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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第一章:二年生春
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17:コーンスープの温度

 

 宗佐も月見も、誰が見たって両思いと分かるだろう。

 なのにどうして本人達が気付かないのか……。と溜息交じりに廊下を歩く。


 先程の月見親衛隊達の爆発は普段以上、ゆえに授業開始までに戻ってこないかと思われたが、宗佐も他の奴らも授業開始前にちゃんと戻ってきた。

 意外と律儀な奴らである。――その際「体育館寒かったな」「あれなら外の方がマシだ」と和気藹々と談笑していた。なんで毎回楽しそうに帰ってくるのか謎である――

 かと思えば、授業が終わり休み時間になると途端に呪詛が囁かれ始めるのだ。

 この切り替えは見事を通り越し、奴らの情緒の不安定さが心配になるレベルである。


 だがいくら心配しようと俺は無関係。

 ゆえに、延々と続く呪詛にも、それらを一切気に掛けず机に突っ伏して眠る宗佐にも呆れしか抱かず、俺は「勝手にやってろ」と一言残して教室を後にした。



 当ても無く廊下を歩く。

 こういう時に限って、廊下でたまたま友人と鉢合わせて雑談……という日常茶飯事は起きてくれない。どこかで携帯電話でも弄って時間を潰すかと考えるも、肝心の携帯電話は鞄の中に置いてきた。

 いつもなら休み時間は短いと思うのに、手持ち無沙汰な時だけは妙に長く感じてしまう。


「自販機で何か飲み物でも買ってくるか。……ん?」


 ふと、道の先に女子生徒の集団を見つけて足を止めた。

 その中の一人に見覚えがある。あれは例の手作り菓子の一年生、早瀬だ。ジャージを着ているあたり体育の授業の帰りなのか。友人達と楽しそうに話しながらこちらに歩いてくる。

 だが俺に気付くと表情を足を止めた。心なしか表情に緊張の色が見える。宗佐を前にした時とは大違いだ。


 ……怖いのかな、俺。


 と、そんな不安が胸を過る。

 確かに俺は二年生男子の中でも背が高い方で、更に体格も良い。初対面の人にはたいてい運動部に所属しているのかと聞かれるし、帰宅部だと答えると「勿体ない」と惜しまれることだってある。

 あと、これは身長同様に遺伝なのだが、些か強面気味でもある。宗佐が「お前を初めて見たとき、前の席にでかい怖い奴が来て俺の高校生活は終わったと思った」と言いのけたのは記憶に新しい。


