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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第一章:二年生春
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13:放課後の探しもの

 


 午後の授業をこなして放課後。

 ようやく一日が終わり、あとは帰宅するだけ。……とは残念ながらいかない。

 なにせ昼休みの労働後、別れ際に小坂先生に良い笑顔で「それじゃまた放課後よろしくね」と言われていたのだ。


 もちろん無関係な俺はそこまで付き合う義理はない。

 断ろうとしたのだが、まるでタイミングを見計らったかのように母親から『早く帰れるなら牛乳買ってきて』というメールが届いたのだ。

 資料作りか、牛乳を買って帰るか。だが了承の返事をしたら最後、「あと一緒に」とあれこれ追加されるに決まっている。


 そうして天秤にかけた結果、俺は肩を落としつつ放課後の業務へと向かっている。


「まったく、なんで放課後まで働かないといけないんだよ……」

「そう言うなって。良いじゃないか、俺達もベルマーク貰えば。俺の取り分は二割で良いから」

「だからいらねぇって。ベルマーク貰ってなにするんだよ」

「珊瑚が個人的に頼みごとを聞いてくれるかもしれないだろ。いや待てよ、ベルマーク部を通さずに依頼したら違法と見なされるかもな」


 と、そんな馬鹿馬鹿しい話をしながら技術室へと向かえば、「よろしくねー」と小坂先生が迎えてくれた。

 その隣に座って作業を進めるのは、珊瑚……ではなく、見知らぬ男子生徒。聞けば彼もベルマーク部の生徒らしい。

 てっきり放課後の作業も珊瑚が来るのかと思っていたと宗佐が話せば、「芝浦さんは用事が出来たって」と小坂先生が教えてくれた。

 それならと俺達もさして言及はせず、作業に取り掛かる。

 さっさと終わらせないと、去り際に小坂先生に「それじゃまた明日」とでも言われかねないからだ。




 そうして作業を終えて技術室を出ると、宗佐が「一応終わったって報告しといた方が良いかな」と言い出した。

 そもそもの発端が己の提出物忘れであることを思い出し、担任に雑務完了の報告と、改めて期限延長の礼を言っておこうと考えたのか。

 さすがにそこまで着いていく気は起こらず、職員室へと歩いてく宗佐と別れ、俺は自分の教室へと向かった。


「ようやく帰れる……。ん?」


 教室へと続く廊下を歩いている途中、窓の外に珊瑚の姿を見つけて足を止めた。

 グラウンドの片隅。きょろきょろと周囲を見回しており、時には木の影を覗き込んだりもしている。

 ジャージを来て部活動に励む生徒達の中、一人制服であてもなくさまよう姿はやたらと目立ち、一目で何か探していると分かる。


「おい、妹。どうした」


 と、窓から声を掛ける。

 それを聞き、草場を探していた珊瑚がぱっと顔を上げた。


「先輩の妹じゃ……。先輩の、健吾先輩の妹じゃ……健吾先輩?」


 と、慌てた様子で周囲を見回す。

 どうやら「妹」と呼ばれて反射的にいつもの返しを口にしたはいいが、俺の姿が見つけらずにいるらしい。あたふたと周囲を窺う彼女の姿は面白いが、ひとまず「後ろだ、校舎の中」と声を掛けた。

 俺の声を聞き、珊瑚がすぐさま振り返る。


「健吾先輩の妹じゃありませんっ!!」


 どうやら慌てていたのを見られたのが恥ずかしいのか、いつもより幾分語気を強めて珊瑚がこちらへと歩いてくる。

 それが面白くて堪えきれずに笑えば、より珊瑚の表情が渋くなった。じろりときつく睨みつけてくるが、いったいどうして、俺よりも小柄で年下の彼女に睨まれて臆するというのか。


「それで、何の用事ですか? 呼んだからにはちゃんとした用件があるんですよね? 私、とっても忙しいんです。今だって健吾先輩に呼ばれたから仕方なく貴重な時間を割いてあげてるんですよ。感謝しながら手短に用件を仰ってください」

