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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第三章:二年生秋
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37:きみに捧げる一票



 東雲のメイド姿は似合っており、副業のモデルも納得の愛らしさ。仮にここに東雲の親衛隊が、それどころか東雲親衛隊に限らず他の男子生徒が居れば、揃って彼女の可愛らしさに心を射抜かれていただろう。

 一心不乱にクッキーを食べる姿も、きっと「小動物みたいで可愛い」とでも言ったはずだ。


 かなり鋭い眼光で睨みつけてきているが。

 これは人を襲うタイプの小動物である。有害指定は逃れられない。


「……というか、なんでお前がそれ食ってるんだよ。うちのクラスの差し入れだろ」

「珊瑚ちゃんの手作りクッキーよ。実稲が食べなくて誰が食べるっていうの!」

「俺達が食べるんだよ!」


 相変わらずな東雲にきっぱりと返してやれば、彼女は不満そうな表情ながらも「ところで」と話題を変えた。


「ところで敷島先輩、珊瑚ちゃんに……、実稲の珊瑚ちゃんに、何をしたんです?」

「う、え!?」


 直球で尋ねてくる東雲に、思わず間抜けな声が出てしまう。

 だがその間抜けな声こそ何かあったと肯定しているようなもので、東雲がさらに険しい目つきで俺を睨んできた。眼光で人を殺せそうなほど。


「戻ってきた珊瑚ちゃんの様子がおかしかったんです。赤くなったり慌てたり、かと思えばまた赤くなったり。実稲がドレス脱ぐのを手伝おうとしても心ここにあらずだったし、そのうえさっきの二人!」

「さ、さっきのって……俺たちか?」

「そうですよ! 二人して真っ赤になってあたふたして! 実稲の珊瑚ちゃんに何をしたんですか、正直に自白しなさいよ!!」


 キィキィと喚きながら東雲が俺を叩いてくる。

 といっても所詮は一年生女子。叩かれてもたいして痛くはない。

 だが手にしている白い封筒がぶつかるのは地味に煩わしく、思わずそれを奪ってしまった。

 より一層東雲が喚くが、それを無視して封筒に視線を向ける。東雲は一年生女子の中でも小柄な方で、俺が封筒を頭上の高さに掲げれば彼女がどんなに背伸びしても届かないのだ。

 それがまた屈辱なのか喚く声が増すが、いちいち付き合っていられない。


 ……というか、何があったかなど話せるわけがないし。

 そういうわけで、この封筒は話題を逸らすために利用させてもらう。


「返してください! それは実稲の戦利品なの!」

「戦利品?」

「そうです! さっきとっ捕まえた男達から奪ったんです! 敗者の物は勝者の物、つまり実稲の物!」

「どこの山賊だお前は……」


 東雲の喚きに返しながら封筒に視線をやる。

 先程捕まえた男達とはガラスの靴を盗んだ連中のことだ。他人の手紙を盗み読みする趣味は無いが、舞台を台無しにしかけた連中のプライバシーなど気に掛けてやる必要もない。それに、今回の騒動に関係しているかもしれない。

 そう考え、手早く封筒を開けて中から一枚の紙を取り出した。


「これって……」


 紙には女子生徒の名前が書かれている。それも複数。

 その横には正の字がいくつも書かれており、さながら何かの集計結果のような……。


 というか、まぎれもなく集計結果である。

 もちろん、隠れミスコンの集計結果であることは言うまでもない。

 人数や票数を見るに、三学年総合した結果だろう。


「なんでこれが……」

「あ、これって男子が女子に見つからないようこっそり隠れてやってる人気投票じゃないですか!」

「……女子に見つからないようこっそり隠れてやってるんだから、そこまで大声で言ってくれるなよ」


 横からヒョイと覗き込んできた東雲の言葉に、いかに男子の『隠れてこっそり』が無謀かを思い知らされる。一年生女子にすらバレているとは、男っていうのはなんて不器用な生き物なんだろう。

 だが今はそんなことを気にしている場合ではない。気にすべきは、なぜガラスの靴を盗んだ奴らが集計結果を持っていたのか。

 ……と、いうのは分かりつつ、思わず集計結果の中にとある名前を探してしまう。


『一年 芝浦珊瑚』


 その名前を集計結果の下の方に見つけ、横に書かれていた文字に思わず眉間に皺を寄せてしまった。

『一』と。それはきっと正の時の最初の一角目なのだろう。そして同時に、珊瑚には一票しか入らなかったということでもある。

 それを見て俺の胸中が複雑に歪むのは、果たして珊瑚に一票しか入らなかったことへの不満か、それとも誰かが珊瑚に投票したことへの不安か……。

 そんな複雑な胸中の俺に対し、東雲はあっさりと俺から結果用紙を奪うや「珊瑚ちゃんは一票かぁ、よかった」と言いのけた。――東雲の名前の横には正の字が幾つも並んでいるのだが、本人的にはどうでも良いらしい。ことごとく尽くす男が報われない――


「良かった、って……。一票とはいえ票が入ってるんだぞ」

「知ってますよ。でもこの一票って芝浦先輩じゃないですか」

「……え?」


 平然と言ってのける東雲に、またも間抜けな声が出てしまう。

 だが俺の反応も仕方あるまい。

 なにせ珊瑚に入った一票が、よりにもよって……宗佐?


