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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第七章:三年生 秋
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19:カメラの良さ

 


 そうして始まった木戸のカメラ教室は意外にも分かりやすく、カメラと言えば携帯電話に付属している機能か、家にある小型のデジカメくらいしか馴染みのない俺達でも理解出来た。

 曰く、一眼カメラとはいえそこまで本格的なものではないらしい。といっても俺と宗佐からしてみれば珍しいものなのだが。


「持ち運びは不便だけど、でかい方が安定感もあるし持ちやすいんだ」

「あぁ、それは分かるかも。うちのデジカメ最近買い換えたけど、なんだか小さすぎて壊しそうで怖いんだよな」


 よりコンパクトにより軽量にと突き詰める企業努力は分かるが、かといってあまりに小さすぎるデジカメはなんだか操作するのが怖くなる。

 軽くて小さい機械は脆いとまでは考えていないし、荒く使うつもりも無いが、それでも多少のごつさは欲しいところだ。

 それを話せば木戸が同感だと頷いた。


「それに、このいかにもカメラっていうのが良いんだよ。撮られる方も気分が変わるだろ。なにより……」

「なにより、なんだ?」

「いや、これは説明するより実感すべきだな。お前達なら分かるはずだし」


 落ち着いた調子でカメラの話をしていたのに、途端に木戸がニヤニヤと笑みを浮かべる。

 ついさっきまでまともだったのに……と数秒前の木戸を惜しむも、その間にも木戸は手早くカメラの操作を済ませ「まずは芝浦から」と宗佐に手渡した。


「設定はしてあるし容量もあるから、好きに撮ってこい」

「う、うん……。なんか緊張するなぁ」


 渡されたカメラを両手に持ち、宗佐が期待半分緊張半分といった表情を浮かべる。

 だが撮る気はあるようで、物珍しそうにカメラを覗きながらもイルミネーションへと近付いていった。

 ……もちろん、そこには珊瑚達がいる。

 いくら本格的なカメラを手にしたとはいえ、宗佐がイルミネーションを撮影するような感性の持ち主とは思えない。撮ってもせいぜい二、三枚だろう。

 俺も然り。そもそも木戸だって同じはず。こいつがカメラを持ってきたのはイルミネーションのためではない。


「あー、でも芝浦が撮った桐生先輩か……。絶対に良い写真になるだろうけど、嫉妬で直視できないかも……」

「止めろ、考えるな。不毛だ。『桐生先輩の良い写真が手に入る、ラッキー』ぐらいにしておかないと心が折れるぞ」


 現実を直視するな、と忠告すれば、木戸が「そうだな」と掠れた声で頷いた。



 俺達の前では、カメラを構える宗佐と、その先には珊瑚達の姿。

 彼女達は最初こそ宗佐にカメラを向けられて気恥ずかしそうにしていたが、次第に慣れてきたか穏やかに笑い、それどころか「こっちで撮って」と自ら誘導している。


 楽しそうに可愛く笑う月見。

 彼女に並んで、穏やかに麗しく微笑む桐生先輩。

 そして「宗にぃもカメラを構えると様になるね」なんて茶化しながらも満更ではない珊瑚。


 その光景は見慣れたものだが、悔しくもあり、それでいて宗佐らしいとも言える。


「……芝浦と親しくならなきゃ、恨んでたかもなぁ」


 とは、ぼんやり目の前の光景を眺める木戸。

 それに対して俺は気持ちは分かると頷いた。


 宗佐は良いやつで、現に日頃女の子絡みで宗佐を恨んでいる男達もそれ以外では親しくしている。

 他愛もない雑談をし、休みの日には遊びに行ったりもする。そして女の子が絡む時だけ嫉妬の炎を燃え上がらせるのだ。

 その温度差は激しいが、ひとえに宗佐が良い奴だからである。誰に対しても分け隔てなく親切で、親しみやすい雰囲気、友情にも厚い。それに一途だ。

