70.いくつかの方法
先に晩ご飯を食べてて、とトニーさんに伝えたものの、このまま顔を出していいものかどうか。他の人を見たら挙動不審になる自信がある。何かあったってすぐバレそう。
ロイはもう普段の調子を取り戻してるみたい……見た目だけは。さっきから抱き込んだまま離してくれないんだよね。私はぬいぐるみですか。大人しく頭を預けている私も私だ。
ロイ、平然として見えるし、やっぱり今までにいくつも恋愛してきたのかな。してきたんだろうな、格好いいし。優しいし。強いし。大人だし。
こんな時、どうすればいいのかも分かっていそう。
だけどそんな話、詳しく聞きたくない。……恋愛経験値くらいは聞いても大丈夫かもしれない。
口を尖らせて考えている私に気付いて、ロイが「どうした?」と覗き込んできた。
「えっと、ロイは経験豊富そうだなぁ、ここからどうしたらいいか教えてほしいなぁ、って」
「…………お前は……」
項垂れた顔が少し赤い。私はまた何かやらかしたらしい。
あ、そっか。言葉が足らなさすぎた。そんな聞き方したら、普通、セクシャルな意味に取られるよね……。
「ごめん、聞き方悪かった。
恋愛経験たくさんありそうだから、こういう時に他人に対してどう振る舞えばいいのか知ってるかな、今から晩ご飯で皆に会っちゃうしな、困ったな、って、そういう」
言い訳をしたら、ぎゅっと一際強く抱き締められた後、肩を持って引き離された。
何か言われる前に先手を打つ。
「分かった。一旦、晩ご飯どうするかは横に置こう。
ごめんなさい。私の軽率な行動はどうしたらいいでしょうか」
「やらかしたら学習するとは言っても、やらかすこと自体は防げないからな……心臓に悪い」
だからごめんなさい。
「マークはたぶん既にやられてるな。それだけじゃない、トム様やトニーや、下手するとレオ様や、その辺りも危ないな」
ん? 心配しているのはそっち? ロイ自身ではなく?
「そうだな、俺にやらかす分にはもう問題ないんだから、暫く他の男とは接触禁止にするか」
「極端過ぎる!」
「冗談だ。さて、だが本気でどうしたもんか……」
もう一度抱き込まれた後、椅子に座って悩み出した。ナチュラルに膝上へ乗せられている。やっぱりぬいぐるみみたいだ。
でも、私みたいな大柄な女が誰かの膝の上に乗るなんて、考えてもみなかったから。実は少し嬉しい。
「仕方ない、宿題だな。
で? 本題は、これからどう振る舞うか、だったな?」
「うん、それが今一番必要なことで」
ポリポリと頬を掻いてから、「それじゃあ」と提案されたことは――。
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「すみません、遅くなりました」
「ミワさん。良かった、終わる前に合流できて。
あれ? ロイさんは?」
「ミーティング内容を書き留めてから来るって言ってたよ」
方法その一。まずはバラバラに姿を見せる。
「で、何か問題があったの?」
「いやね、オイルとジェルの違いについて、思い出した時に話をしてメモっておきたくて」
「それじゃ、後でオレにも教えてもらえる?」
「勿論」
方法その二。本当に少しだけ仕事をしていく。
「それじゃ、急いで食べちゃうね」
「はーい。じゃ、食べるのに専念しちゃって」
方法その三。喋らない。
「悪い悪い。遅くなった」
「あ、ロイさん! もう書類終わったんですか?」
「まぁな、大した量じゃなかったし。
……そうだ、トニー。こいつ、俺が貰ったから手出すんじゃねぇぞ?」
方法その……あれ? え? 言っちゃうの? 聞いてないよ?
「マジすか!? え、ミワさん、そうなの? 昼間の話ってこれ??」
タイミングいいのか悪いのか、私はご飯を口に運んだ直後だった。
返事できないうちに、ロイとトニーさん、ついでにエルフ薬師のサッシュさんが話を進めている。
「ミワは自覚なく色々とやらかすからな、先にお前ら味方に付けとこうと思って」
「つまり、彼女に悪い虫が付きそうなら追い払えばよいのですね?」
「そうそう。後はだな、自覚なく男を煽るから、見かけたら諌めといてくれ」
「了解っす」
水を飲んで口の中を空にした頃には、だいたいの話が纏まっていた。本人は置いてけぼりですけども?
方法その四は、ロイに任せる……って内容だったんだ。任せたけどね、任せたのだけれどもね。こうなるとは。
確かに、私が挙動不審になる間もなく話が付いた。多少照れた所で、スルーされるはず。当初の目的は達成された。まぁいいか、こうなってしまっては仕方がないもの。
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皆の食事が済んだ後、場所を屋内に移して、実際に少しだけやってきた仕事の話を共有する。
私が最初、ジェルではなくクリームでもなく、オイルにしたかった理由。
「ヘッドスパもしたかったんだよね」
「ヘッドスパとは?」
馴染みのない単語だからか、トニーさんが首を捻る。
「頭皮のマッサージ。クレンジング効果もあるみたいだけど、私の場合は香りでリラックスする方が目的だったんだ」
汚れを浮かせて、マッサージで血流を良くして、そして香りで癒やされる。
これはオイルが一番やりやすい。というか、オイル以外で出来るのか知らない。
大衆浴場で行うことになるんだから、番台のお婆ちゃんには許可を得ている。軍に来るまでは中途半端な時間に入っていたから、あっさりOKを出してくれた。念の為、一番端っこの排水口付近を定位置にしている。
最初はザックリとしか説明していなかったけれど、興味を覚えたらしいお婆ちゃんに詳しく話したら、予想以上に話が盛り上がった。
しっかり洗わないとかえって汚れになるから、専門家でもない私は、完全自己責任で使っている。
そういうわけで、基本的には「誰にでも使える、身体のマッサージに使う物」として話を進めていた。
「オイルとジェルでは、性別以外にも使用シーンが変わってくるんだよね」
方やリラクゼーションを主目的とするもの。方やリフレッシュを主目的とするもの。
ソニア様に提案するなら、そこまで含めた書類にしないと。
ターゲットが変わるだけではない、そもそものコンセプトが変わってくる。商品とするなら、そこも重要なはず。
――と、一通り説明が終わって、トニーさんとサッシュさんが退席した後。
「やっぱりミワは、仕事の話が始まると恋愛沙汰なんて目に入らなくなるな。予想通りだ」
と、ロイに笑われた。
そっか、それで方法その二、だったんだね。




