75.オイルの使い道
出席した全員が着席するように促された。当然、護衛は除く。だからロイとセリアは起立組。この辺りもゲームとは違う。
全員が落ち着いたところで、レオナルド様が顎髭をゆっくり撫でながら場を見渡した。
「話が纏まった。我々は協調することで一致したよ。
さて、ミワ。君の持つ情報を、ここにいる全員で共有しようか」
いきなり、思った以上の爆弾が落ちてきた。
慌ててケインが口を開く。
「それなら、僕が」
と立ち上がりかけるのを、レオナルド様が微苦笑で止める。
「ケイン君、覚悟を決めたまえ。君も既にラルド様やエマに話しているのだろう?」
「ですが、彼女の事情はそれとはまた……」
そうそう。ケインではなく私を名指ししたってことは、邪神や旧国の話だけじゃないってことだよね。つまり、ゲームの話をしろ、と。
ここまでのやりとりで、フェイファー側が私を見る目は大きく三つに分類されている。
紫音の友人だと知って多少柔らかくなった雰囲気。
かえって胡散臭いと相変わらず鋭く警戒する雰囲気。
そして、全くの無反応。他の出席者と同じ、特別視をしない。
私の向かいに座った、フェイファーのトップ四だか五だか……ゲームで見覚えのあるモブさんは、三番目のタイプ。その人が、ようやく私に目を向けた。
観察されているようで少しドキリとしたけれど、そのお陰で腹を括ることができた。私個人には興味のない人間が、話を知りたがっている。
少し心配そうなマークとロイの一方、コールマン夫妻は優しい顔で待っている。
表と奥のトップが望んでいるなら、それはこの場に必要なことなんだろう。
「長い話になります」
私はもう一度水を貰って、顔を上げる。
******
途中で何回か口を挟まれそうになったけれど、レオナルド様の「とにかく一通り最後まで聞いてやってほしい」という取りなしで、最初から最後までを語り終わった。
話をスムーズにするためにRPGの説明から始めたから、だいぶ長くなった。今まで三回あらすじを語っているから、その点は話しやすかったけれど、ゲームの話は初めて。ゲームを嗜まないなりにも多少は知識のある紫音が補足してくれつつ、何とか理解はされた、と思う。
フェイファー側の胡散臭い目が増えた。一部は完全に怒っている。そりゃそうだよね、フェイファーが敗れて国が消えるって言われたんだもん。
クルスト側も、主人公組……ラルドとエマちゃんとセリアが、ちょっと居心地悪そうにしている。
「これを真実だと仰るか?」
シヴァがレオナルド様に静かに問いかける。信じられませんよね。ケインは最初に聞いた時点で噛みついてきたからね。
それでも、自分が倒されると言われた後なのに、相当落ち着いていると思う。
「全てが真実ではありませんな。少なくとも既にいくつか齟齬が現れている。聖女が二人など、その主たる物でしょう」
ですね。それを知って私は軍に駆け込んだんだから。
ただ、と、レオナルド様が続ける。
「確かに事実である部分も含まれる。
我々のトップシークレットであった、邪神の話や旧国の話を知っていた。
貴国の重要情報であるはずの聖女のティアラについてや、封じられている邪神の場所も知っている。皇国の内情も一部ではあるが把握している。
それならば、彼女の話が全て現実に即していなくても、今はその筋から離れていたとしても。有用な情報はあるはず」
頷く。パズルのピースは確実に存在する。
「彼女の軍での仕事は、現状との比較検証。ここで公表することで、皆様にも協力を願いたい」
「情報を彼女に供せよ、と?」
ハーミッドが不快感を露わにして反対する。
「我々は邪神に向けて足並みを揃えねばならない。そうなれば、情報の共有は不可欠だ。
少なくとも、フェイファー本国はどうあれ、神聖軍は我々との同盟を結んだのだからな」
「確かに現状、我々は国から離反した状態です。今後の事態を考慮すると、物資提供や人員確保以外にも、情報は欲しい」
え、離反してるの? フェイファー皇帝は現状を知らないの?
