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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
75/132

75.オイルの使い道



 出席した全員が着席するように促された。当然、護衛は除く。だからロイとセリアは起立組。この辺りもゲームとは違う。

 全員が落ち着いたところで、レオナルド様が顎髭をゆっくり撫でながら場を見渡した。


「話が纏まった。我々は協調することで一致したよ。

 さて、ミワ。君の持つ情報を、ここにいる全員で共有しようか」


 いきなり、思った以上の爆弾が落ちてきた。

 慌ててケインが口を開く。


「それなら、僕が」


 と立ち上がりかけるのを、レオナルド様が微苦笑で止める。


「ケイン君、覚悟を決めたまえ。君も既にラルド様やエマに話しているのだろう?」

「ですが、彼女の事情はそれとはまた……」


 そうそう。ケインではなく私を名指ししたってことは、邪神や旧国の話だけじゃないってことだよね。つまり、ゲームの話をしろ、と。


 ここまでのやりとりで、フェイファー側が私を見る目は大きく三つに分類されている。

 紫音の友人だと知って多少柔らかくなった雰囲気。

 かえって胡散臭いと相変わらず鋭く警戒する雰囲気。

 そして、全くの無反応。他の出席者と同じ、特別視をしない。


 私の向かいに座った、フェイファーのトップ四だか五だか……ゲームで見覚えのあるモブさんは、三番目のタイプ。その人が、ようやく私に目を向けた。

 観察されているようで少しドキリとしたけれど、そのお陰で腹を括ることができた。私個人には興味のない人間が、話を知りたがっている。

 少し心配そうなマークとロイの一方、コールマン夫妻は優しい顔で待っている。

 表と奥のトップが望んでいるなら、それはこの場に必要なことなんだろう。


「長い話になります」


 私はもう一度水を貰って、顔を上げる。




 ******




 途中で何回か口を挟まれそうになったけれど、レオナルド様の「とにかく一通り最後まで聞いてやってほしい」という取りなしで、最初から最後までを語り終わった。

 話をスムーズにするためにRPGの説明から始めたから、だいぶ長くなった。今まで三回あらすじを語っているから、その点は話しやすかったけれど、ゲームの話は初めて。ゲームを嗜まないなりにも多少は知識のある紫音が補足してくれつつ、何とか理解はされた、と思う。


 フェイファー側の胡散臭い目が増えた。一部は完全に怒っている。そりゃそうだよね、フェイファーが敗れて国が消えるって言われたんだもん。

 クルスト側も、主人公組……ラルドとエマちゃんとセリアが、ちょっと居心地悪そうにしている。


「これを真実だと仰るか?」


 シヴァがレオナルド様に静かに問いかける。信じられませんよね。ケインは最初に聞いた時点で噛みついてきたからね。

 それでも、自分が倒されると言われた後なのに、相当落ち着いていると思う。


「全てが真実ではありませんな。少なくとも既にいくつか齟齬が現れている。聖女が二人など、その主たる物でしょう」


 ですね。それを知って私は軍に駆け込んだんだから。

 ただ、と、レオナルド様が続ける。


「確かに事実である部分も含まれる。

 我々のトップシークレットであった、邪神の話や旧国の話を知っていた。

 貴国の重要情報であるはずの聖女のティアラについてや、封じられている邪神の場所も知っている。皇国の内情も一部ではあるが把握している。

 それならば、彼女の話が全て現実に即していなくても、今はその筋から離れていたとしても。有用な情報はあるはず」


 頷く。パズルのピースは確実に存在する。


「彼女の軍での仕事は、現状との比較検証。ここで公表することで、皆様にも協力を願いたい」

「情報を彼女に供せよ、と?」


 ハーミッドが不快感を露わにして反対する。


「我々は邪神に向けて足並みを揃えねばならない。そうなれば、情報の共有は不可欠だ。

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()、神聖軍は我々との同盟を結んだのだからな」

「確かに現状、我々は国から離反した状態です。今後の事態を考慮すると、物資提供や人員確保以外にも、情報は欲しい」


 え、離反してるの? フェイファー皇帝は現状を知らないの?

