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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
71/132

71.やっぱり仕事の出来る人って凄いね



 帰城の時が来た。

 なかなか楽しい出張だったな。特に環境が抜群に良かった。

 ここでずっと仕事をしていても良いよね、って、トニーさんと現実逃避したり。

 そんな訳にはいかないから、大人しく荷物を纏める。


 商品として流通させたい裏に、フェイファーとの駆け引きに使うという理由が隠れていることは、トニーさんもサッシュさんも知らない。

 だから、この帰還は実はギリギリのタイミングだということも、分かっていない。

 勿論分かっているロイは、二人に……一般人に見せる書類とは別に、ソニア様専用の書類も追加で作成している。戦士の本分じゃないのに、本当に頭が下がる。

 城に帰ったら、薬師室へ合流するトニーさんやサッシュさんと別れて、私たちはソニア様の元へ行く予定。仕事が早い&出来るトップに報告するんだから、ちょっと胃が痛い。一足飛びに社長へ報告するようなものだしね。いや、そもそもこのプロジェクト、間に部長も課長も挟まっていないんですが。


 来た時と同様、私はロイと馬に二人乗り。トニーさんは魔物除けの香を節約するためにも、サンプルで多くなった荷物や、一緒に城へ来ることになったサッシュさんと一緒に、馬車での移動。

 乗ってきた馬はどうするのか聞いたら、暫く森で預かっていてもらうそうだ。「これでまた森に来る名目ができた!」とか喜んでいる。ブレないなぁ。




 帰りの服も、行きと同様に暗めの色。行きと一緒の服でも良かったのに、ロイはわざわざ買ってくれたんだ。だったら着るよね。

 黒のロングブーツに同じく黒のスキニージーンズをインして、ベルトは栗色。上はザックリした臙脂色の長袖サマーセーター。大きく開いたVネックだから暑くない。やっぱりこれらもお高かった。

 それなのに、ロイは行きと同じ服なんだよ? 全身黒、ジャケットだけ臙脂。

 文句を言ったら、「この方がペアコーデっぽいだろ」って。それはそうだけど、ここでそれを気にしなくても良いと思うの。


 行きとは関係性が大きく変わったんだけど、後ろから抱え込まれるとまだちょっと緊張する。一方のロイは、遠慮なくひっついていられるからか、上機嫌。

 帰ったらタイトなスケジュールが待っているけれど、こういう時間が取れたから、出張も悪くなかった。うん、やっぱり楽しい出張だったよ。




 ******




 城に着いたその足で、奥に案内してもらう。

 上司(マーク)に挨拶しないで良いのだろうか。良いのかな、今の私はソニア様の指示で動いているんだし。


 ニコニコ笑顔で待っていたソニア様に、一連の書類を提出する。彼女が読んでいる間に、私たちはティータイム。奥のお菓子は美味しい。特にカヌレが気に入った。どこかで買えないだろうか。無理かな。

 一通り目を通したソニア様が、一息吐いてティーカップを持ち上げる。


「お疲れ様。面白い報告だわ。

 純粋に種類が増えたし、ターゲットによってサッパリ系と濃厚系に分類させるのも面白いわ。それに、ジェル? 思い切った舵取りをしたわね。

 この様子なら、更に種類を増やせそうね」


 素人考え、感覚で話を進めているけれど、売る先が貴族ではないからそれで充分らしい。

 実際のサンプルを横目に、ソニア様が頬に手を当てる。


「新作オイルの中でもお勧めなのが、ティーツリーとサンダルウッド、イランイラン……ね」


 ティーツリーは、最初から製作をお願いしていたもの。前回は間に合わなかったから、新作として提出してもいいと判断した。

 サンダルウッド、つまり白檀。だいぶ甘い香りだから、濃厚系に分類。現世でも比較的馴染み深い香りだったから、早くに候補入り。

 イランイランは私が少し苦手な香りだから避けていたんだけど、メンバーには好評だった。私だけの話じゃなくなるんだから、候補に挙げた。


「サンダルウッドは少しだけ原価が高いのね。それなら初期流通はイランイランの方がいいかしら。

 これで、サッパリ系がミント、レモングラス、ティーツリー。濃厚系がラベンダー、イランイラン。様子を見てサンダルウッド……ってことね」


 ティーセットが下げられ、実際の香りを確認していくソニア様。傍らにコーヒーが用意された。飲むのではなく、嗅覚をリセットさせるのに使うらしい。既にそんな情報まで把握しているのか……。

