65.女性と男性の違い
準モブのエルフ王、デイ王へのお目通りは叶わなかったけれど(そりゃそうだ、謁見するほどの用事ではないし)、見覚えのある王城内の廊下を辿って、裏庭へと出た。
裏庭と言っても、ちょっとした森。
ここから先はゲームでも立ち入ったことがないから、あまりキョロキョロしないように気をつけながらも、こっそり周囲を見渡す。
3DCGで描写されたフィールドよりも、更に綺麗。
キャスパー王子の美貌といい、特にエルフ関連はゲーム内の表現以上に美麗だと思った方がよさそう。
……綺麗すぎて、何となく、少し居心地が悪い。
先導してくれたエルフのお姉さんが、「どうぞ」と示したのが、思っていたより大きな、エルフ国営の研究所だった。
トニーさんの目がめっちゃキラキラしてる。
ロイは、スン、と少し息を吸って、周囲の香りを感じているみたい。
私は思いっきり深呼吸しちゃったけどね。ちょっとはしたなかった?
キャスパー王子から感じたような木の香りに、花の香りや緑の香り、水の香り? 私の鼻ではそれくらい大まかにしか分からないけれど、室内にいるのに森の中を歩いているそのままのような空気。
これは深呼吸したくなるって!
通された一室には、既にトニーさんと顔馴染みになっていたらしいエルフさんが数人、小瓶を準備して待っていてくれた。
さあ、本格的なお仕事の始まりだ。
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まずはティーツリーの原液をもらう。トニーさんが早速作ってくれるそうだ。
で、その前に、簡単なミーティング。
香りを重視したいことを伝える。
「香り、ですか。様々な方向性がありますね」
エルフのお兄さんが長い指を顎に当ててちょっと首を傾げる。麗しい。
「確かにな。ここに来ただけでも、木と、花と、水と、石と、あとは何か香ばしい匂いがしたくらいだ。花や木に至っては、何種類か混じっている。
更に突き詰めていくと、膨大な種類になるな」
ロイは私より匂いの判別能力が高いらしい。香ばしい匂いって、何か料理でもしていたの?
「手元にあるのは、ミント、レモングラス、ラベンダー、ティーツリー。サッパリした香りに偏っている感じっすね」
トニーさんの言葉に頷く。私が覚えていて好みの物をお願いしたらこうなった。
フローラル系はラベンダーしかないもんね。
「男性は、サッパリしたのが好き、ってイメージがある。
女性はフローラル系とか甘い香りが好きな人が多い印象」
売り込む先がシヴァなのか、聖女なのか。両方を見据えて取り揃えた方がいいかな。
「とにかく甘さを重視するなら、バニラでしょうか。
花で女性人気の高いのは、ローズ」
「あ、薔薇は採算取れないので除外で」
貴族向けになる。そしてそれはもう存在する。
「では、こういったものは如何でしょうか――」
と、色々な案を提示してもらった。
あれ? そういえば。
「季節がバラバラなんですが、すぐに使える物だけを選ばないとダメですよね?」
「ご存知ありませんでしたか。デイ森には、季節それぞれの植生が全て存在します」
微笑んだエルフのお兄さんに、私も、トニーさんも、目を見開いた。
何それ凄い。
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植生全て!? と食いつき、興味の赴くまま変な方向へ進みそうなトニーさんを宥めて、エルフのお兄さん――薬師さんで、お名前はサッシュさんらしい――にいくつかのサンプルをお願いした。
ティーツリーオイルを作成してもらっている間、私とロイは別室で更なる打ち合わせ。
「横で聞いてて思ったんだが」
大きく丸っこい字でメモを書きながら、ロイが顔を上げる。
「女性はマッサージに馴染みがあるだろうけど、男ってそうでもない気がするんだよな」
そう言われれば確かに。
普通にマークに使っていたから、頭になかった。
「ロイにも何度か使ったけど、使い心地は微妙だった?」
「ああ、いや、そういうんじゃない。あれはあれでいいんだ。
ただ、自分でやるかって言われるとどうだろう、っていうな」
ふむ。それじゃあ、どんなのだと身近なのかな。
「身近、ねぇ。香水か?」
「ちょっと違うなぁ。それを作りたいんじゃないんだよね」
確かに香り重視だけど、あくまでリラクゼーションの一環にしたい。
「リラクゼーション云々は置いておくとして、他に香りを使うシーンを考えるか。
洗濯仕上げとか、入浴剤やシャワーソープ。
うーん……こう考えると、あまり香りに縁がないな」
「お洒落ロイでもピンとこないか。じゃあ、逆に、マッサージ以外で身体を休めるのは何かある?」
腕を組んだロイが眉を寄せて考えている。
「寝るのは除いてだな? 俺の場合なら、そうだな。
筋肉を酷使すれば、当然熱を持つ。マッサージというより、冷やして落ち着かせることが多い。要は、あまり強く力を入れない。逆に、慢性的な疲労が溜まった場合は、温める」
ふむふむ。前者はプロ野球投手が肩を冷やしてるようなイメージかな。
で、後者は、サウナやお風呂。
そういった話は、紫音の方がよく知ってるんだよなぁ。あの子、スポーツ大好きだから。
でも、ちょっとヒントをもらえたかも。
「冷やすなら。例えば、ジェル状になっていてそれを塗り広げる動作なら、受け入れられそう?」
「運動後やら、シャワー上がりに、か。アリじゃないか?」
ふむふむふむ。
「なあ、ミワ。自分から言い出しておいて悪いが、時間足らないんだろ」
「そうなんだけど。男性へのアピールも視野に入れているなら、考えてみる方がいいんだよね」
ロイと同じように腕を組んで考え込んでいると、メモの束でファシッと頭を叩かれた。
「それなら、ここで悩んでないでトニーに相談してみるか。
一応、当てはある。薬だ」
薬でジェル状……あ、塗るタイプの湿布薬?
頷くロイ。そっか、それもロイは馴染み深いんだ。
「無理かどうか、俺らじゃ分からないだろ? プロに聞くのが一番だよ」
そうだね。素人考えから始まった話なのに、いつの間にかプロを巻き込んでるんだもん。
どうせなら、その才能を遺憾なく発揮してもらわなきゃ!
トニーさんに相談したら、ジェル状薬の話に差し掛かった途端、何故か目をキラキラさせ始めた。うん? 昨日出張を決めた時と同じ表情……。
「それじゃ、折角なので、サッシュさんに話を聞きに行きますね!」
私にティーツリーオイル試作品一号を押し付けて、部屋を飛び出していった。
えーと。エルフの塗り薬って、軟膏状だったよね? 何故そこでエルフの話を聞きに行く?