「そう怒るなって。それよりなんか探してたのか?」


 草場を覗き込み、木陰の奥を覗き、ふらふらと彷徨う。先程の珊瑚の様子は誰が見ても『何か探している』と分かるものだった。

 だからこそ尋ねれば、珊瑚は僅かに言い淀んだのち「……ネクタイです」と小さく呟いた。途端に落ち着きをなくし、視線を逸らす。


「ネクタイ?」

「……そうです」


 珊瑚が語尾を弱めつつも認める。

 見れば、今朝方まで彼女の胸元にあったネクタイが今は無く、代わりにリボンが付けられている。

 といっても本来の蒼坂高校の制服ならば女子はリボンなのだから、別段おかしな光景でもない。

 だが朝方ネクタイの話をしたばかりなので、その矢先にリボンに変わっていると些か新鮮には見える。


「鞄の奥にあるんじゃないか? ほら、教科書に押し潰されてるとか。鞄の中をひっくり返したら出てくるかもしれないぞ」

「健吾先輩のネクタイと一緒にしないでください」

「失礼だな、俺はちゃんと鞄にしまってる。……多分。今も無事だと思う。教科書には潰されてないはず……」


 思わず鞄の中にしまいっぱなしのネクタイに想いを馳せる。

 俺のネクタイは、有事の際に忘れないようにと常に鞄の内ポケットにしまっている。――けして『有事の際に準備をするのが面倒だし、入れっぱなしにしていれば忘れない』という怠惰な考えではない――

 最後にネクタイを着けたのは始業式、つまり約二週間程前。

 あの時、式典を終えて教室に戻り、早々に外して畳んで鞄にしまった。だから無事。……なはず。

 ちょっと危ういのでそこは誤魔化しつつ「それで」と話を改めた。


「職員室には行ったのか? どっかで落としたなら誰か届けてくれてるかもしれないだろ」

「行きましたけど届いてないって……。それに多分、落としたんじゃありません」

「ん? どういうことだ?」


 わけが分からない、と思わず首を傾げてしまう。

 だがそれに対して珊瑚は僅かに俯き「あれは宗にぃのネクタイだから」と呟くように返してきた。


 どういう事だろうか。

 あのネクタイが元は宗佐のネクタイなど、今更な話だ。


 ますますわけが分からないと疑問が増すも、珊瑚はそれ以上は答えようとしない。

 俺の視線から逃げるように俯いたままで、他所から聞こえてきた「珊瑚ちゃーん!」という声にようやく顔を上げた。つられて俺も視線を向ければ、女子生徒が一人こちらに向かって手を振っている。

 友人だろうか。ネクタイ捜索を手伝ってもらっているのかもしれない。

 両腕を使って大きくバツを示してくるあたり、成果はなかったようだ。


「私もう行かなきゃ」

「え、ま、待てよ。中途半端に意味深なことだけ言い残していくな」


 さすがに先程の言葉を聞いて「そうかまたな」と見送れることはできない。

 慌てて呼び止めれば、珊瑚が困ったと言いたげに眉尻を下げた。

 それでも話を続ける気にはなったのか、声を掛けてきた友達に片手を上げて「待ってて」と返事をし、こちらに向き直った。表情は覇気がなく、いつもの小生意気さはどこかへ消えている。

 その姿はまるで繊細な少女のようで、見ているとこちらまで何とも言えない気持ちになってしまう。


 普段の珊瑚に言えば「いつだって繊細で可憐な美少女ですよ」とでも返してきただろうか。

 だが今の彼女にそんなことを言えるわけがなく、俺は言葉を選びつつ先程の発言について尋ねることにした。


 なぜだか、言葉を間違えたら珊瑚を傷つけてしまう気がする。

 だけどどう言葉を選べばいいのか、そもそもどう傷つけるのか、何一つ分からない。




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