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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
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69.凭れられる大樹、飛び込めるベッド



 トニーさんの出現で極度の緊張から立ち直った私は、仕切り直して一呼吸。間が悪いと言えばそうなんだけど、むしろ良くやってくれたと感謝したい。


「ちょっとミーティングしてから行くから、先に始めてて!」


 手を振ると、早めに来ないと火が消えちゃいますからね、と言い残して去って行った。よし。


「ロイ、ちょっと」


 腕を掴んで部屋に引っ張り込む……あ、またやらかした感。後から絶対悶えるやつ。

 いいの、今はそんなこと、横に置いておく。大事なのはそこじゃない。

 引っ張られるまま大人しく付いてきたロイ。ドア近くで振り向いて向かい合う。自分自身の逃走防止のためにも、私は部屋の奥側。さあ、頑張れ、自分。


「心を決めました」


 前置きもなく告げた私の言葉に、黙ったまま、こちらを見続けるロイ。少しだけ、目の奥が鋭くなったような気がする。


「私、ロイのことが好きです。良ければ、お付き合いしてください」


 ぺこり、と頭を下げてから、もう一度ロイの表情を伺う。

 いつも通りの優しい顔をしているのかと思いきや、さっきのままの真剣な顔。


「マークじゃなくて、俺を選んだと? 俺だけを?」


 硬い声は、何となく、あの夜を思い出す。

 尻込みしそうになるけれど、でも、私の心はもう決まったから。目を見てしっかり頷く。

 ゆっくり伸ばされた手は、あの夜とは違って両肩に優しく添えられて、だけどあの夜と同じように視線は私。


「さっきまでとは違う話だな。どういう心境の変化があったか、聞かせてもらえるか?」

「そう……だよね。お昼の時点では私もまだ混乱してたから。でも、休憩中にトニーさんがヒントをくれて、考えたんだ。

 あのね。私はずっと、誰かに甘えたかった。ロイには最初から無意識に甘えていた。でもマークはそうじゃない。

 自立した大人として恥ずかしいと思うけど、もし許されるなら。私が甘えてもいい、寄りかかってもいい、大きな木のような人が欲しい。そしてそれはロイがいい」


 喋りながら、少しずつ後悔が滲み出てくる。

 守りたいと言ってくれたけれど、本当にそれを真に受けてしまっていいのか。庇護することで、恋人ではなく妹という認識に変わるかもしれない。甘えさせろなんて、寄生したいと取られても仕方ない。私はそんな可愛らしいキャラじゃない。そう、私は可愛げのない、一人でも生きていけそうな強さがある、どちらかというと友達や相棒としての位置付けで付き合うとかそういう風には思えない……――。

 大きく膨らんだ不安は、言っちゃいけないと思いながらも口をつく。


「だけど私は、可愛げのない、守る対象だと思えなくなるような、そんな人間だから。もし私が今言ったことで妹のような感覚になったなら、ウザいと思ったなら、遠慮なく振ってくれても」


 ああ、結局私はこうして自分で自分を守る。いつもの癖。

 いつの間にか彷徨っていた視線を、軽く肩を揺すぶって戻させたロイ。


「そうだな、今度はミワが告白してくれたんだ、それを受けてどうするかは俺が決める。

 だけど、俺の気持ちは変わらない。変わっていない。今でもお前を守ってやりたいし、頼ってもらいたいし、だから甘えたいと言ってくれて本当に嬉しいんだ」


 嬉しいと言いながらも、笑顔がない。


「ミワが可愛げがない? 何でそう思う」

「だって、私は女にしては大きいし、お洒落もしないし、ふわふわしていないし。自分でできることは自分でやっちゃうタイプだし、頭でっかちの屁理屈屋だし」


 言葉の途中で、肩を引かれて、ふんわりと身体が包まれる。襟ぐりに顔が当たるなんて、やっぱりロイは大きい。だけど、もっと小さい子なら、きっと胸の中ですっぽりと隠れるほど丸ごと抱き込まれて……。


「あのな。可愛さなんて、お前が決めるんじゃない、俺が決めるんだ。世間一般の意見が何だ、俺にとってはお前は可愛い」


 考え込んでいたのに、可愛いなんて言われ慣れていない言葉を直球で貰ってしまって、思考が止まる。どうしたらいいのか分からない。


「屁理屈屋なら、余計安心して守られていろ。俺はお前の考えまで含めて守ってやる。

 ああそうだ、木っていうのは良い喩えだな。遠慮なく寄りかかれ、俺はちょっとやそっとじゃ倒れない」


 ちょっとずつちょっとずつ、ロイの腕の力が強くなる。


「目を閉じて力を抜いてみろ」


 言われた通りにしてみる。立ったまま力を抜くって難しいけれど、ロイの腕がしっかりホールドしてくれるお陰で、少しずつ身体の強張りを解していってもブレたりしない。

 温かい。上半身が温かく包まれている。身体の前面はとっても温かい。

 鼻を掠めるのは、自分とは違う人の体臭。全然臭くないし、何なら甘いくらいで、静かに息をしていても気持ちが良い。

 メガネが邪魔。つい頭を動かしてしまって、唇に何かが触れる。鎖骨?

 ロイが少し震えたのをきっかけに、ゆるゆると目を開ける。何だか頭がほわんとする。

 顔を上げて少し身体を離したら、怖いくらいの真顔ではなく、やっと見られた優しい顔。少しだけ目を緩めて、口の端を上げて。


「本当に、俺に身を預けてくれたんだな」


 片手で緩く抱え込んだまま、もう片方の手を私の髪に差し入れ、ゆっくりと梳いていく。

 大きな指が気持ち良い。短い髪はすぐに毛先まで梳かれるから、ロイの手は何度も何度も私の頭を撫でていく。


「お前が妹だって? 最初からそんな目で見ちゃいない」


 髪を梳いた手でそのまま頭を抱き寄せられ、私はもう一度ロイにぴったりくっついた。

 自分でも分かった。ここはとっても心地良い。この場所が欲しい。今度は私も腕を回して抱き付く。


「妹だったら、まあ、抱き締めたいっていうのはあり得るかもしれんが。

 振る舞い一つ一つに翻弄されて照れるような真似、妹にするかっての」


 ちょっと視線を上げたら、赤くなった耳が見える。


「家族になるのは兄妹でもできるが、お前との子供も欲しいって思ってるんだから、妹にはならない。……子供ってことは、つまり、そういうことをしないと作れないだろ」


 私の顔も赤くなった気がする。そうですけど。そうですけども。駄目駄目、今考えちゃ駄目。想像したら動けなくなるから!


「まあ、今はそんな先のことはいいさ。ミワはただ俺に寄り掛かっていれば良い。ドロドロのグダグダに甘やかしてやるから」

「それはちょっとどうかと思う」


 思わず口を挟むと、小さく笑われた。


「ミワならそう言うと思った。だから、足して二で割れば丁度良いだろ」

「そういうもの、かな」

「全力でもたれ掛かっても倒れない場所になってやる。力を抜いて身体を投げ出せるような場所になってやる」


 もう一度腕の力が強くなっていく。


「早いとこフェイファーを何とかして、邪神を何とかして、全てを終わらせよう」


 頷いて、私も腕に力を込める。

 私は元の世界を捨てた。居場所はこの世界。できればこの腕の中が良い。




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