88.巻き込まれたのはいいのか悪いのか ――人間の薬師とエルフの薬師――
正直、デイ森の出張決定はめっっっちゃくちゃ嬉しかった。
やっぱりこの仕事は『面白くて当たり』の案件だった。引き当てた、というか、先生の薬師室訪問に最初に対応したのがオレで良かった。柄になく神に感謝してもいいような気分だ。
そりゃ、オレに割り当てられた仕事は本職とは遠い。そもそもの依頼人――そして今は仕事の舵取りをしているミワさんが、薬にすることを嫌ったからだ。ま、オイルに薬効を入れられなくても、現行の薬の改良に何か使えそうな仮説も立てられたしな。そこはそれ、だ。
口調からして単なる依頼人ではないと分かった時から、ミワさんはこっちの仲間だ。彼女はどこか、オレたちの研究に対する熱意を汲んでくれそうな雰囲気がある。研究の邪魔をしない、それは大きなポイントだからな。
とにかくこいつは面白い。未知の品物なだけあって、手を出したい箇所がいくらでも出てくる。
基剤を変えたのは手始めに過ぎない。ワクワクする。種類を増やす、価格との折り合いをつける、そんな作業にもより良い組み合わせを検証するって楽しみがある。
奥様からの予算が下りたことでオレだけじゃなく薬師室全員の手が入ることになったけど、それでもこの話の主軸はオレだ。研究の旨味はオレが貰う。
だからこそ、全員が羨む中、デイ森行きを勝ち取れた。
エルフの薬はオレたち人間の物とは一線を画している。極少量出回る軍用の薬を入手して研究解析しようにも、どうしても途中で行き詰まる。
薬師は基本的に情報が外に漏れるのを嫌う。だからエルフ薬の全てが知りたいとまでは言わない。少しだけ、ほんの僅かでも情報が増えれば、人間の……オレたちメーヴ薬師室の作り出す薬は更なる改良ができるかもしれない。森へ行けばその可能性は広がる。あーっ、考えただけで心が躍る!
森での仕事は本当に本当に楽しかった。
ミワさんとロイさんのあれこれも面白かったけど。そうじゃなくて、仕事の話だ。
エルフ薬師たちは思っていた以上にフレンドリーだった。サッシュという人脈まで作れた。薬の製法の全部は教えてもらえなかったものの、既に知っていた「精製にエルフ魔力を使う」以外のポイントもいくつか教えてもらえた。
「何であっさり教えてくれるんだ?」
城への帰還直前、直球の質問をサッシュにぶつけた。
サッシュはエルフだけあって年齢不詳だ。それでも100歳は超えている様子の相手に対してどう振る舞うか最初は手探りだったけど、すぐに呼び捨てになった。オレたちと同類、研究以外は割とどうでもいいタチらしい。
だから、不躾な質問をしてもウザがられないと分かって聞いたんだ。
「勿論、良い薬が出回るのを期待しているからです。
エルフの数はさほど多くない。薬師ともなると更に限られる。であれば、人間の方でもより効果の高い薬を発明していただきたいのです」
確かに、エルフの薬は軍にしか使われない。一般にはまず出回らない。
あれ、ってことはだな?
「サッシュが抜けてきていいのか? オイルは薬じゃないぞ?」
オレたちがメーヴに戻るのにサッシュも同行することが決まっている。ただでさえ貴重なエルフ薬師を連れて行っていいのか?
オレの疑問に不思議そうな顔で目を見張ったサッシュは、
「薬に準ずる物ですよね?」
と、頬に手を当て首を傾げた。
どういうことだ?
「リラクゼーション目的の品物。つまり、怪我には対処できませんが、異常を未然に防ぐ効果が期待できます。
マッサージという行為を通して身体各部位の血流を整えることで、怪我の発生率を下げたり石化状態を和らげたり。香りで気力を満たし、あるいは気分を変えることで、魔力減少率を下げたり精神異常状態を防いだり。
今までの薬ではカバーできなかった……といいますか、後回しにされていた部分を補う品物ですよ」
なるほど、視点を変えればそんな捉え方もできるか。
……ん? 何か引っかかった。そう、オイルは薬じゃない。身体の異常を直接治すんじゃなく健康な人間にも使える。効果効能があれば尚良しというミワさんの言葉があったから、オレやサッシュが色々と試しているけれど……。
「なあ、これってさ、基本的にはめっちゃ簡単な作業だよな。植物からの成分抽出、溶媒に溶かす、終わり。
で、薬を作る時の要領で、成分抽出や原料混合に薬師が一枚噛んでるけどさ」
サッシュが一度目を伏せてからハッと顔を上げる。
「一考の価値がありますね」
オレたち二人揃って今まで気付いてなかったのがムカつく。
もし薬師が必要なければ、現状以上に量産可能だ。奥様へ報告しないと。
「帰還までには時間がないな。仕方ない、仮説・検証中だとして書類に纏めるか」
「森の方で一度試させます」
「オレも帰ったら薬師室へ報告する」
城に戻ったら、オレたち二人で薬師室に合流しなきゃだ。
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薬師室でサッシュの紹介をして、一連の情報を簡単に伝える。オレと同じく室長も「奥様案件だな」と難しい顔をしている。
時間がなかったし未検証だったから、ロイさんの報告書には書かれていない。
どちらにせよオレの独断では動けないし、奥様に報告に行っているミワさんとロイさんが戻ってきたら、ミーティングをしよう。
そう思っていたのに、二人は、更には奥様も、急いで城を飛び出していった。
「どうする?」
「まずは検証を進めるしかないですね」
サッシュは森へと鳥を飛ばす。
余談だが、サッシュは優秀な鳥使いでもある。大小様々な鳥を用途によって使い分けられるとか。森との情報伝達が早いのもこの話に加わった一因らしい。すげぇな。
とにかく今回は、指示を仰ぎたい上の人間がすぐに捕まらないこと、新作候補として挙がっていた植物でサンプルを作ること、言い残しておいた薬師以外での作成の検証を進めること、といった必要事項を書類にして鷹に持たせた。
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奥様が戻ってきてすぐに、オレとサッシュが呼び出された。
そこで知らされたのが、ミワさんの身の上とオイルの使い道の話。
絶句するサッシュの隣で、オレは思わず「マジかよ……」と呟いちまった。奥様には聞き咎められなかったからオッケー。
いや、全然よくない。
「知らされたってコトは、オレたちもお仲間ってことですね?」
「ええ、そうね。だぁいじょうぶ、ミワちゃんは今までと変わらないわ」
「……一般市民でいたかった……」
「そうは言っても、もうどうしようもありませんね。この話に引き込んだ人を恨めしく思いましょう」
この話に引き込んだ人。
先生じゃねぇか!
この話は面白い。だけど本当に『当たり』の仕事だったのか、どうなのか。