 マジか、紫音は何をどれだけ動かして和平に漕ぎ着けたんだ。


「戦争は、事前にどれだけの情報を集められるかが肝になる。今回は二国間の戦争ではなく、邪神に対しての大規模な戦い。

 情報の精査は必要だが、ミワの知識は存分に使うべきだと考えます」


 私の疑問が伝わったのだろう、横に座っているケインが「(軍師の仕事は現場の采配だけではないんですよ。むしろ前準備がほとんどです)」と、小声で教えてくれる。

 知らなかった。ゲームではそこまで描写されていないから。……これはゲームとの齟齬ではなくて、描かれていなくて知らなかった部分だね。


 だけどさ、いくら情報をくれっていっても、そうホイホイ渡せる物でもないよね。どうやって交渉するんだろう?


「そこで」


 ソニア様の声が響いた。


「我が領の『特産品』で取引いたしませんか?」


 オイルの話がここで出た。




 ******




 ミント、レモングラス、シダーウッド。ラベンダー、イランイラン。

 五種類のオイルがテーブルに並べられた。

 簡単な説明を、現場担当の私が行う。正体がばれても、この仕事を手掛けていることに変わりはない。


「このうちの二種類。フェイファーの独占販売という形で如何でしょうか」


 ぎょっとしてソニア様を見てしまう。利権を手放す!?


「技術や製造の権利は従来通りラヴィソフィであると」

「ええ。ですので、こちらから輸出した物がフェイファーのみで出回る、と考えていただければ。関税は極力低く設定いたします」


 シヴァとソニア様が表面上は和やかに取引を開始した。

 特許という概念があるのかどうか分からないけれど、とにかく販売と使用を譲った、ってことかな。


「二種類とは(いず)れか?」

「それを今、選んでいただけますか? 総司令官様と、聖女様、それぞれでお一つずつ」


 急に話を振られた紫音だけど、軽く頷いて瓶に手を伸ば……そうとして、ハーミッドに押さえられた。


「せめて、危険性をご考慮ください」


 そりゃそうだ。それに頷いたソニア様は、護衛を五人呼んでそれぞれの手の甲にオイルを塗り広げる。それを見たシヴァも、同じようにフェイファーの護衛に施す。


「……問題ないと見做しましょう。私と、シオンですね?」


 ようやく二人の手元に瓶が渡る。

 すぐに紫音が「あたしコレ!」と声を上げる。イランイラン。

 そうだね、私は苦手な匂いだけど、紫音は好き。そして私が使えるラベンダーは、紫音は大の苦手。だからラベンダーは手に取りさえしなかった。

 シヴァは一通り確認してから、「では、これを」と、レモングラスを選んだ。


「ここで選んでいただきたかったのは、『軍総司令官が選んだ』『聖女が選んだ』品だという箔付けです。ですので、それを存分に利用してくださいませ。

 できれば上手く使って情報を得てきていただきたいですわね」


 シヴァは机に両肘を付き、トントントンと三度両手の指を突き合わせてから、下座の方に座っていた文官さんらしき人に二種類の瓶を渡す。

 使おう、という意思表示のようだ。


 ゲームでは相当な切れ者キャラだったシヴァ。現時点で、いくつもの使い道を考えているんだろう。

 シヴァから出された「暫く休憩時間を頂戴したい」という要請は、皆の疲れを考えただけでなく、オイルに関する指示を出したいんだと思う。ハーミッドや高位の人間と共に、少し離れた場所で打ち合わせを始めた。




 一旦場が散った段階で、ロイがさりげなく私の近くへ移動してきた。少し距離はあるけれど、たぶんロイの間合いの中に入っている。

 そっか。私はより狙われやすくなったんだ。フェイファー存続の情報を持っているから。

 守ってもらえて安心とはいえ、やっぱり怖いものは怖い。

 口を軽く引き結ぶと、ひょこひょこと紫音が寄ってきた。


「美和ちゃん、一緒にいよう? ね、それなら何かしようとする人なんていない……よね?」


 会議場全体に渡るくらいの明るい声で、紫音が笑う。

 この子も気付いている。

 私がここに来たことによって、良くも悪くも未来が左右される。


「あたしは美和ちゃんの味方だから! だって、邪神を何とかしたい聖女にとって、美和ちゃんは心強い仲間なんだよ」


 何か言いかけたフェイファーの人が、そのまま口を閉じる。


「美和ちゃんにはいっぱい働いてもらわないとねー」


 腕を組んで私を見上げる紫音は、聖女ではあるけれど、やっぱり今まで通りの紫音だった。




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