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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
79/132

79.タグ



 マークの件が片付き、喉の小骨が取れた気分でロイの横に付いて行く。

 城内構造が完璧に頭に入っている私は、向かう先の見当は付く。この先は、私にはあまり縁のない区域。兵士さんたちの使う武器防具屋、鍛冶屋、アイテム屋、そして修練場などが集まる……活気があるというか、少し緊張するというか、そういう場所。ゲーム内ではとってもお世話になったんだけどね。

 既に出陣しているため、普段ほどの熱気はない。だけどロイが前に言っていたように、全員が全員出払っているのでもないらしい。あちこちに人の姿がある。


 ロイが足を止めたのは、ある鍛冶屋さんの前。鍛冶場は見えないほどの奥にあるらしく、入り口ではさほどの熱を感じない。それでも温かい空気が流れてくる。


「暑いからそこで待ってな」


 と言われるままに、そのまま待つことにした。折角だし、見える範囲をじっくり観察してみよう。色んな武器のサンプルが飾ってあったりして、結構楽しい。一般人向けの小刀なんかも扱っているみたい。

 カウンターから大声で呼びかけたロイに応えて、厳つい顔をした小柄なお爺さんが奥から出てきた。

 ロイとお爺さんが喋っているのがここからでも見える。だけど話している内容までは聞こえない。何やら首回りをごそごそしてからお爺さんに何かを預けて。

 それに目を落としたお爺さんが、こちらを見た。バッチリ目が合うと、厳しかった顔に不器用な笑みが浮かぶ。怖さを感じないその笑みに、私も会釈を返した。


 ロイが戻ってきて、「ちょっと時間がかかるから、その辺見て回るか」と私の肩に手を掛けて促す。

 ……今までこのくらいの接触、全く気にしていなかったのに。何で今更恥ずかしくなるかな!?

 同じことを思ったらしいロイが、横で小さく笑った。


「もっとひっついてやろうか」

「勘弁して」

「何なら抱き上げて運ぶぞ」

「勘弁して!」


 じゃあ腕にでも掴まれ、とがっしりした左腕を目の前に差し出され、躊躇いながら手を伸ばす。何だろう、今までだって腕を組んだり引っ張ったりして歩くことなんて散々してきたのに、やっぱり今更になって照れてしまう。

 ロイは背が高いから、私でも自然と腕を絡ませることが出来るんだ。改めて考えると、それも無意識に甘えていた一因だったのかも。

 ひっつきすぎるとお互い暑苦しいし歩きにくいから、肩から掛けている鞄の紐を押さえるような、少しふわっとした感じで掴まった。

 あ。気付いた。気付いてしまった。


「もっと胸が大きければ、こう、押し付けることができたのでは」

「おいこら無意識娘」

「すみません。……今回はちょこっと意識して言ったよ?」

「それはそれで勘弁してくれ」


 さっきとは反対の立場になった私たちは、同時に吹き出した。それが心地良くて、そのまま歩き出す。

 城下町に出掛けた時と同じように、他愛ない話をしながらあちこちを巡る。


「あそこの防具屋は一般人にも評判が良いんだ」

「普通の人が防具使うの?」

「いや、布服だ。生地も縫製もしっかりしているから、特にやんちゃ盛りの子供がいる親がわざわざ買いに来る」

「破れにくいってこと?」

「そうだ。……平和になったら、そういう風に方向転換してやっていくんだろうよ」


 戦が取引先のような店たち。世の中に付いていける店は生き残り、戦いにしがみつく店は先細る。仕方がないけれど、でも、ここの人たちが暮らしに困らなければいいと願う。


「傭兵やギルド員や、あとは冒険者なんかは顧客として残る。全部が方向転換されても困るんだ」


 笑いながら教えてくれる。ロイは、戦いが終わったらどうするんだろう。白いシャツの話を教えてくれた時は、毎日白シャツを着たい、って言っていた。戦うのを止めるんだろうか。

 振り仰いで顔を見るけれど、何故だか今ここでは尋ねられなかった。




 ******




 暫くして、さっきの鍛冶屋さんに戻ってきた。今度は私もカウンターまで行く。


「待たせたな」


 嗄れた声のお爺さんが、小箱をロイに差し出す。手に取ったのは……ペンダント?

