86.見守り隊の情報交換 ――ある傭兵隊員の話――
次回から投稿ペースを月木土に変更します。
僕はケビン、傭兵隊第三部隊の隊員。
双子の妹はアリス、城表の事務員。
僕たち二人は、『ロイさんとミワさんを黙って見守り隊』の隊員だ。ちなみにこの隊、傭兵隊と事務員がメインの構成員である。
我らが傭兵隊隊長のロイさんが、城表のキッチンにいるミワさんに惚れている。一部では当然のように知られた事実だ。それを黙って見守ろう……という、まぁ文字通りの活動内容だな。
僕たち傭兵隊員はロイさんの様子が分かるし、ミワさんは事務との交流があるから事務員の女性(と一部の男性)はミワさんの様子をよく見ている。双方の目撃情報が『見守り隊』で共有されるんだ。
ちなみに僕とアリスは双子で同居しているから、情報の橋渡し役に抜擢されている。
見守り隊員は黙って観察するのが鉄則。二人を拗れさせるのを恐れているんだ。
今日、そこに新たな理由が加わった。
「え、参加者そんなに増えたんすか?」
「そうそう。だから隊員が手を出すとマジで制裁来るからな。気を付けろよケビン」
同じく見守り隊員である第三部隊の先輩傭兵と昼食を取っている時、こっそりと教えてもらった。
ロイさんとミワさんがくっつくか、それともフラれるか。傭兵隊の一部はそれで賭けをしている。そもそも僕が見守り隊を知ったきっかけも、その噂のミワさんについてアリスに聞いたからだったんだ。
でだ。
賭けに参加する人間が徐々に増えてきているらしい。単なる酒一杯奢る奢られ程度の話だったのが、一個隊の一晩の飲み代程度まで規模がでかくなった、と。
賭けの胴元は謎とされているけれど、第二部隊隊長のマリクさんだというのは薄々分かっている。公然の秘密、というやつらしい。で、その謎の胴元から、口出し厳禁の指令が明確に下された。
そこまでするのかよ、というのが正直な感想。
そもそも人の恋路で賭けをするのってだいぶ不謹慎だよな。僕は賭け云々置いといてロイさんを応援したい。それだけじゃない人間がいるってことだよな。
「というのもだな」
僕が内心呆れているのを余所に、先輩の話が続く。
「どうやらロイさんに対抗馬が出てきたらしい」
「……んに?」
肉の塊にかぶりついていた僕は、そのままの格好で動きを止めた。
******
夜、部屋でアリスと情報交換する時にその話題を持ち出した。
「初耳。それ、どこ情報?」
「僕も先輩経由なんだけどさ。今までロイさん優勢だったところに、大きく逆に張った人が出てきたと」
賭けに参加する人間は、見守り隊員以外にもいるらしい。その中でロイさんの負けに賭ける人間が出たらしい。しかもなかなかの額――良いワイン一本分程度の額らしい。
全部「らしい」だけど、仕方ない。僕も全部人から聞いたことだし。
そもそも誰が賭けたのかも不明。
「ただ、それだけの金額を動かせるんだから、僕みたいな下っ端ではないよね」
「よね」
「だから影響が大きすぎるってんで胴元も弾いたんだって。額が大きすぎて単なる酒場でのどんちゃん騒ぎに収まらなくなっちゃう」
そこまで規模が大きくなると二人に手を出してごちゃごちゃ引っかき回す人間が出てきてしまう。観察するのが楽しいらしい胴元はそれが嫌だったと。胴元は見守り隊員ではないけれど、ちょっかいはかけたくないそうだ。
「その代わり胴元は、僕らの『隊長』さんに個人的に賭けを持ちかけるように進言したんだって」
「当然ロイさんじゃないわよね。見守り隊の隊長?」
「そうそう。ロイさんを見守る……つまりロイさんの味方である『隊長』と、ロイさん以外の味方をする『謎の投資者』で、こっちに迷惑掛けずに勝手にやってくれ、って話らしい。
で、見守り隊も賭けを台無しにするような無粋な真似はしてくれるなよ、って改めて通告された」
今までは自主的な『黙って見守る』だったのが、胴元からも念押しされたんだよな。
胴元は第二部隊隊長。制裁しようと思えばできちゃう力があるから、各自気を付けろという情報なんだ。
アリスが腕を組んで唸る。だからその格好、お前のない胸が強調されるからやめとけって――
