8.大好きですレオナルド様!!
「私はさすがに可哀想だと思うがなぁ」
のんびりとしたレオナルド様の声に、ハッと顔を上げる。
「このお嬢さんには害意がない。愚鈍でもないようだし、仕事をさせるのは悪い話ではないな。ここで殺してしまうより、よほどいい」
「ず、ずいぶんはっきり断定していただけて、非常にありがたいのですが……その……」
いいの?
ちらっとマーカスを見る。当たり前だが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「甘いことをおっしゃいますね。先程の少年と同じ、顔と目、ですか?」
そういえば、先に主人公たちに会っていたんだっけ。
主人公が軍に入る前に、レオナルド様との面会があった。その場でレオナルド様は「この少年たちの顔と目を見れば、大きな力になってくれることは間違いないだろう。何、長年辺境を守ってきた者の勘だ」と言ってのけて、快く迎え入れるのだ。
本当に勘だったのか、あるいは何か知っていたのか、クリア後も分からないままだったけれど。この人のこの時の決断がなければ、ラヴィソフィ側の勝利はなかったはずだ。ゲームのストーリーは主人公ありきだからね。
しかし、そうか。私も勘で受け入れてもらえるのかな。
そうだと嬉しい。というか、ありがたい。
「平たく言えばそうだな。だが、判断材料はそれだけではない。
この子は、生き延びることを優先している。であれば、いたずらに戦況を引っかき回すことは本当にしないだろう。
戦が始まれば、どの仕事であろうと手は多い方がいい。何より我等が軍の勝利を願っているならば、仕事もきちんとこなすはずだ」
「フェイファーの手に渡り、命の危機に晒されることになれば、助命の代わりに自らの知識を吐く可能性は消せませんよ」
「そうだな、それが一番厄介だが。しかし、このお嬢さん、素直に本当のことを言うかな?」
「絵物語の筋を歪めて話すと?」
「予測不可能な未来にかけてフェイファーの味方になるよりも、予測できている我が軍の勝利に向けて、作り話くらいするだろうよ」
「この女の存在がフェイファーに知られるだけで、余計な戦いが生まれることになります。刺客を向けられるか、密偵に毒でも盛られるか、奇襲を受けるか、何かしらがこの女に向けて仕掛けられる。それは、この女の知識にもないこと。防げるとは思いません」
「自陣深くに囲うのだぞ。彼女の命が危ない、それは即ち私自身の身も危ないということじゃないか、はっはっは」
「そもそもが密偵で、こちらが油断した頃合いで動き出すという可能性は」
本人そっちのけで、何やら話し合いが白熱している……。
私を擁護したいレオナルド様 vs とっとと処分したいマーカス。
マーカスの言うことはいちいちもっともで、我ながら怪しい人間だと再確認させられた。
それにしても。
(スパイ疑惑は完全には晴らせないか。別に戦えなくてもスパイは務まるもんね)
「だからな。先程のラルド君たちと同じなんだよ。彼らも、彼女も、私にはそう見えない、というだけだ」
最後の決め手がレオナルド様の勘か。
って、やっぱり主人公の名前も私が決めたものだったかぁ……。
もしラルドに会うことがあったら、心の中で「私が名付け親だよ」って挨拶しようか。
結局はレオナルド様のその一言で決まるんだろう。
マーカス自身が、レオナルド様に取り立てられた理由でもあるから。
深い溜息とともに、お手上げのポーズでソファにもたれかかったマーカス。どうやら、議論の結果はレオナルド様に軍配が上がったようだ。
「よし、ミワ。城内での生活を許そう。
あとは、そうだな。君が知り得ないことを知っていた事実。それから、異世界から来たこと。キャスパー殿とその従者、それからロイには、一切口を噤むよう私から要請しよう。今後はそう匂わせる行動をむやみにしないよう、注意すること」
為政者にしては優しい目で、レオナルド様は私に頷いた。
本当に本当に、ありがとうございます。
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メーヴ城。
この城は、辺境伯領主の代々の役目上、大きく二区画に分けられる。
城下町との境――表側に当たる、軍事拠点としての城。奥側が、コールマン家の居城。
奥は、領主の執務室や家族各人の部屋、ダンスホールや貴賓室などなど、他領の領主邸宅とほぼ同じ機能を持つ(らしい)。
奥の裏庭から更に奥には崖があり、そこから大きな湖へと繋がる。この湖の向こうがもう一つの辺境領、リューク地方だ。
メーヴ城の大きな特色は表にある。
軍議を行ういくつかの会議室の他に、食堂・医務室・訓練場・大衆浴場から兵士用鍛冶場、軍御用達アイテムショップ、城内勤務に当たる者のための単身者寮まで揃い、小さな町ならすっぽり入るくらいの規模である。ゲーム中でもだいぶマップ切り替えが多かったからね。
これらが大きく城壁で囲まれており、限られた門から丘下へ下ると城下町。
主人公たちも、最初は城下町、次第に城表と行動範囲を広げられるが、奥へ入れるのはゲーム終盤。
私が城で仕事をするのであれば、表での仕事が妥当だと思われる。
「さて。それで君は、何をして働くか、希望はあるのかね?」
「機密事項に触れる機会のある仕事は認められないからな」
どことなくぶすっとしたマーカスから釘を刺されるが、その辺は弁えていますとも。
しかし、何をして働くかまではまだ考えていなかった。説得方法に必死になっていたし。
看護師なり美容師なり、手に職があれば話は簡単だったろうけど、私は特殊技能は持っていない。
仕事として比較的使えそうな技術は、料理と、見よう見まねのマッサージ。イラスト描きは……うーん、あまり何かに活かせる気がしないなぁ。
無難なのは料理関連かな。
「食堂のキッチンで人手が必要なら、そこで働かせてもらうことはできないでしょうか? 一応料理はできますし、皿洗いとかでもいいんですが」
「食堂なんて、毒の混入を――」
「マーク、それくらいにしておけ。いいだろう、後で食堂に案内させよう」
「あ、大丈夫です、城内も把握できているので、一人で移動もできますから」
「ほう、そこまで分かっているのか。ここでの生活に馴染むのも早そうだな」
「やはりこの女、野放しにしておくのは――」
「おうおうそうか分かった分かった」
「レオナルド様、棒読みで投げやりになるのはおやめください」
うん、マーカス。そろそろ諦めて。