マジか、紫音は何をどれだけ動かして和平に漕ぎ着けたんだ。
「戦争は、事前にどれだけの情報を集められるかが肝になる。今回は二国間の戦争ではなく、邪神に対しての大規模な戦い。
情報の精査は必要だが、ミワの知識は存分に使うべきだと考えます」
私の疑問が伝わったのだろう、横に座っているケインが「(軍師の仕事は現場の采配だけではないんですよ。むしろ前準備がほとんどです)」と、小声で教えてくれる。
知らなかった。ゲームではそこまで描写されていないから。……これはゲームとの齟齬ではなくて、描かれていなくて知らなかった部分だね。
だけどさ、いくら情報をくれっていっても、そうホイホイ渡せる物でもないよね。どうやって交渉するんだろう?
「そこで」
ソニア様の声が響いた。
「我が領の『特産品』で取引いたしませんか?」
オイルの話がここで出た。
******
ミント、レモングラス、シダーウッド。ラベンダー、イランイラン。
五種類のオイルがテーブルに並べられた。
簡単な説明を、現場担当の私が行う。正体がばれても、この仕事を手掛けていることに変わりはない。
「このうちの二種類。フェイファーの独占販売という形で如何でしょうか」
ぎょっとしてソニア様を見てしまう。利権を手放す!?
「技術や製造の権利は従来通りラヴィソフィであると」
「ええ。ですので、こちらから輸出した物がフェイファーのみで出回る、と考えていただければ。関税は極力低く設定いたします」
シヴァとソニア様が表面上は和やかに取引を開始した。
特許という概念があるのかどうか分からないけれど、とにかく販売と使用を譲った、ってことかな。
「二種類とは何れか?」
「それを今、選んでいただけますか? 総司令官様と、聖女様、それぞれでお一つずつ」
急に話を振られた紫音だけど、軽く頷いて瓶に手を伸ば……そうとして、ハーミッドに押さえられた。
「せめて、危険性をご考慮ください」
そりゃそうだ。それに頷いたソニア様は、護衛を五人呼んでそれぞれの手の甲にオイルを塗り広げる。それを見たシヴァも、同じようにフェイファーの護衛に施す。
「……問題ないと見做しましょう。私と、シオンですね?」
ようやく二人の手元に瓶が渡る。
すぐに紫音が「あたしコレ!」と声を上げる。イランイラン。
そうだね、私は苦手な匂いだけど、紫音は好き。そして私が使えるラベンダーは、紫音は大の苦手。だからラベンダーは手に取りさえしなかった。
シヴァは一通り確認してから、「では、これを」と、レモングラスを選んだ。
「ここで選んでいただきたかったのは、『軍総司令官が選んだ』『聖女が選んだ』品だという箔付けです。ですので、それを存分に利用してくださいませ。
できれば上手く使って情報を得てきていただきたいですわね」
シヴァは机に両肘を付き、トントントンと三度両手の指を突き合わせてから、下座の方に座っていた文官さんらしき人に二種類の瓶を渡す。
使おう、という意思表示のようだ。
ゲームでは相当な切れ者キャラだったシヴァ。現時点で、いくつもの使い道を考えているんだろう。
シヴァから出された「暫く休憩時間を頂戴したい」という要請は、皆の疲れを考えただけでなく、オイルに関する指示を出したいんだと思う。ハーミッドや高位の人間と共に、少し離れた場所で打ち合わせを始めた。
一旦場が散った段階で、ロイがさりげなく私の近くへ移動してきた。少し距離はあるけれど、たぶんロイの間合いの中に入っている。
そっか。私はより狙われやすくなったんだ。フェイファー存続の情報を持っているから。
守ってもらえて安心とはいえ、やっぱり怖いものは怖い。
口を軽く引き結ぶと、ひょこひょこと紫音が寄ってきた。
「美和ちゃん、一緒にいよう? ね、それなら何かしようとする人なんていない……よね?」
会議場全体に渡るくらいの明るい声で、紫音が笑う。
この子も気付いている。
私がここに来たことによって、良くも悪くも未来が左右される。
「あたしは美和ちゃんの味方だから! だって、邪神を何とかしたい聖女にとって、美和ちゃんは心強い仲間なんだよ」
何か言いかけたフェイファーの人が、そのまま口を閉じる。
「美和ちゃんにはいっぱい働いてもらわないとねー」
腕を組んで私を見上げる紫音は、聖女ではあるけれど、やっぱり今まで通りの紫音だった。