 そんな二年男子となれば、年下の異性こと一年女子からしてみれば怖いものなのかもしれない。

 とりわけ早瀬は爽やか好青年こと宗佐に惚れているのだ。俺とは真逆が好みと言える。


「そう考えると、宗佐のあの中性的な爽やかさは羨ましいものがあるよな」


 そんなことを呟きつつ、先程より少しばかり速度を落として歩く。

 無理に踵を返して去るのもおかしいし、かといって立ち止まっていても埒があかない。さりとて足早に近付けば無駄に怖がらせてしまう可能性もある。

 そう考えての行動である。悲しいかな、進むしかないのだ。


 そうして一年女子の集団とすれ違う。

 瞬間、早瀬だけが小さく頭を下げた。俺も返すべきかと考え、そして考えている内に彼女達が去っていく。

 しまった、怖がらせたうえに不愛想だと思われたかもしれない。

 だが今更振り返って声を掛けるわけにもいかず、仕方ないと考えて足を進める。

 どうせ早瀬の目当ては宗佐で、俺は所詮『芝浦先輩の近くにいつもいる先輩』でしかないのだ。もしかしたら視界に映ってすらいないかもしれない。


「なんだかそれも味気ない話だよなぁ」


 自販機を前に誰にというわけわけでもなく呟き、コーンスープのボタンを押す。

 ガゴンと音がして取り出し口に缶が落ちる。それを取るためにしゃがみこめば、ふと俺の頭上に影が掛かった。


「コーンスープが味気ないって、普段どれだけ味の濃いものを食べてるんですか?」


 と、不思議そうな声が頭上から聞こえてきた。

 振り返りつつ見上げれば、首を傾げてこちらを見てくる珊瑚。

 普段は互いの身長差から俺が見下ろし彼女が見上げる形になるのだが、今は俺がしゃがんでいるため逆転している。なんだか新鮮な構図だと思いながら立ち上がれば、それに合わせて珊瑚も俺を見上げてきた。


「よぉ妹、今日は調理実習か?」

「健吾先輩の妹じゃありません。でも調理実習です」


 珊瑚の手にあるのは一年生の家庭科の教科書。それとエプロンや、調理器具が入っているであろう紙袋。まさに調理実習に向かう姿だ。


「今日は初めての調理実習なんです」

「へぇ、そりゃ良いな。一年の最初って何作るんだっけ?」

「グラタンかラザニアかドリアの、お米が入ってるものを作ります!」

「それはドリアだな」


 俺が答えれば、珊瑚が「ドリアかぁ」と呟いた。

 次いで再び俺の手元にあるコーンスープへと視線をやり、「塩分過多には気を付けてくださいね」と言いつつひょいと缶を取った。

 だが勝手に開けて飲むわけではなく、両手で缶を包むとほっと一息吐いた。


「ひとのコーンスープで暖を取るな」

「良いじゃないですか、減るもんじゃない」

「少なくとも暖かさは減るだろ」

「温度は下がるって言うんですよ」


 なんとも厭味ったらしい口調で返し、珊瑚が缶を返してくる。

 次いでしてやったりと笑いながら「では失礼します」と告げると、俺の返事も聞かずに小走り目に去っていった。

 見れば少し離れた先に数人の女子生徒が待っており、そこに珊瑚が加わると楽しそうに話しながら歩き出す。

 まだ着崩していない規定通りの制服、目新しい教科書。初々しい一年生女子の集団といった感じだ。中弛みを感じていた俺には些か眩しくもある。


「そうか、あいつも一年女子だもんな」


 そう考えると、怖がる素振りも身構える様子もない珊瑚の態度は嬉しくもある。……年上として敬う様子は一切見られないが。




 少し温くなったコーンスープの缶を手に教室へと戻れば、呪詛は飽きたのか男達は各々好きに過ごしていた。

 そんな中でも相変わらず宗佐は眠っている。机に突っ伏し、俺が前の席に座ってもびくともしない。

 この分だと次の授業が始まっても眠り続けるだろう。そしてきっと先生に怒られるのだ。幾度となく見てきた光景である。


「ここは起こしてやるのが友人の勤めか……」


 そう呟き、俺はゆっくりと右手を高く掲げた。

 チラと横目に教室内を見れば、クラスメイトの男達が「いけ!」「一撃見舞ってやれ!」と囃し立ててくる。

 さすがに女子生徒は煽ってはこないが、一部は呆れ、そして一部の宗佐に惚れている者達は苦笑を浮かべて見守ってくる。宗佐の居眠り癖は困ったものだが、それも彼女達には愛でる要素の一つなのだろう。俺には理解しがたい境地だ。

 月見に至っては不安そうに俺と宗佐を交互に見やり、俺と目が合うと眉尻を下げ……そしてふいと顔を背けてしまった。惚れた相手が苦しむ姿は見たくない、と言ったところか。


 そんなクラスメイトの視線を一身に受け、俺は高く手をあげたままその瞬間を待ち……、


「よし授業始めるぞー。なんだ、また芝浦は寝てるのか。敷島、いけ、起こしてやれ」


 と、教室に入るなりゴーサインを出してくる先生の言葉を聞き、掲げた手を勢いよく宗佐の頭めがけて振り落とした。




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