁寧な挨拶をしてきた。

 木戸と西園はそれに対して自然に、対して俺は僅かに上擦った声で返す。――木戸がさり気無くテーブルの上に置いていた紙袋を俺の背に隠してくれたのだが、中身がなにか気付いているのだろうか……――


「よ、よぉ妹。一人で買い物か?」

「いえ、実稲ちゃんと来てたんです。でもファンの人達に見つかって囲まれちゃったんで、放ってきました」

「相変わらず対応が酷い」

「いいんです、そのうち自力で戻ってくるし」


 そうあっさりと言い切り、珊瑚が肩を竦める。

 東雲と一緒に外出するとたまに起こる事らしい。慣れた態度に俺達も労いの言葉をかけ、空いていた一脚を彼女に進めた。

 せめて東雲が戻ってくるまで付き合ってやろう、と。そんな年上としての優しさである。

 もっとも、俺としては年上云々抜きにして単純に珊瑚に会えたことを嬉しく想っているのだが、あえて口にする必要はあるまい。……西園と木戸が妙な笑みで俺を見てくるので、口にはせずとも顔に出ているのかもしれないが。



 そうして珊瑚を交えて雑談をしていると、施設内に流れている曲がクリスマスソングに切り替わった。

 それに合わせて各店舗の紹介が始まる。定期的に行われる宣伝のアナウンスだ。

 クリスマスだけあってどこの店もセールやフェアを行っており、やれケーキがどうの幾ら以上買うとノベルティがどうの。果てには和菓子屋を始めとするクリスマスとは無縁そうな店まで関わってくるのだから、ショッピングモールらしいというか商魂逞しいというべきか。


 そんな放送を聞き、珊瑚が「そういえば」と話しだした。


「今日は宗にぃのクリスマスプレゼントも買おうと思ってたんです。それで、昨日宗にぃに何が欲しいか聞いたら……」


『珊瑚、俺は頭の良くなるパンが欲しい』


「そう真顔で言われました」

「凄いな、その言葉だけで宗佐の頭の悪さが伝わってくる」

「おい、この時期にそれって芝浦やばいんじゃないか……」


 宗佐の馬鹿を極めたような発言は、時期が時期なだけに――そして発言したのが宗佐なだけに――冗談と割り切って笑い飛ばすことができない。

 それは珊瑚も同じ……というより妹なだけに危機感は俺達より強いのだろう、一際深い溜息を吐いた。

 挙げ句、


「宗にぃの頭の中にはパンが詰まってるのかもしれません……」


 と深刻な声色で呻いて頭を抱えだした。妹としての気苦労が窺える。


 そんな珊瑚の纏う深刻なオーラとは逆に、モール内のアナウンスはクリスマスらしく華やかで、今度は軽快な口調でクリスマスのイベントについて説明しだした。

 夜のイルミネーションショーこそ抽選式だが、日中は誰でも参加の出来るイベントが行われる。モール内のスタンプラリーやサンタクロースとの記念撮影なんてまさにではないか。


 そんなアナウンスを聞き、西園が小さく溜息を吐き……、次いで切り替えるように表情を明るくさせると俺に視線を向けてきた。


「ねぇ敷島、クリスマスのハガキ見せてよ。あたし当選ハガキって見た事ないんだ」


 どんな感じなの? と西園が尋ねてくる。


 思わず俺は言葉を詰まらせ、ほぼ同時に珊瑚がポッと頬を染めた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 頭が良くなるパン… 頭脳パンの事か…
[一言] 持ち歩いていないのは当たり前だし、本来焦る必要すらない質問。それでこうも焦るとなれば、いっぱいいっぱいになっているのがよくわかって微笑ましい
[一言] 犬も歩けば棒が何本も。 買ったプレゼントは兄に、だけかなあ。
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