71.やっぱり仕事の出来る人って凄いね
帰城の時が来た。
なかなか楽しい出張だったな。特に環境が抜群に良かった。
ここでずっと仕事をしていても良いよね、って、トニーさんと現実逃避したり。
そんな訳にはいかないから、大人しく荷物を纏める。
商品として流通させたい裏に、フェイファーとの駆け引きに使うという理由が隠れていることは、トニーさんもサッシュさんも知らない。
だから、この帰還は実はギリギリのタイミングだということも、分かっていない。
勿論分かっているロイは、二人に……一般人に見せる書類とは別に、ソニア様専用の書類も追加で作成している。戦士の本分じゃないのに、本当に頭が下がる。
城に帰ったら、薬師室へ合流するトニーさんやサッシュさんと別れて、私たちはソニア様の元へ行く予定。仕事が早い&出来るトップに報告するんだから、ちょっと胃が痛い。一足飛びに社長へ報告するようなものだしね。いや、そもそもこのプロジェクト、間に部長も課長も挟まっていないんですが。
来た時と同様、私はロイと馬に二人乗り。トニーさんは魔物除けの香を節約するためにも、サンプルで多くなった荷物や、一緒に城へ来ることになったサッシュさんと一緒に、馬車での移動。
乗ってきた馬はどうするのか聞いたら、暫く森で預かっていてもらうそうだ。「これでまた森に来る名目ができた!」とか喜んでいる。ブレないなぁ。
帰りの服も、行きと同様に暗めの色。行きと一緒の服でも良かったのに、ロイはわざわざ買ってくれたんだ。だったら着るよね。
黒のロングブーツに同じく黒のスキニージーンズをインして、ベルトは栗色。上はザックリした臙脂色の長袖サマーセーター。大きく開いたVネックだから暑くない。やっぱりこれらもお高かった。
それなのに、ロイは行きと同じ服なんだよ? 全身黒、ジャケットだけ臙脂。
文句を言ったら、「この方がペアコーデっぽいだろ」って。それはそうだけど、ここでそれを気にしなくても良いと思うの。
行きとは関係性が大きく変わったんだけど、後ろから抱え込まれるとまだちょっと緊張する。一方のロイは、遠慮なくひっついていられるからか、上機嫌。
帰ったらタイトなスケジュールが待っているけれど、こういう時間が取れたから、出張も悪くなかった。うん、やっぱり楽しい出張だったよ。
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城に着いたその足で、奥に案内してもらう。
上司に挨拶しないで良いのだろうか。良いのかな、今の私はソニア様の指示で動いているんだし。
ニコニコ笑顔で待っていたソニア様に、一連の書類を提出する。彼女が読んでいる間に、私たちはティータイム。奥のお菓子は美味しい。特にカヌレが気に入った。どこかで買えないだろうか。無理かな。
一通り目を通したソニア様が、一息吐いてティーカップを持ち上げる。
「お疲れ様。面白い報告だわ。
純粋に種類が増えたし、ターゲットによってサッパリ系と濃厚系に分類させるのも面白いわ。それに、ジェル? 思い切った舵取りをしたわね。
この様子なら、更に種類を増やせそうね」
素人考え、感覚で話を進めているけれど、売る先が貴族ではないからそれで充分らしい。
実際のサンプルを横目に、ソニア様が頬に手を当てる。
「新作オイルの中でもお勧めなのが、ティーツリーとサンダルウッド、イランイラン……ね」
ティーツリーは、最初から製作をお願いしていたもの。前回は間に合わなかったから、新作として提出してもいいと判断した。
サンダルウッド、つまり白檀。だいぶ甘い香りだから、濃厚系に分類。現世でも比較的馴染み深い香りだったから、早くに候補入り。
イランイランは私が少し苦手な香りだから避けていたんだけど、メンバーには好評だった。私だけの話じゃなくなるんだから、候補に挙げた。
「サンダルウッドは少しだけ原価が高いのね。それなら初期流通はイランイランの方がいいかしら。
これで、サッパリ系がミント、レモングラス、ティーツリー。濃厚系がラベンダー、イランイラン。様子を見てサンダルウッド……ってことね」
