12:迷える男子高校生
クリスマスを誘った――明確な返事は貰っていないが、あの顔の赤さはOKと考えて良いだろう――俺の次なる課題はクリスマスプレゼントである。
といっても付き合っているわけでもなくプレゼントを交換する約束をしたわけでもない。
それでも何か渡したいと思うのが男心というもので、だからこそあまり気持ちが篭もりすぎていないものを選ぶべきだろう。
さり気なく渡せて相手の重荷にはならず、それでいて喜ばれるもの……。
……これがまったく思い浮かばない。
なにせ今の今まで異性とクリスマスを過ごしたことなどなく、去年一昨年その前と、どれだけ記憶を遡っても、友達と遊んで家に帰ってクリスマスケーキを食べていただけだ。
親からプレゼントこそ貰うが、高校生ともなればサンタクロースだ何だと騒ぐわけがない。欲しいものを事前に聞かれ、親の予算と相談し、当日朝に貰う。それだけだ。
せいぜい、サンタクロースを信じている甥二人が真剣に語る捕獲作戦を、弟と共に笑いをこらえながら聞くぐらい。
そんな有様なのだから、異性へのプレゼントなど母さんと早苗さんに渡したぐらいである。
いや、もしかしたら幼稚園時代まで遡れば、俺にも女の子とクリスマスを過ごした経験の一つや二つはあるのかもしれないが、それを無理に思い出して挙げるというのはあまりにも切なすぎる。
そんなわけで同年代の珊瑚に何を贈ったら良いのかまったく分からず、俺はショッピングモールの一角で立ち尽くしていた。
さすが日曜だけあり客は多く、そのうえモール内は一足先にクリスマスムード。
あちこちが赤と緑に飾られ、定番のクリスマスソングが流れ、雑貨屋ではクリスマスプレゼント用にコーナーが設けられている。
そこらへんを眺めながら店を回れば良いものが見つかるだろうと考えて来たわけなのだが、来て早々に己の浅はかさを思い知らされた。
何を選べば良いのか分からない。中には使用方法や用途のよく分からないものまである。
言い表すなら『細々キラキラ』で、ある意味でクリスマスらしいと言えばクリスマスらしい。
「紙の花をビンに差す? 差してどうなるんだ?」
クリスマスらしく飾り付けられた商品を手にしながら首を傾げる今の俺は、頭上に疑問符を大量に飛ばしてさぞや滑稽なことだろう。
傍目から見れば変な客に映るかもしれない。そう考えて慌てて周囲を見回すも、幸い不審な視線を向けてくる者は居ない。むしろ店員の若い女性が微笑ましげに俺を見ているのが気になってしまった。
これはもしかしたら全て見透かされているのだろうか。なんて恥ずかしい。
だがここで逃げるわけにはいかないと心の中で自分を鼓舞し、クリスマスらしい浮かれたディスプレイを眺めながら歩いた。
そうして幾つか店を見て回り、ふと一件のお店の店頭、綺麗に並べられたハンカチに視線を止めた。
厚手のタオル地のものからコットン生地だのガーゼ素材だのと種類も多く、柄や色も多種多様に揃えられている。
「そうだ、ハンカチ……。結局返してないな」
夏祭りの時に、珊瑚は食べ歩きをしていた浩司の口元を拭ってくれていたようだ。――あいつの襟元が綺麗だったことから容易に推測できる――
となればハンカチを汚してしまっているはず。それのお詫びと礼をかねてハンカチを贈るのは的外れではなく、重くもならないだろう。
そう自分に言い聞かせ、無難そうな花柄と――花柄が無難という考えの安直さは自覚している――、可愛らしい刺繍の猫があしらわれた一枚を手に取った。この二枚は珊瑚のイメージに合っており、それと四方をレースで囲んだ大人びたデザインのものも一枚。
だがこれだけというのは些か味気ない気がする。
「あと、でも……。何があるんだ?」
これだけでは足りないとは思えども、ならば何が良いのかは分からない。