 いっそ宗佐がモテる自覚があって鼻にかけたり、もしくは女の子に囲まれるたびあちこちふらふらとその気を起こしていれば、男達も嫉妬と恨みを徹底しただろうに。


 悔しいぐらいに宗佐はモテて無自覚で、それでいて恨みきれないぐらいに良い奴で一途なのだ。

 いくら恋敵と言えども、ただ『女の子にもてるから』という理由だけでは嫌う事が出来ないほどに。


「親しくならなきゃ、か……。それも考えるだけ無駄な話だな」

「確かに。それに敷島の場合は親しくならなきゃ元も子も無かっただろうし」

「……ぐっ」


 思わず言葉を詰まらせてしまう。見れば、先程までどこか切なげに宗佐達を眺めていた木戸の表情が、いつの間にかニヤニヤとした笑みに変わっていた。

 なんて嫌な笑い方をするのか。以前にこいつを『ストーカーさえしなければ運動神経抜群の好青年なのに』と考えていたが、前言撤回、ストーカーなうえに性格も厄介で最悪だ。


 そんな恨みを込めて木戸を睨んでいると、「いやぁ、緊張した」とあっけらかんと笑いながら宗佐が戻ってきた。

 手にしていたカメラを木戸に戻す。どうやらあらかた撮り終えたようで、表情は随分と満足げだ。


「こんな本格的なカメラ持つの初めてだから、なにを撮るか迷っちゃった。でも大きさと重さが逆に持ちやすいし、なによりシャッター音が気持ち良いね」

「芝浦、俺達は出会わなければ良かったのかもな……」

「待って突然なんの話」

「宗佐、俺はお前と出会えて良かったと思ってるからな」

「ねぇなんの話!?」


 宗佐が驚きの声をあげる。

 だがそれに対して俺達は答えず「ねぇなんで今その話?! どうして出会いの話!?」という宗佐の動揺は悉く聞き流した。


「それじゃ、次は敷島だな」


 行ってこい、と木戸がカメラを手渡してくる。

 ズシリとした重み。手の中に納まる家庭用のコンパクトなデジカメとは違い、両手で持って構えるための本格的な造りだ。

 なるほど、宗佐の言う通りこれは持っているだけで緊張してしまう。だがその反面この重みもガッシリとした作りも持っていると安心感を覚える。まさにカメラと言った存在感に「おぉ」と思わず感嘆の声が漏れた。


「言っておくけど、写真のセンスなんて無いからな」

「大丈夫だって、お前にも芝浦にも期待なんてしてないから。ただカメラの良さを分かってほしいだけだ」

「……カメラの良さ」


 木戸にしてはまともな事を言う。まるで本当に純粋な意味でカメラを趣味にしている人のようだ。

 ……と思ったが、言葉こそまともだが表情はニヤニヤとした笑みを浮かべているあたり、所詮は木戸である。発言と表情の落差が凄い。

 なぜ今その笑みを、と俺が怪訝に視線をやれば、木戸が肘で宗佐を突っつきだした。


「芝浦なら分かるよな。写真の良さ」

「え?」

「分かるだろ。いや、『分かった』って言った方が正しいかな。ファインダー越しに見る世界の美しさ、ってやつ」

「えっ……。い、いやぁ、はは……。うん、良かった……かな、だいぶ。いやかなり良かった。うん」


 木戸の言葉を受け、どうしてか宗佐が顔を赤くさせながら賛同しだした。

 それに疑問を抱うも「さぁ行ってこい! そして分かってこい!」と妙にテンションの高い木戸に背を叩かれ、俺は首を傾げながらもイルミネーションの方へと歩き出した。



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― 新着の感想 ―
[一言] これは次回の健吾の感想が非常に楽しみな
[一言] 最近のミラーレスじゃあ、一眼と言ってもモニタの画像を除いているのと変わらないから、やっぱり光学一眼とはなんというか、現実感が違うと思うのだなあ。 その昔におねーちゃんを(もちろん趣味で)撮…
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