ティーセットが下げられ、実際の香りを確認していくソニア様。傍らにコーヒーが用意された。飲むのではなく、嗅覚をリセットさせるのに使うらしい。既にそんな情報まで把握しているのか……。
コーヒーを運んできた侍女さんが、今度はサンプルを受け取って退出していく。ソニア様の話す内容から先を察して、次の行動に移るようだ。相変わらず仕事のテンポが速い。
「生産流通体制はほぼ整えてあるわ。交渉までに完全商品化とまではいかなかったけれど、城内限定販売程度なら販売実績として数字は出せそうね。
サンプルを出して交渉するにはこれで最低限、かしら」
白く長い指が、オイルの瓶からジェルの容器へ移る。
次はそちらの話になるらしい。
……ところが、その話を始める前に、急の知らせが飛び込んできた。
急ぎ足ながら顔色は変わっていない侍女さんが、一礼してから用件を述べる。
「フェイファーから、和平会談の申し出があったとのことです。
すぐにでも場が設けられると、旦那様からの指示が下りました」
さすがに笑顔が引っ込んだソニア様が、僅かに唇を噛んだ。
すぐに一つ頷いて、
「いいでしょう。レオに『了解しました、私も出ます』と伝えて」
と指示を出す。
驚いたのは私とロイ。侍女さんは淡々とお辞儀をして、足早に出て行く。
「どういうことですか、ソニア様」
「聞いた通りよ。こちらの望んでいた会談が始まる。叛意される前に場を設けてしまうのね。この好機を逃すわけにはいかないわ」
そうじゃない!
「ソニア様も出るって、どういうことなんだ。軍の仕事だろう」
「忘れてはいけないわ、ロイ。
この品は交渉に使う。けれど、万全な状態ではない。だから、責任者の私が向こうでハッタリを仕掛けないとね」
「ここの仕事はどうするんだ」
「勿論クロエよ。ロブとエルマに補佐させるわ」
誰。
「(クロエは若奥様。ロブは執事でエルマは家政婦長。奥の要だ)」
ロイがこっそり教えてくれる。うん、完全モブどころか、ゲームに出てこない人たち。名前はとりあえず置いておこう。
「考えてみれば、ミワちゃんにもいい話よ」
「と言いますと?」
ソニア様が少しだけ身を乗り出してきた。
「あなたの本当の役割は、聖女の真贋を見極めること。だけど、それを他の人に悟られるわけにはいかない。
軍師補佐官という役職は付いているけれど、実際にその場で書記をすることはできない。ただいるだけ、となると、先方に警戒される恐れもあるわ。
そこで、この品の担当を兼任していると設定するわけ。軍師補佐として、『内政との架け橋を担い、軍資金の徴収計画を立てている』とすれば、私とマーク、双方の補佐という表向きの名目が完成するの」
まあ、設定というか、実際に担当しているのだけど。軍資金の徴収計画っていうのも、最高責任者のソニア様の頭の中にあるなら、嘘ではないのか。
二足の草鞋と思いきや、普通に一つの仕事として統合されてしまった。
私が納得する一方、はー、とロイが大きく息を吐いた。
「大丈夫、そこまで心配せずとも、勝算はあります。
先方から和平を申し出てくれた、とのこと。つまり、実質、降伏に近いわ」
目を瞬く。ロイの方は、だいたい察しているらしい。
「武力主義の神聖国が、和平を言い出した。攻め込んできた本人が、戦争を終結しましょう、と言ってきたのよ。
何かの思惑があるのか、一枚岩ではないということか、そこまでは分からないけれど。こちらが有利になっているのに変わりはないのよ」
いつの間にか淹れ直されていた紅茶を一口飲んで、「それからね」とソニア様が続ける。
「武力衝突が収まった後は、経済問題が後ろに控えているの。
邪神との戦いに備えて協力体制を敷くならば、それは避けては通れないことよ。
手っ取り早いのは、こちらが有利なうちに担当者が出て話を進めてしまうことね」
ようやく少しだけ微笑んだソニア様は、
「あなたたちも参列するのだから、急いで準備なさいな」
と、席を立つ。
……やっぱりこの人は仕事のテンポが速い。




