87.改造計画
77直前と85直前の時系列。
紫音がメーヴに来たことで、高校時代みたいに毎日顔を合わせることになった。
とは言っても、大浴場に一緒に入るとかそんなベッタリではない。マークと話ができなくて自主勤務に近い私と積もる話をしたり、ご飯を一緒に食べたり、そんなもの。
で、真面目な話以外、つまり世間話は、勤務時間後に食堂兼酒場で夕食食べつつお喋りになるんだよね。
普段の定期飲み会では『近況』『職場や仕事の愚痴』『恋愛話』が主な話題。
今はそれ以外の話題が多い。いや、恋愛話はしてるか。シヴァと紫音の馴れ初めを聞いたり。それ以外は、メーヴ城のあれこれとか、少しだけ見た城の外とか、知り合った人たちとか、そんな四方山話。
そう、人間関係。大きな変化がありましたよね。ええ。
「紫音に報告があります。彼氏ができました」
「マジで!?」
「マジで」
私の片思い遍歴を知っている紫音だから驚くよね。
「え、あたしにも紹介してもらえる感じ?」
「紹介も何も、もう会ってるよ」
「マジで!?」
「マジで」
ビール最後の一口を飲んでからジョッキお代わりを控えて、私へと身を乗り出してくる。
「で、誰」
……いざとなって自分から打ち明けるのって、何か照れるね。
頬に手を当てて視線を彷徨わせていると、
「久々に恋する乙女が見られた」
とか笑われた。何さ乙女って。そんな歳じゃないでしょうに。
とりあえずロイとの話をつらつらしていく。
「美和ちゃんのノロケ話を聞けるなんて感無量だわ」
「惚気てた?」
「うんうん、ワイルドなのにジェントルだってよーく分かった」
「あ、まさにそれ。懐広いの」
「しかもカッコいいしね。あたしのタイプではないけど。
だって大き過ぎるよー、並んだら捕らえられた宇宙人みたいになる!」
そこまでじゃないと思う。
でも、小さいなら小さいなりに、大きいなら大きいなりに、私たちそれぞれ悩みがあったもんね。
小さくて可愛い子だったらすっぽり抱き締められちゃうだろうな、って、そればっかり気にしてたけど。それは双方が「そういう相手がいいな」って思った時じゃないと実現しない話。
幸いにもロイは私がいいって言ってくれて、私もロイとの体格差が丁度いいなって感じていて。襟ぐりに顔が当たったことを嬉しく思うのは、きっとそういうことだよね。
「うんうん、その調子でたっぷりノロケてね。たくさん聞いたげる。
でもさ美和ちゃん、あたし、ちょーっと気になるんだよねぇ」
ふーむ、と腕を組んだ紫音が、
「よし、ノロケタイムは一旦終了。次からは美和ちゃんの改造計画へ移ります!」
と、ビールのお代わりを取りに席を立った。
何です、改造計画って。
******
数日後の夕方、私の部屋――格好良く言うと私室、分かりやすく言うと独身寮の一部屋――へと集合した。もし缶ビールや缶チューハイにおつまみ持参していたら、完全に元の世界の家飲みだよね。さすがにそれはなかった。
元々住んでいた1DKマンションと同等かそれ以上の部屋。ざっと眺めて大雑把に確認した紫音は、迷わずクローゼットへと足を向ける。
「開けるよ?」
「どうぞ」
見られて困る物はないし、何がしたいか何となく感付いたこともあって、素直に頷く。
私の予想通り、紫音は私の持っている服を次々と広げていく。更に脱衣所の洗面台を覗いて化粧品一式を持ち出してきた。
「ふむ」
腕を組んで頷きながら、いくつかの服を横に除けていく。ロイに買ってもらった服だ。
「ふむ、ふむふむ……美和ちゃんにいくつか質問でーす」
「はい、何でしょうか師匠」
「メイクアップ用品がほとんどないのは何で? 会社に行ってた時はメイクしてたよね?」
数の少ない化粧品を指差しながら、紫音がむぅっと口を尖らせる。
理由はあるとも。
「最初はキッチンの仕事してたって言ったでしょ? 汗と蒸気でドロドロになるんだよね。下手すると目に入って痛い」
「なるほど。でも、キッチン辞めたんだからもうメイクしてもいいよね?」
「そうなんだけどさ。残念ながらコック見習いやってた時に、大抵の人とはノーメイクで会ってるんだよね」
紫音が「あちゃー」と言いつつ両手で顔を覆う。
「つまり、今更だからもういいやって感じ?」
「イエス」
「すっぴん見せても平気なの?」
「だから今更というか……そもそもここの人たち皆が皆美人過ぎるから開き直ったというか」
ロイやマーク、レオナルド様やキャスパー王子に至っては、初見がドロドロ血塗れで化粧剥げした状態だったしね。それに比べればすっぴんでも上等な気がする。
「とりあえずメイクに関する現状は分かった。じゃあ次ね。
聞いた話からすると、こっちの服がロイさんにプレゼントされた物ね?」
「イエス」
「他のデート服は?」
「ない。いい加減自分で買いに行こうかなって思ってはいたけど」
そう、会談の前に自前で買わなきゃとは思ってたんだよ。思ってはいたんだよ。機会がなかった……っていうのは言い訳だよね。
「そっかー。じゃ、最後の質問。
今自分が使えるお小遣いはどれだけある?」
あ、はい。買いに行くんだね。
ちょっと笑ってから、財布を取り出した。
「よしよし。お店が遅くまで開いてて良かったよ」
紫音の納得いく買い物ができたらしく、両手に荷物を抱えて満足そうな顔をしている。
「明日の朝、神様とか聖女とかの話を聞きたいって言ってたよね。で、明後日がユタル神殿へ行く日。
よーし、じゃあ明後日、今買ったのを使おう! 明日の夜に一緒に練習ね!」
「練習ですか師匠」
練習がいるの? 一通りは使えるはずだよ?
「当然でしょ? 色の乗せ方とか組み合わせ方とか教えてあげるから。パックも買ったし、コンディションばっちりもちもち肌にしておかなきゃ。あとは例のオイルでマッサージして進ぜよう」
聖女が本業以外で張り切ってる……。
「せっかくロイさんとお出掛けなんだし、神様にも会うんだし、綺麗にして行こうよ」
「いやお出掛けっていうか仕事……」
「普段着で外に出るより気分アガるって。きちっとした正装じゃなくても、オシャレするだけで移動もプチ旅行に変わると思うなー」
どこかで聞いた話だよ?
やっぱり、ロイと紫音ってちょっと似てる。それを嬉しく思う自分がいる。
どっちも大切な人だからね。




