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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
66/132

66.休憩入りまーす



 時間がないなりに平穏に、ただしスピードだけは超速で、試作品がいくつか出来てくる。

 私は片っ端から使ってみているけど、匂いが消えないと次を試せないから、しょっちゅうシャワーを浴びに行く。ソープで肌荒れしそうな気がしたんだけど、そこはエルフの技術なのか、オイルは落ちるのにしっとりすべすべのまま。というか、来る前よりも肌のコンディションが良い。どうなってるんだコレ。

 トニーさんは目をキラッキラさせながらエルフの薬師(サッシュ)さんと共同作業をしている。楽しそうで何より。

 ロイは、のんびりしすぎては腕が鈍る、と言って、結構な時間を鍛錬に費やしている。ま、この森の中なら、私は安全だもんね。護衛役というより秘書的ポジションになっちゃってて申し訳なかったから、存分に身体を動かしてほしい。


 男性用商品の思い付きは簡単ながら形になって、ミントジェルの試作品が出来上がった。折角だから鍛錬後のロイに使ってもらっている。なかなか良い感じみたい。これもソニア様に提案だけしよう、という話で纏まった。




 ******




 今日はロイの朝鍛錬後、ティーツリーオイルを使ったマッサージをしてあげている。

 これから、書類を纏める仕事をするんだとか。

 ロイは上半身裸。首元に細い鎖のネックレス……いや、ペンダント、かな? 身に付けているのはそれだけ。

 それにしてもマジで凄い筋肉。想像以上。出会った時に「触らせてもらいたい」って思ったけど、本当にこの身体に触れることになるとは。


「運動後はあんまり筋肉触っちゃダメなんじゃなかった?」

「冷水は浴びてきてるさ。それに、たまにはミワにやってもらいたい。いいだろ?」


 マークへのマッサージ、そんなに羨ましかった?


「言っただろうが。反省を踏まえて、分かりやすく行動するって。まだ足りないか」


 マークに対抗してるっちゃ対抗してるけど、思っていたより甘い話だった。マッサージそのものというより、私に、って言うのがポイントだったのか。

 どうにも恥ずかしいけれど、深呼吸してから、ロイの手を取る。掠り傷が出来ているから、ちょうどいい。ティーツリーは殺菌効果があるはずだからね。

 少しカサついて、あちこちの皮が硬くなっている大きな手。オイルを使って揉んでいくと、ちょっとだけしっとりした感触になる。だけど、ゴツゴツしているのは変わらない。

 これが、たくさん剣を握ってきた手。マークの、細長くて少し節のある指とは違う。


 二人とも黙ったまま、腕、肩、背中のマッサージを一通り終えた。

 ロイは魔術を使えないから、あらかじめ塗れタオルを準備してある。ホットタオルほど綺麗には拭えないだろうけれど、改良を重ねたお陰で、そこまでギトギトしてはいない。これなら、今からペンを握っても問題ないかな。




 全部を拭い終わると、ロイがシャツを羽織る。ここでは白いシャツを着ている。束の間の平和、なんだね。

 ぼんやりと後ろ姿を見ていると、くるっと振り向いて私と目を合わせてきた。

 ゆっくり口を開いたロイは、急かすわけじゃないけど、と前置きしてから。


「自分の気持ち、何となくでも見つけることが出来たか?」


 探るような言葉。

 直球で聞かれてしまったから、情けなく眉を下げて今の心境を伝える。


「うーん、と。マークは好き」


 ロイの目が閉じられる。


「でも、ロイも好き」


 目が開かれる。

 何かを言おうとして、言葉を探っている様子が窺える。

 それが声になる前に、遮るように言葉を続けた。


「分からないんだよね、ホントに。二人とも好き、二人ともにドキドキしちゃう。でもこれってどうなんだろう。自分でも何かよく分かっていない。

 というか、お友達でお願いしますって言ってるのに、二人とも何やかや仕掛けてくるんだもん。恥ずかしさが先になって冷静になれない!」


 捲し立てた私に、ロイは目を瞬かせて、それから少し口角を上げた。


「じゃ、大人しく俺に惚れておけ」

「ロイはそれでいいの?」


 沈黙が、ロイの心を示している。

 そんななあなあで決められるとか、やっぱりちょっと嫌だよね?