「ケビン、本題とは違う失礼なこと考えてるでしょ」
「いやっ!? 別に!」
「……ま、いいわ。話を整理しましょっか。
まず、傭兵隊を中心とする賭け集団が徐々に規模を増している。ただしその中ではロイさん優勢。
次に、新たに賭けに参加しようとした人がいて、その人はロイさんの負けに賭ける予定だった。
胴元が参加拒否したけれど、そういう存在がいたことが一部に伝わって、ロイさんに対抗馬がいるんじゃないかと予想された。ただし対抗馬の正体は不明。
もう一つ大事なのは、胴元から『二人に手出し無用』という申し出があったこと。
この四つが見守り隊全体へ伝える話なのね」
そうそう、そんな感じ。アリスは僕よりもしっかり者だからか、事情を把握するのが早い。
「問題は、ロイさんを脅かす対抗馬は誰かよね」
「ミワさんが靡かない原因かな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。これは探りを入れた方がいいかもしれないわね」
「見守り隊隊長が個人的に賭けをしているなら、隊長に聞けば分かるんじゃないか?」
僕のナイスな提案に、アリスは重々しく首を横に振る。
「見守り隊の隊長が誰なのか、私たちも知らないのよ」
マジかよ。
******
対抗馬の正体が分からないまま、事態は大きく動いていった。
まず、ミワさんが城表のキッチンから軍属へと変わった。
そして、ロイさんとミワさんが毎晩一緒に食事をしたり飲んだりするようになった。
二人の飲み会はちょくちょくあったとはいえ、こんなに毎日続くのは今までになかったことだ。
考えられるのは、もうすぐ国からの援軍が到着する――つまり、僕たちの出陣が近いという事実。
ロイさんとミワさんは、出陣前の僅かな時間を一緒に過ごそうとしているんだ。
「ってことはさ、もう二人って付き合ってるんじゃないのか?」
僕も出陣準備を調えている。
必要なものと必要じゃないものを選り分け、物によってはアリスに渡し、物によってはバザーに出す準備をし、契約書を揃えて分かりやすくし、金目の物をいくつか残し。
その様子を椅子に座って眺めながら、やっぱりアリスは腕を組む。
――ない胸が
「ケビン、どうでもいいこと考えないで」
「いや何も!?」
「私たち事務員の勘だけど、まだ二人は付き合ってないわ。ただ、ロイさんが今まで以上に積極的になったって感じかしら」
ええー? あれで付き合ってないなら、どういう状態が付き合ってるって言えるんだよ?
「何と言うか、想いが通じ合ったって感じ? それがないのよね」
「分かんねぇ」
「分からないなら分からないで良いわよ。……ロイさん、たぶん、今の関係であっても見送ってほしいのね」
ちゃり、と、アリスが手の中のIDタグを鳴らす。持ち主である僕に突き返しながら、眉を寄せて怒ったような顔をする。
「分かってるわよ。ケビンも私も、場所が違うだけで本職に専念するだけ」
「おう」
「見守り隊の活動は一時休止」
「ん」
「一時休止、よ。事務員は皆、傭兵隊員の人たちが、ロイさんが、ちゃんと戻ってくるのを待ってるから」
「ああ」
いつも通りに笑うと、アリスはますます顔を顰めた。
******
ま、出陣の時にはもう、アリスは普段の澄ました感じになってたから、僕も安心して出てきたんだけどさ。
事態は更に大きく動いた。
国境近くまで来て陣を張ったか張らないか、というタイミングで、ロイさんとマリクさんが城へと呼び戻されたんだ。
少し経ってから伝えられた、傭兵隊隊長の交代。ロイさんの師匠が傭兵隊隊長になり、ロイさんは要人護衛として城に残ることになったとのこと。
困惑の広がる中でも「ロイさんの実力ならそれもアリか」という言葉が聞こえてきた。雇われ兵士ではなく正式な軍人となったってことだもんな。
そっか、ロイさん、城へ戻ったのか。
やったなアリス。これで見守り隊の活動、再開だ。
僕が無事に戻ったら、ちゃんと情報交換してくれよ?
……うん、そうやって格好付けて決めようと思ったんだけどさ。
新たに隊長となったロイさんの師匠、ダリスさんは、
鬼 だった。
僕、仕事の前に死んじゃわないかな……。