 そういえば、ロイはいつも首から細かな鎖を提げていたな。マッサージする時に見たから、何となく覚えている。

 横から覗き込むと、隠されることなく、むしろ私に見えるように手を出してくれた。

 小さなプレートに、何かが刻まれている。顔を近付けて目を凝らしてよく見ると、ロイの名前と、ラヴィソフィの表記と。さすがの私でも、これくらいは分かる。単なる単語だからね。

 本当にギリギリ読み取れるほどの小さな字を追っていくと。


「あれ? これ、私の名前?」


 最後に私の名前が現れた。


「IDタグだ」


 ロイの一言に、社員証を首からぶら下げていた記憶が蘇る。


「戦で何かあっても、これで個人の特定が出来る。……そして、そこに刻まれた人に連絡が行くんだ」




 全身が総毛立った。仄かな嬉しさと、圧倒的な怖さと。


 目の前に厳しい事実を突きつけられた。

 私は、ブルフィアで全てに勝ち、無事にストーリーが終わる結末を知っている。でもそれは、あのストーリーが完結するなら、という前提だ。

 既にストーリーから外れた今、ゲームのメインメンバーだって無事でいる保証はない。戦火に見舞われなかったこの城だってどうなるか分からない。

 分かっていた。分かっていたけれど、それを改めて形にして投げ付けられた気分だ。


 何で私は、紫音が自ら尽力した和平を、最初から望まなかったのだろう。

 何で私は、ロイに戦わせているんだろう。

 何で私は、力がないんだろう。

 ゲームみたいに操作して、邪神なんて簡単に倒せたら良いのに。


「お嬢さん」


 嗄れた声に顔を上げる。


「こいつのプレートがようやく埋まってな、儂は嬉しかったんだ」


 お爺さんの顔を見つめる私は、自分でも眉が下がっているのが分かる。


「ここが空欄だとな、何かあってもその場で打ち捨てられたままだ」


 別の感情でゾクリと震えが走り、隣のロイを見上げる。

 こちらを見て目を緩めて、穏やかな顔のまま。こんなに不穏な話をしているのに。


「前にこいつに聞いたことがある。ここには誰の名も刻まんのか、と。

 こいつはな、『残される人間のことを思うと、刻めない』と言いおった」

「爺さん、それは黙ってろよ」

「煩いわ、それこそ黙っとれ」


 ロイには厳しい顔になってピシャリと撥ね除け、もう一度私に不器用な笑みを見せてくれる。


「今でも同じことを思っているだろうよ。残される人間のことは常に考えている。だがそれでも、こいつはお嬢さんの名前を刻むように頼んできた。

 ここにはな、本当に大切な人間の名前しか刻めない。信じられない人間の名は刻めんのだ。連絡も、契約金も、形見も、全てがそこに行くからだ。

 だから、喩え家族がいようが、空欄のままの奴もいる」


 唇を噛んで、お爺さんの話を聞く。


「お嬢さんは残される立場だ。そりゃあ怖いだろうよ、血の気も引くだろうよ。

 ただ覚えておいてほしいのは、これはこいつからの信頼の証でもあるってことだ」


 お爺さんの少し変形してゴツゴツした手が、まだ微かに震える私の手に重なる。


「このタグが使われないに超したことはない。それでも戦場に立つ以上、身に付けるものだ。せめてそこには自分が信じる人の名前が欲しい。自分の帰りを信じてくれる人の名前が欲しい。

 刻む奴等は皆そう言う。そしてこいつもその仲間入りってわけだ」


 隣から、頭を掻き回す音が聞こえる。


「さっきな、こいつは『守りたいんだ』と立派なことを抜かしおった。どうやら、その覚悟の印でもあるらしいぞ」

「爺さん」

「黙っとれ」




 私は、お爺さんの手を感じながら、目を伏せて思いを巡らす。


 人は皆、いずれ死ぬ。


 両親のように、何の前触れもなく会えなくなるのか。

 紫音のように――彼女とは結局この世界で再会できたけれど――自分から振り切るのか。

 ロイのように、戦場に出る人のように、覚悟して送り出すのか。

 それとも、自分が先にいなくなるのか。


 どれも、別れだ。

 普段から死に近い生活をしている人たちは、どの別れになろうが覚悟を決めている。

 だったら、そういう人に寄り添うのであれば。


「私も、覚悟を決めなきゃ駄目なんですね。

 ……でも、まだ。ごめんね」


 まだ。その覚悟が出来ない。


「言っただろ、お前を守るって」


 ロイが肩を抱いてくれる。その温かさに震えが静まってくる。


「その恐れからも守ってやるから」


 いつの間にか外されていたお爺さんの手が、カウンターをトントンと叩いた。


「金を貰ったら儂は仕事に戻る。さっさと払え」


 顔を上げると、瞳の奥が優しいお爺さんが、やっぱり不器用な笑みで口の端を上げていた。




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