 でも、


「ま、最初はそれでいい。そこからもっと俺に惚れさせればいいだけだからな」


 腕を組んで笑う。

 案外あっさりしてた。一度付き合ってみれば? って感じなのかな。


「うん、ごめん、聞いといてなんだけど、私がちょっと尻込みしちゃう」


 ぷっと吹き出したロイは、私の返答を分かっていたみたい。


「もうちょっと。もうちょっとだけ待ってて」

「分かった。

 俺はこの書類、仕上げておくから。その間にミワは散歩でもして休憩してこい」


 優しく笑ったロイは、ヒラヒラと手を振った。




 ******




 エルフの城の裏庭――ならぬ、裏の森に流れる清流に足首まで濡らしながら、私はぼうっと上を見上げた。

 小川の上は木の繁りが途切れており、緑に輝く葉の向こうで、青い空に小鳥が飛んでいく様子が見える。

 

 川縁に身を倒し、すーーーはーーーと深呼吸。

 ここへ来てから、深呼吸する頻度が増えた気がする。

 この辺りは花の香りがほとんどしない。その代わり、爽やかな緑と水の香りが濃い。

 ばーんと両腕を投げ出して大の字……じゃないな、十字? になりつつ、目を閉じる。


 あー、気持ちいい。

 仕事のことも、マークやロイのことも、頭に渦巻いている色々は横に置いておいて、ちょっとだけ、ちょっとだけ何も考えずにのんびりしよう……。




「ミワさん、足だけ濡らして寝ていたら、いくら良い季候でも風邪引くよ?」

「トニーさん」


 暫く一人でのんびりしていたところにかけられた声。

 ぱっと目を開くと、私を覗き込んでいるトニーさんと目が合った。


「横、お邪魔するよ」


 私と同じように靴と靴下を脱いで、パンツの裾をまくり上げると、ジャブッと川へ足を浸す。

 腹筋の力で身を起こして、私もトニーさんと同じ姿勢に戻る。


「ロイは、まだ時間かかりそうでした?」

「んー……だいぶ書類は減ってたけど、今日の夕方くらいまではかかりそう、ってトコかな」


 トニーさんの見立てに頷いて、私は大きく伸びをする。今日一日は潰れるか。私がもっと読み書きできれば、ロイの負担も少なく出来るのに。

 でも、ロイは一緒に勉強しろとは言わずに、休憩してこいと言ってくれた。マークに毎日手紙を書いていることは知っているのに、それ以上はやらなくていい、って。今の私の仕事は勉強じゃないから、って。

 自分の鍛錬の時間が減るっていうのに、ね。優しいなぁ。


「うん。ロイに甘えて、もう少しのんびりさせてもらおっと。トニーさんは忙しそうだったけど、いいんですか?」

「オレにも休憩は必要ですー」

「ごもっとも」


 同年代だった私とトニーさんは、この数日でだいぶ打ち解けていた。

 口調が少し砕けて、世間話を気兼ねなく交わせる程度には仲良くなっている。

 何となく友人とまで言い切れない、だけど知り合い以上。


 黙ったまま知らんぷり、という間柄でもないし、何か話そうかな。

 仕事の休憩なんだから、仕事の話はやめておこう。


「そうだ、トニーさん。少し相談に乗ってもらえます?」


 何となく。一言で言えばそういうことなんだろう。

 魔が差した、と言えなくもない。

 気に入ったものはトコトンやりこむらしい性格、自分と同類のような親近感。それが影響したのかもしれない。

 期限を決めて自分を追い込んでいたから、やっぱりどこか焦っていたのかもしれない。


 仲良しという程でもないトニーさんに、つい、そう尋ねていた。

 口調がいつも通りだったのは、我ながら驚き。

 だって、相談したいことって、ほら。私が今、一番悩んでいることだから。


 快諾して向き直ってくれたトニーさんに、私は情けない顔を晒した。




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