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「リコリス、今日の午後お時間あります?」
リコリスの幼馴染みのアルスト・ロメリア・クロッカス公爵令嬢が意を決した顔で、目が死んでいるリコリスに話しかける。
「ええ、空いております。どうかなさったの?」
「外で話す内容ではない件を耳に挟みまして…。わたくしのサロンで待っておりますわ。一緒に昼食も取りましょう」
「分かりました。では後ほど」
彼女達が今いる場所は、王侯貴族兼希少能力者育成学園という名の魔の巣窟だ。話している内容によって自分の立ち位置や貴族としての気質を問われるため、他言無用の内容は個別がもっているサロンか自宅で話すのが当たり前である。また、この魔宮から出れるのは年に三回の休暇のみとなっている。
リコリスは公爵令嬢がそんな重要な内容を自分に話して良いのか疑問を抱きつつ、本日最後の講習に出るために講義室に入り適当な席に着く。
「よお!久しぶりだな、リコリス。いつぶりだ?なんだお前まーだそんな辛気臭い顔してんの?良い加減前見たら?もう一年も経つんだぞ?」
今日隣の人間はこいつか。リコリスは内心溜息をついた。
人の心を抉るような挨拶をしてくるのは、先程会話したロメリアの双子の弟のサフラン・クロッカス。リコリスは逃げたしたい気持ちを抑え、「何かご用ですか、サフラン様」と淡々と聞く。
「はあ。折角この俺が気遣ってやってんのに…。本当お前は可愛くないな」
「あなたに可愛いと思われてようがなかろうが、私には関係ないので。それよりよろしいのですか?どなたか知りませんが入り口からこちらを凝視してる女性がいるのですが」
「げっ……。リコリスそっち向くな。こっちを見ろ。もしかしてだけど、茶色の髪にピンクっぽい目をした奴か?」
「えぇ、そう見えますわ」
リコリスはサフランに言われた通り、その女性から隣にいるサフランに顔を動かした。
「ちょっと、聞いてくれよ。あいつおかしいんだよ。急に『何か悩んでることあるでしょ?』って聞いてきてさ。知らない人間に悩みなんか打ち明けるかっての」
サフランが珍しく嫌悪をにじませた顔になる。
「それは…とっても個性的な人ですね」
「おお。だよな?しかも最近第一王子の周りをちょこまかしててさー、鬱陶しいことこの上ないんだよ。適当にあしらいたいけど平民の特待生だから対応に困る」
「本当に平民なんでしょうか?どこかの国の令嬢やスパイなのでは?王子本人と彼の側近の方と関われば地位のない人間など女子生徒からいじめられることは容易に想像できるでしょうに…」
「さぁ?俺にはよく分からない。だけど、どんなけ探ってもおかしな点はないんだよなー」
二人で話していると休息時間終了の鐘が鳴り、教師がきて部屋の中は静かになり授業が始まった。