 コーヒーを運んできた侍女さんが、今度はサンプルを受け取って退出していく。ソニア様の話す内容から先を察して、次の行動に移るようだ。相変わらず仕事のテンポが速い。


「生産流通体制はほぼ整えてあるわ。交渉までに完全商品化とまではいかなかったけれど、城内限定販売程度なら販売実績として数字は出せそうね。

 サンプルを出して交渉するにはこれで最低限、かしら」


 白く長い指が、オイルの瓶からジェルの容器へ移る。

 次はそちらの話になるらしい。




 ……ところが、その話を始める前に、急の知らせが飛び込んできた。




 急ぎ足ながら顔色は変わっていない侍女さんが、一礼してから用件を述べる。


「フェイファーから、和平会談の申し出があったとのことです。

 すぐにでも場が設けられると、旦那様からの指示が下りました」


 さすがに笑顔が引っ込んだソニア様が、僅かに唇を噛んだ。

 すぐに一つ頷いて、


「いいでしょう。レオに『了解しました、私も出ます』と伝えて」


 と指示を出す。

 驚いたのは私とロイ。侍女さんは淡々とお辞儀をして、足早に出て行く。


「どういうことですか、ソニア様」

「聞いた通りよ。こちらの望んでいた会談が始まる。叛意される前に場を設けてしまうのね。この好機を逃すわけにはいかないわ」


 そうじゃない!


「ソニア様も出るって、どういうことなんだ。軍の仕事だろう」

「忘れてはいけないわ、ロイ。

 この品は交渉に使う。けれど、万全な状態ではない。だから、責任者の私が向こうでハッタリを仕掛けないとね」

「ここの仕事はどうするんだ」

「勿論クロエよ。ロブとエルマに補佐させるわ」


 誰。


「(クロエは若奥様。ロブは執事でエルマは家政婦長。奥の要だ)」


 ロイがこっそり教えてくれる。うん、完全モブどころか、ゲームに出てこない人たち。名前はとりあえず置いておこう。


「考えてみれば、ミワちゃんにもいい話よ」

「と言いますと?」


 ソニア様が少しだけ身を乗り出してきた。


「あなたの本当の役割は、聖女の真贋を見極めること。だけど、それを他の人に悟られるわけにはいかない。

 軍師補佐官という役職は付いているけれど、実際にその場で書記をすることはできない。ただいるだけ、となると、先方に警戒される恐れもあるわ。

 そこで、この品の担当を兼任していると設定するわけ。軍師補佐として、『内政との架け橋を担い、軍資金の徴収計画を立てている』とすれば、私とマーク、双方の補佐という表向きの名目が完成するの」


 まあ、設定というか、実際に担当しているのだけど。軍資金の徴収計画っていうのも、最高責任者のソニア様の頭の中にあるなら、嘘ではないのか。

 二足の草鞋と思いきや、普通に一つの仕事として統合されてしまった。

 私が納得する一方、はー、とロイが大きく息を吐いた。


「大丈夫、そこまで心配せずとも、勝算はあります。

 先方から和平を申し出てくれた、とのこと。つまり、実質、()()()()()わ」


 目を瞬く。ロイの方は、だいたい察しているらしい。


「武力主義の神聖国が、和平を言い出した。攻め込んできた本人が、戦争を終結しましょう、と言ってきたのよ。

 何かの思惑があるのか、一枚岩ではないということか、そこまでは分からないけれど。こちらが有利になっているのに変わりはないのよ」


 いつの間にか淹れ直されていた紅茶を一口飲んで、「それからね」とソニア様が続ける。


「武力衝突が収まった後は、経済問題が後ろに控えているの。

 邪神との戦いに備えて協力体制を敷くならば、それは避けては通れないことよ。

 手っ取り早いのは、こちらが有利なうちに担当者が出て話を進めてしまうことね」


 ようやく少しだけ微笑んだソニア様は、


「あなたたちも参列するのだから、急いで準備なさいな」


 と、席を立つ。

 ……やっぱりこの人は仕事のテンポが速い。




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