62.オイルプロジェクトの方針
ソニア様からの指示は、流通に乗せる品物の決定。
つまり、何の香りをラインナップとして展開させるか。
今ある三品でも良いとは言われている。だけど、種類が多いとフェイファーに見せる選択肢も増えるってことだよね。
例えば、フェイファー軍のトップ、シヴァ皇子が気に入る香りがあれば、興味を引くことが出来るかもしれない。聖女(仮)が気に入る香りがあれば、何かの条件を通しやすくなるかもしれない。
ミントとレモングラスとラベンダー。それ以外も考えてみろってことだね。
医務室が簡易ミーティングの場所になっているけれど、先生は一応黙認してくれるみたいだ。
でも、ここでどれくらいまでの事情を話せるのか。
本格生産に入りたいってことはもう知ってるだろうけど、フェイファーに提示するってことは知らないはずだよね。和平交渉自体が極秘扱いなんだし。
探り探り話を進めると、先生が鼻を鳴らした。
「安心しな、医者には患者の守秘義務があるんだよ。アンタらは患者じゃないがね、ここで話をしている以上、似たようなモンさ」
そう言ってもらえたけれど、さて、どうしよう。私の一存では決められない。
「ソニア様からの指示で、流通できるものを作りたい、ってことまでは知っているんですよね?」
三人が頷く。
「それ以上の役割が出来たということは?」
「知らないね」
「じゃ、そこまでで勘弁してください。ソニア様からOK貰えないと話せません」
何となく事情が見えてしまったかもしれないけれど、黙っていてくれるのを信じる。
トニーさんのことはまだ良く知らないけれど、先生とココさんについては、だいぶ前から信頼しているんだ。
とりあえず、種類を増やしたい旨を共有する。
今ある三品は、既に製作のために動き始めている。新しい種類のものができても、それに乗っかればいいだけ。
製作に関してはソニア様が陣頭指揮を執っているみたいだし、そこは任せちゃおう。
トニーさんがここにいるってことは、薬師室担当の生産調整の方ではなく、私が担当する仕事に加われってことだよね。つまり、ここにいるメンバー+ロイが、新製品まで含めた検討メンバーということになる。
「あたしゃ見てるだけだよ」
「私は何かお手伝い出来ればと思いますが、実際の物がないと手を出せそうにないですねぇ」
はい、了解しました。つまり私とロイとトニーさんでやれってことですね。
「少人数で動けって話だから、覚悟はしてたがな」
いつの間にか医務室に入ってきていたロイが、苦笑い。
「なんだい、傭兵隊の隊長さんも噛んでるのか」
「ははは。俺は今、ソニア様の指示でミワの仕事の手伝いだ。傭兵稼業は休み中。世話になるぞ、先生」
「ふん、面倒事に巻き込まれそうだし、事情は聞かずにおくよ。場所は提供してやる。好きに動きな」
シッシッと手を振って、先生は奥へと引っ込んでいく。ココさんも一礼して続いて行った。
さてさて。それじゃあ、本格的にプロジェクトスタートですね。
******
ミーティングは、ロイがメモを取ってくれて、主に私とトニーさんが話し合い。
種類を増やすには、元になる植物エキスがないと話にならない。
「ミワさんがオイルを使う時、一番重視してるのは何すか?」
「そうですね……」
オイルを作ろうと動き出した時のことを思い出す。
きっかけは、キッチンで作ったデザートの、バニラエッセンス。
そして、立ち仕事になって疲れが溜まるようになった脚。
マッサージするのにオイルが欲しいな、そしてそれに香りがあると良いな。効果効能がバッチリあるのまでは求めないけれど、何かしらの香りがあるだけで気分が変わるはず。
「香り、ですね」
効能があれば尚良し、なければないで香りが欲しい。
オイルが手に入れば上々。なければ最悪、軟膏基剤を使おう。
だから、私が重視していたのは香りだった。
トニーさんが時折ペンをくるくる回してふんふん頷きながら、自分の手帳に書き込んでいく。
口調も仕草も、徐々に地が出てきているみたい。
「それなら少しやりやすいっすね。新しい物を作ったとして、俺たちでどんな効果があるかまで調べることは……出来るけど、余分な時間がかかる」
「ただ、効果があるって触れ回ることが出来れば、訴求効果も高いんじゃ?」
私の質問に、トニーさんは軽く頷く。
「ですけど。今は時間が惜しいんで、もう効果は斬り捨てましょう。
あ、でも、ティーツリー。これならいけるかな。
これは最初にミワさんから依頼があったものだし、エルフに既に伝えてあるんすよ。最初の試作品作る頃は、必要量を揃えてるところだって言ってましたね。もうあるかな」
それなら、何となくの効果と香りの両方を備えたものが、四種類になる。
残りは香り重視で作る、か。
どんな香りが良いだろう?
「ただね、ティーツリーと同じように、エルフに原料調達をお願いしても、物がないかもしれない。そいつはちょっと困る。ま、それで候補を絞れるって利点もあるけど」
「じゃ、直接エルフの森に行ったらどうだい。その方が手っ取り早いだろ」
紅茶のカップを手にした先生がいつの間にか戻ってきていた。
エルフの森。つまり、キャスパー王子の実家、デイ森。そこで直接話を聞きながら検討してみる?
トニーさんの目がキラーンと光った。
「エルフの森……エルフの薬……研究……」
口の中でボソボソと呟いたトニーさんが、急に立ち上がった。
「早速室長に話を通してきます、大丈夫ですこの件はオレがミワさんのチームに入るって決まってますし、それなら明日中にでも森に着きますし!」
机の上をあっという間に片付けたトニーさんが、荷物を抱えて飛び出していった。
「エルフが噛んでても薬の話じゃないよ、って、最初に釘を刺したはずだがねぇ」
先生が紅茶をガブッと飲み干し、呆れ顔で開けっぱなしのドアを眺める。
「それより、明日中に森に着くって言ってたよね」
「言ってたな」
「……じゃ、私たちも行くしかないか」
「そうなるな」
これまた呆れ顔の私とロイは、二人で頷き合った。




