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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
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68.さようなら



 休憩時間終わりというトニーさんに手を振って、私は川から足を引き上げる。

 いい陽気。ハンカチで水気を拭き取りながら、掴んだばかりの自分の気持ちに向き直る。




 そっかぁ。私、ロイが好きだったんだ。

 マークもロイも、どっちも好きだと思っていた。だけど、その中身は少しずつ違った。

 ドキドキするかどうかで考えていたから、動けなかった。

 でも、物差しさえ見つけてしまえば、シンプルだったんだ。


 ……あ、駄目だ駄目だ。恥ずかしい。今までに色々やらかしてる。今更だけど、改めて振り返ると、相当やらかしてる。

 気軽にくっついていたし、何度も一緒に出掛けるのを頼んで――つまりデートをせがんでいたし、私の部屋にも入ってもらったし、間接キスとかしていたし。

 気にしていなかったことのはずなのに、何で急に意識しちゃうかな? そして、何で意識した途端に全部恥ずかしい記憶に塗り変わるのかな!?

 頭を抱えてゴロゴロしたい。やっぱり草塗れの葉っぱ塗れになるからしないけど。

 やらかしたことの反省会はいつものこと。切り替え……られるかな? 戻ったらロイに会うよ? 大丈夫?




 ******




 ひとしきり心の中でのたうち回ってから、もう一つ、考えなければならないことを思い出した。

 

 紫音。そろそろいつもの定期飲み会を開催する頃合い。会いたい、会ってたくさんの話をしたい。

 でも、紫音と会うためには、マークとも、ロイとも、クルスト軍やメーヴ城の人たちとも……この世界全部とお別れしなきゃならない。


 元の世界に戻るんだったら、このままロイを好きでいて良いの?

 元の世界に戻らないなら、現世の心残り――紫音を諦められる?


 川縁から少し離れ、張り出した木の根に腰掛ける。

 いつの間にか浅くなっていた呼吸を、意識して深くする。

 大きな木の幹に背中を預けて、梢を仰ぎ見る。

 こんな風に周りを見たのは、いつぶりだろう。元の世界ではそこそこ充実した生活をしていたと思っていたけれど、ここに来てからの日々はそれを軽く上回る。


 ゲームと同じように美しい世界。

 元の世界だって、見たことのない風景や美しい風景はいくらでもある。それなのにこの世界にこんなに心惹かれるのは、ゲームを追体験できるから。ゲームでは分からなかった清濁も、実感できるのが嬉しいから。

 今はもう、それだけじゃない。私の心に深く入り込んだ人たちがいる。




 私は、ここにいていいのか。

 私は、帰る方法を探したいんじゃなかったのか。

 私は、ここにいる大切な人たちを……そして好きな相手を、そのまま諦めるのか。


 ここに来る直前、一緒にいた紫音。

 向こうで心配してくれてるといいな、してくれているだろうな、していてほしい、と思う一方で。

 心配してくれなくてもいい、大して何とも思われていなくても構わない、私なんか気にしてくれるな、とも願う。それなら紫音の心労は少ないもの。

 どちらにせよ、何も伝えないままここに一人いるのが、私の心に棘となって刺さる。


 じゃあ、もし紫音に伝えられたら? こちらに留まるの? 帰るの?

 例えば、「今ここで帰ることが出来る、これを逃すと帰られない」って状況になった時、私はどうするの?




 ごちゃごちゃ考えすぎだよ、というトニーさんの言葉が蘇る。

 一つの物差しを決めて、それで考えてみたら? って。


 物差し。紫音とロイに共通すること。甘えられる相手。

 紫音は、確かに甘えられる相手。だけど、家族とか、それ以上の存在にはなれない。定期的に会ってはいるけれど、あくまで友人の一人。

 ロイも、甘えられる相手。そして、もしかしたら、私の家族になれるかもしれない人。もう誰もいない、私だけの家族。……勿論、そうなれるとは限らないけれど、紫音とは違う。


 天秤にかけるなら、どっち?

 友人だけど、10年付き合ってきた、紫音。

 好きな人だけど、10年前から知っているけれど、実際には出会って間もない、ロイ。

 どちらを諦める? 優先順位はどちらが高い?




 目の前のアリが右から左に通り過ぎるまで考えて、結論が出た。


 ずっとずっと私を助けてくれてありがとう、紫音。

 だけど、私が好きになって、私を好いてくれる人を、諦められない。私にとっては奇跡なんだよ。


 夢だったんだよ。エマちゃんと初めて話した時も思った、幻想。

 ほとんど信じていない運命に、未だに少し憧れていた。

 紫音の他にも心の内を見せられる、大切な人に出会えることを夢見ていた。

 年を取って経験を積んで、考え方が昔と変わったりもしている部分もあるけれど。これは今も変わっていなかった。

 それがね、叶ったんだよ。

 もしこれから先、ロイとすれ違って、お別れする時が来ても。その時には、夢が叶ったという事実が、私の支えになるはずだから。


 紫音に直接バイバイと言ってハイタッチは出来ない。だけど、届かなくても、私はここでお別れを言うよ。

 決めたんだ。

 さようなら、紫音。ありがとう、紫音。ずっと大好きな私の親友だよ、紫音。




 ******




 身体を預けていた木の幹から起き上がり、深呼吸と共に大きく伸びをする。

 そろそろ休憩時間は終わりにしないと。


 マークへの手紙、書かなきゃね。

 だけど、手紙で伝えるのも、ちょっと。自分がモヤモヤする。直接話したい。

 そもそも、私はまだしっかりした文が書けない。繊細な表現なんて出来ない。

 帰ったら話したいことがある、で、いいかな。

 マークだったら、そこから読み取ってしまいそうだね。




 ロイは夕方までかかりそう、とトニーさんは言っていたから、直接部屋へ戻る。

 マークに手紙を書く他に、ロイへの話し方も考えなきゃね。

 気分を落ち着かせるためにも、新作オイルを脚に塗り込む。長い時間水に浸していたから、スキンケアも兼ねている。


 スキンケアの話も、紫音がよく知っていたなぁ。

 基礎化粧品も、メイクアップも、色々話してくれた。私はよく分からず、お勧めされるがままに買っていたけれど。


 ああ、さようならを決意しておきながら、私はやっぱり彼女を思い出す。

 仕方ないか。親に対しても同じだもの。きっと私は、これからも紫音のことを思い出す。




 ぼんやりと脚を揉み上げ、相変わらずたどたどしい文章で手紙を書き上げて。

 さて、そろそろ晩ご飯……ロイに会う時間だ。

 無意味に手を握ったり開いたりしながら、落ち着かない気分でベッドに横になったり、椅子に座ったり。

 晩ご飯の時は他にも人がいるんだから、大事な話は何も出来ないけれど。それでも心構えというものがですね。


 こんこんこん、とドアがノックされた。

 扉を開けたら、やりきった顔のロイ。書類は全部終わったんだね。

 そうだ、今言おう。言っちゃおう。今なら食堂と違って他の人はいない。よし、言おう。

 ……駄目だ。緊張ばっかりで話が切り出せない。いつもの告白の時と一緒。いつもとは違って断られる可能性はだいぶ低いはずなのに、それでも緊張してしまう。

 じわっと出てきた唾液を何とか飲み込んで、ロイの目を見上げる。

 私の様子に何か感じたのか、ロイが動きを止める。

 今までになくドキドキして、それを押さえるように一つ息を吐いて、口を開いて、


「あ、ミワさんロイさん、見つけた! 今日の晩飯は外でキャンドルディナーらしいよ!」


 ――トニーさんに邪魔された。




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