89.下克上を狙ってやる! ――情報担当秘書官の話――
僕はレオナルド様の文官の中では一番の下っ端。十代でここに来れるなんて凄いぞ、とか先輩は言うけど、来たところで備品整理やら荷物運びやら伝言役やらでペンすら握らせてもらえない。完全にただの使いっ走りじゃねぇか。機密が多いから『文官』って名目にしてこき使ってるだけだろ。
食堂の端、誰にも会話が聞かれないような場所で友達に愚痴ったことがある。
「ばっか、そこから仕事の運び方を学んでくんだろが」
城表の総務で仕事をしている奴は、したり顔でフォークを突きつけてきた。
「俺んとこはまだ人手があるから、指導係つけてくれてるけどさ。そっちはカツカツなんだろ? あー、いや、カツカツっていうか、情報漏洩対策で必要最小限って感じなのか。
……げ。お前、こんなとこで愚痴っていいのかよ」
「内容は言ってないからいいだろ」
「ギリアウトな気がする」
セーフだろ。
「まー、つまりだな。手取り足取り仕事を教えてやれないから、あちこちに顔を出しつつ誰がどんな役割をしてるのか理解して、更に顔を売って仕事のヘルプに呼ばれやすくしといてやるぜ、って先輩たちのオモイヤリだと思うぞ」
「はっ、良いように取りすぎだろ。ぜってーただの雑用係だと思ってるっての」
雑用係じゃないってんなら、ペンくらい握らせろ。
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チャンスは来た。
新しくレオナルド様付の役職を作り、そこに人を据える。だから手足となる人間をレオナルド様の文官から一人出向させる。
上の方の人らは何やら知ったような顔で頷き合ってるが、下っ端の僕は分からない。どうせ僕には関係ない、と聞き流そうとしていたところで、
「エリオに行ってもらうよ」
レオナルド様の声が耳に飛び込んできた。
予想外すぎて一瞬反応が遅れたが、返事はできた。レオナルド様がにこやかに頷いた後で、ようやく脳内が状況に追いついた。
つまりだ。
誰か一人が秘書官として新しい人間に付く。で、その唯一の人間に、先輩たちを差し置いて僕が指名された。つまり、一足跳びに秘書の仕事にありついたってこと。
完全に上へのステップアップだろ、これ。レオナルド様はちゃんと見ててくれた。ただの雑用しかできてない僕を拾い上げてくれた。
でも、詳しい事情を聞いて、頭を掻き毟りたくなった。
下っ端がレオナルド様直々に命令されて出向だってんだから、ちょっとは裏を疑うべきだった。
文字の読み書きすらできない奴が上司になる。『バカにしてんのか』って腹が立った。
実際に顔を合わせた新しい上司は、ぱっとしない女だった。読み書きできなくても切れ者オーラばりばりとか、すっげー美人とか、武術の達人とか、せめてそんな感じだったらまだマシだったのに。
ゴツいおっさんも一応上司扱いなんだと。傭兵隊なんてがさつな集団でもお偉いさんはお偉いさんだったろうに、仕事を辞めてこんな一般人のお守りとか、隊長殿も可哀想に。
だけど、そんなこと面に出したらせっかくのチャンスが無駄になる。
そう、やっぱりここはステップアップのチャンスなんだ。仕事をちゃんとやってこいつらからお墨付きさえ貰えれば、先は開ける。
ただなー、仕事できなさそうな女だし、ここでも雑用係みたいなもんだろうなー……っという諦めは顔に出さず、苛立ちを腹に押し込めて、にこやかに挨拶をした。
二つ、予想を裏切られた。
予想通り初っ端から雑用をさせられたんだけど、その流れで僕にもデスクを与えられた。しかも形だけの小さな荷物置き場じゃなく、おっさん――じゃなかった、ロイさんと同じくらいのものだ。正式書類に使うペンとインクまで準備するように指示された時は驚いた。本気で大抜擢じゃねぇの、これ?
冷静になれば当然だ。上司は読み書きできない。つまり情報を書類にするのに代わりがいる。それがロイさんで僕だって話なんだな。でもいいや、書類作れることには変わりないし。
もう一つが、上司の仕事だ。
全く仕事ができない使えない奴ではなかった。レオナルド様には遠く及ばないけど、お飾りの人形じゃないだけマシだな。僕への指示も「適当にやっといて」とかいう曖昧なものはない。
真綿に何重にも包んでやんわりと伝えると、「仕事で後輩の面倒見たりはしてたから」と照れていた。いやそれ別に照れるとこじゃなくね? アンタ軍のトップクラスだぞ? その程度当然だからな?