「ど、どういうことだ?」

「珊瑚ちゃんが言ってましたよ。『宗にぃが票を入れてくれた』って」


 曰く、このミスコンの話をしていた時に珊瑚本人がそう言っていたらしい。

 といってもそこに宗佐からの恋愛感情などあるわけでもなく、あくまで『可愛い妹のため』であることは言うまでもない。

 それに、これは匿名で行われるミスコン。宗佐が誰に票を入れようと、それが他人に伝わるわけではない。宗佐の一票だろうと何だろうと、結局は『正』の字の一角でしかないのだ。


『ちょっとした人気投票だと思えば良い』と、軽く言われたのを思い出す。俺だって、友情票として月見に投票しても良いと思っていたぐらいだ。

 そこに恋心が無くてもただ可愛いと思った相手の名前を挙げれば良いだけの、何の結果にもならない、意味のない人気投票……。


「前に話してたんです。その時に『自分には票は入らないだろうから、宗にぃの一票くらい貰ってもいいよね』って」

「……あいつ、そんなことを」

「実稲が男の子だったらなぁ。珊瑚ちゃんに百票くらい入れるのに」

「なんだよそれ……」


 東雲が淡々と語る珊瑚の話に、思わず待ったをかけてしまう。

 だが東雲はそんな俺の反応こそ意味が分からないと言いたげに、怪訝そうに眉間に皺を寄せながら小首を傾げた。


「票は入らないって、本人がそう言ってたのか?」

「そうですよ。『周りのレベルが高すぎる』って。一番可愛いのは実稲ですけどね!」


 ドヤ!と胸を張る東雲を一切無視して、俺は先程聞いたことを頭の中で繰り返していた。


 周りのレベルが高い、というのは宗佐周りのことを言っているのだろう。

 確かに宗佐はやたらとモテて、常に宗佐の周りには美少女が集まっている。月見や桐生先輩をはじめ誰もがアイドル顔負けの可愛らしさだ。

 そんな中において、珊瑚は言ってしまえば平凡。小柄で可愛く一緒に居れば楽しいが、親衛隊が設立され中には他校にもファンクラブがあるという美少女達には敵わない。

 逆に言えば、宗佐争奪戦の中にいるからこそ、彼女の平凡さはより顕著になるのかもしれない。

 あまりにも周りにいる女子生徒達の次元が違いすぎるのだ。

 このミスコンだって、結局のところそういった美少女達の人気投票でしかない。それを誰よりも分かっているからこそ、珊瑚は『自分には票が入らない』と判断したのだろう。


 だから、せめて宗佐の一票をと願った。

 自分には一票も入らないから、それなら誰もが欲しがる宗佐からの一票を貰おうと。きっと『妹』でしかない珊瑚のせめてもの意地だ。


 ……それは分かる。

 俺だって、男子生徒の人気投票が行われれば早々に諦めるだろう。

 やたらとモテる宗佐を始め、所謂イケメンと呼ばれる男達や運動部エース達に敵うとは思えない。

 一票も入らない、きっとそう考える。


 それが分かっていても納得できず、何と言えば良いのか分からない複雑な思いが胸の内をグルグルと回る。


 それに終止符を打ったのは、意外なことに東雲だった。

 というよりは彼女が代弁した、珊瑚の言葉。




『宗にぃから離れない限り、きっと誰も私を見てくれない。いつまでも『おまけのお姫様』』




 その言葉は不思議と東雲の声ではなく珊瑚の声で聞こえ、俺は後頭部を殴られるような衝撃を受けた。


 誰も好きにならないって?

 宗佐のそばにいる限り、宗佐を奪い合う美少女達といる限り、誰も珊瑚を見ないって?

 言いたいことは分かる。俺だって、あまりにモテる宗佐の隣に居て同じことを何度思ったことか。


 でも、それが分かっていても俺は……。

 宗佐の隣に居て、普段から月見や桐生先輩達と親しくしていて、それでも俺は……。


 胸の内をグルグルと回っていた動揺や混乱がスッと冷めていくのを感じ、それと同時に徐に立ち上がった。

 そうして東雲の手から集計表を奪い取り、床に転がっていたサインペンを拾い上げる。

 東雲が不思議そうに俺を見上げるが、説明してやる義理は無い。いや、むしろ説明どころか分かりやすく意思表示してやるのだ。


「敷島先輩、どうしました?」

「東雲、俺がお前のライバルだ」

「……は?」


 どういうこと? と言いたげに俺を睨み上げてくる東雲を無視して、サインペンの蓋を外す。

 ペンの色は赤だ。目立つには丁度良い。そんなことを考えながら……


 俺は芝浦珊瑚の名前の横、一本しか引かれていない正の字にもう一本書き足した。

 友情票でも、兄妹故の贔屓でもない。正真正銘このミスコンの意味を理解したうえでの一票。


 一番可愛いと思うから入れた一票。


 それを見た東雲が唖然とし、モデルらしくなくポカンと口を開けて俺を見上げてくる。

 それに対して「悪いな、こういうことだから」と言い放ってやった。



 つまり、


 俺は珊瑚の事が好きなんだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ああああああああああああああああ ああああああああああああ
[一言] ラブコメのはじまりだあーーーー
[一言] おお、オリジナルを知らないけれど、クライマックスなのかな? 一人の女の子として見て、の一票追加。
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