再びフラフラと店内を見て回り、今度は髪飾りのコーナーで足を止めた。
キラキラと眩い装飾品はプレゼントらしく、それでいてアクセサリーを贈るほど重くはならないだろう。必ずしも使わなければならないものでもないし、贈り物にはちょうど良いかもしれない。
……もっとも、髪飾りと言えども俺にとっては未知の世界であることに変わりはなく、並べられる商品を眺めていると頭上に疑問符が浮かぶのだが。
髪ゴムは分かる、カチューシャも分かる。
こんな柔らかくふかふかしたものでは解けるのではないかと疑問も残るがシュシュも分かる。クリップ状の髪留めも一応。
だが平たいのと簪はどう装着するのかサッパリだ。はてには構造自体が謎めいたものさえある。
きっと結んで引っ掛けてなんて簡単な手順では取り付けられないであろうその難解さに、髪を弄るのも大変だ……と世の女性達を尊敬してしまう。
そんなことを考えながら髪飾りを眺め、『バナナクリップ』の文字に今日一番大きな疑問符を頭上に飛ばした。
いや、きっと今回は感嘆符もセットになっていたに違いない。つまり『!?』である。
なにせバナナだ。バナナなのだ。
「え、バナナを留めるのか? なんで?」
「敷島、常識的に考えてバナナを留める道具がここで売ってるわけないでしょ」
「西園?」
割って入ってきた声に振り返れば、そこには苦笑を浮かべる西園の姿。
デニムのパンツにチェックのシャツがなんともボーイッシュな彼女らしく、スラリとした身体つきと合わさって一見すると爽やかな好青年だ。斜め掛けの鞄も黒一色というシンプルさで男女両方に使えそうなデザインをしており、彼女の中性的な魅力を引き立たせている。
それでいて、鞄に下げられて揺れるのは可愛いキャラクターのぬいぐるみ。そのギャップは彼女らしく微笑ましい。――覚えのあるキャラクターだ、と記憶を遡り、それが今年の文化祭で流していたショートアニメのキャラクターだと思い出した。そういえば西園は男子生徒達に混ざって熱心に見ていたが、どうやらいまだに熱が冷めていないらしい――
「よぉ西園、買物か?」
「うん、ちょっと本屋にね。うちの地元って小さい本屋しかなくて、品揃えが悪くてさ。……それで、敷島はどんな買い物? バナナクリップ使うの?」
ニヤリと笑う西園に、対して俺はムグと口を噤んでしまう。
もっとも、男の俺がこんな雑貨屋に居れば誰だって大方のことを察するだろう。とりわけ女性用のヘアアクセサリーコーナーに居るのだから猶更だ。
西園も口では「使うの?」なんて言って寄越すが、それが単なる冷やかしと探りでしかないのは明らか。
むしろ殆どの事は勘付いているのだろう。それでもあえて言わせようとする西園を一度睨みつけ、再びバナナクリップに視線を向けた。
そりゃあ俺だって本当にバナナを留める道具だなんて考えてはいない。ただ使用方法が想像しがたい形と名称から、思わず疑問が口を突いて出たのだ。
そう言い訳すれば西園が更に笑みを強める。そもそも、いくら言い訳したからといって俺が髪飾りを眺めている理由にはならないのだ。……これは完璧に優位に立たれてしまった。
「それで、誰にあげるの? 髪の長さとか髪形によって使うものも変わるけど」
「ぐぬぬ……」
「私の知ってる子ならアドバイスしてあげられるんだけどなぁ」
「うっ、ぐぬぬ……、妹ですアドバイスお願い致します」
唸りながら俺が応えれば、西園が楽しげに笑って頷いた。
この流れは不服でしかなく、珊瑚へのプレゼントに対して他の女子生徒からアドバイスを貰うのも如何なものかと思える。
それでも俺の胸の中には珊瑚に喜んで貰いたいという思いが強く優先されるのだ。
喜んでほしい、贈るならば使って欲しい。そのためには使えるものを選ばなくてはならない。