上司は、というか上司の能力は何かと気に食わないが、抱えている仕事量のお陰で僕もペンを取ることができる。そう、最初に睨んだ通りロイさんだけじゃ手が回らないんだよ。
しかもこの上司、エルフやフェイファー国軍、聖女様とのパイプまである。とことんまで使い尽くさなきゃ勿体ない。
やっぱり表向きは当たり障りなく、むしろ気にかける様子を見せて、この後の昇進を目指すんだ。
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新体制が始まってまだ間もないのにもう目の回るような忙しさ。この上司、自分の抱えられる仕事量が分かってないんじゃねぇの?
そのせいで僕の仕事も終わりが見えない。何と言っても時間が足らない。雑用をこなしつつ、外部とのやり取りをしつつ、スケジュールを調整しつつ、書類の作成をしつつ。ばかだろ。絶対ばかだろ! いや、負けてたまるか。
そんな中、フェイファーの聖女様とフェイファーの司令官副官様が揃って部屋に来た。
どうやら、何も知らない上司のためにわざわざ神の話をしに来てくださったらしい。
上司、情報を持ってるって話じゃなかったのかよ。ちっとも足らないじゃないか。そんなんでよくこの地位に来れたな。
僕と同じようなことを、副官様も思ったらしい。ポーカーフェイスが得意そうな雰囲気の方なのに顔に出てる。……いや、これ、上司に分からせるためにわざと顔に出したんだな。それでもめげない上司は案外図太い。
僕には心の味方がいた。
同じように上司と関わる人間の中でも、上司をあまり良く思わない人がいる。
少し嬉しいし、だからこそ僕はこのままここでやり抜くことを決意した。だって副官様だって、そんな気持ちを抜きにして仕事をしているんだからな。
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食堂の端で友達に最近の愚痴を話す。主に上司の話だ。
「ばかだなー、お前、完全にいいように使われてんじゃん」
「逆だろ、僕が気を遣ってんの」
「違うって。レオナルド様に使われてるって話」
フォークを僕の鼻先でピコピコ動かすな。
「上司が気に食わないなら仕事放り出せばいいのに、変に上昇志向があるせいで手を抜けないんだろ」
「大体合っているな」
聞き慣れた声が横から聞こえてきて、僕たちは揃って顔色を悪くした。
「レオナルド、様……」
「ああ、いいよいいよ、機密漏洩はしていない。きちんと気にしているようで結構」
僕が気にしたのはそこじゃない。まさかレオナルド様に聞かれてしまうなんて。
役職外されてまた雑用に戻る、どころか、ずっと雑用から抜け出せないかもしれない。いや、仕事を首にされるかもしれない。
「気を落とす必要はないよ、エリオ。君は私の思った通りしっかりやっている。
腹の中で何を考えようが、それを表に出さず仕事をこなす……私はそれを求めていたんだ」
友達も僕も、唖然としたままレオナルド様を見つめる。
「私たちの補佐には裏切らない人間が必要だ。それが仕える人間のカリスマ性に依る物であれ、仕える人間との絆に依る物であれ、自分自身の向上心に依る物であれ、結果さえ出せば構わないんだ。
いや、私は、君は裏切らないと知っているけれどね」
レオナルド様がウインクをしてから、
「君は様々な仕事を軽んじている傾向があった。だから全てを一気に体験させてみようかと思ってね」
と、ご自分のデザートを友達のプレートにプレゼントしてから食堂を出て行く。
書類作成だけが文官の仕事ではないよ、と言い残して。
「……まー、なんだ? レオナルド様からお墨付きもらえたってことだろ?」
デザートのプリンを見ながら友達が恐る恐る口を開いた。
僕はそのプリンをぶんどって三口で頬張る。
「やっぱり間違っちゃいなかった。このままやり遂げれば下克上なんだ」
そうだよ、やっぱりステップアップのチャンスだったんだ。
「上司の満足する仕事をして、次の仕事に推薦してもらうぞ」
空になったプリン容器を悲しげに眺めた友達は、気の抜けた声で「頑張れよー」とエールを送ってくれた。
よし、やってやる!!




