6.女は度胸、博打の時間です
拍子抜けするほどあっさり、本当にあっさりと、辺境伯――レオナルド・ウォーレン・コールマン様――と面会できた。
それだけではない。
軍師のマーカス・ベルフォーム、傭兵隊隊長のロイ・ファングまで部屋に揃っていた。
「ロイの次はキャスパー殿が拾いものをしてきたのか。これはまた面白い日だな」
顎髭を撫でながら、本当に面白そうに口を開いたのが、軍トップのレオナルド様。ああ、現実でもナイスミドル! そしてナイスバリトンボイス!!
というか、ロイの拾いものって、主人公とその幼馴染みだよね。今は主人公たちが軍に合流した直後か!
興奮している場合じゃない、落ち着け自分。ここからが勝負所だ。この部屋に通されるまでの間、一生懸命考えた策だ。
軍上層部、特に頭の切れるマーカスがこの場にいるのは上々。そして、このメンバーなら、ここで聞いたことを言いふらすような真似はしない。
マーカスの冷たい視線に負けるな。
ゲーム内で見たことのある挨拶で頭を下げる。
「コールマン様、ベルフォーム様、ファング様、はじめまして、ミワと言います。ミワ・ワタナベです。
キャスパー王子には、ラベッジホグにやられかけていたところを間一髪、助けていただきました。
私は異世界からこの世界へやってきたようです。ついては、この戦争が一段落するまで、コールマン様の元、このお城で働かせていただきたく思います」
ほう? とレオナルド様が片眉を跳ね上げながら呟き、マーカスの目の厳しい光が増した。
そりゃあねぇ、謎の女がいきなり中枢で働かせてくれって言ってきたんだもんね。困るし疑うよね。
でも、この反応は想定内。
「お疑いになるのもごもっともです。ですが、私の願いは、これから始まる戦争を生き延びて、首都の大魔術師様にお目通りを願うこと。元の世界へ無事に戻ること。
だからこそ、こちらの軍で、この城内で、戦争が終わるまで過ごしたいのです」
あえてマーカスに視線を合わせ、最後の台詞を言い放った。
伝われ。
フン、とマーカスが鼻を鳴らした。
もう一押し、しておくか。
「もしもスパイの懸念が晴れぬようならば、地下牢に数年間入れていただいても構いません。
ただ、城内での生活をお許しいただけるのであれば、何らかの職を得て、首都までの必要経費を稼ぎたいのです。そもそも私の故郷には『働かざる者食うべからず』という格言もありますから」
伝われ。伝われ。
マーカスであれば、きっと、私の言葉の真実を正確に掬い取ってくれるはず。レオナルド様だって、ある程度は分かってくれているだろう。
しばし落ちた沈黙を破ったのは、予想外にもキャスパー王子だった。
「そうですね、彼女が異世界人だというのはほぼ間違いがないかと思います」
目を丸くして振り返ってしまった。
え、出会ってから今までのどこに、そんな確信を持てる要素があった?
「先程彼女が言った、働かざる……えぇっと、そのような言葉。シャインが以前出会ったという異世界人も口にしていたようです。そんな言い回しは、少なくとも私が知る限りそれだけですから」
「ふむ。キャスパー殿がそう言うのであれば、信憑性が高いな」
「しかし、そんな言葉一つ、何とでもなります。
女。後で話がある。レオナルド様、その際には人払いをお願いいたします」
初めて口を開いたマーカスが、相変わらずの冷たい瞳で私を射貫いた。
「ロイ、キャスパー殿との話し合いが終わるまで、この女を拘束して私の部屋で見張っておいてくれ。用意ができ次第、人をやろう」
お? すぐに牢にぶち込まれるかと思っていたけれど、思ったよりもよい待遇。
何であれ、第一関門突破かな。
******
マーカスの部屋、とはいうものの、私室ではなく執務室。整理整頓はされていてもたくさんの書類が積まれている机。そこからは離れた場所で、私は後ろ手に縛られた。ただ、だいぶ緩く、跡が残らないようにしてくれている。
もちろん、私に何か怪しい動きがあればロイ自身が即座に切って捨てるだろうから、緩くても問題ないと考えているのかもしれない。
「ごめんな、マークの言葉にレオ様が反論しなかったから、一応縛らせてくれな。
あぁ、服もボロボロだし……俺の上着で悪いけど、羽織っとけ」
上着、臭くないか? と心配までしてくれるロイ。ゲーム通り、弱者に優しい。
男らしくてワイルドで気配りまでできるなんて最高に素敵です! こんな状況じゃなかったら筋肉触らせてもらってた!! 鼻血出そう!!
いかんいかん、冷静になれ。
そう自制した途端、くうっとお腹が鳴った。は、恥ずかしい……。
「なあアンタ。ミワ、って言ったか? 手が動かなくて食べにくいだろうけど、俺の乾パンと水をやるから、もう一度連れてかれる前に少し食っとけ。な?」
ああもう、本当に優しいなロイは!! こんな先輩が職場にいたらあっという間に惚れるわ! でもきっと、告白してもフられるんだろうけど!
なんていう内心は押し殺し、「ありがとうございます、ぜひ!」と、お言葉に甘えて口を開ける。
ひょいっと一つパンを入れてもらい、むぐむぐと食べる。あぁ、久しぶりの食べ物、美味しい。考えたら、飲み会から飲まず食わずだったわ。
「ミワ、あんた多分、俺より年下だろ? 敬語なんていらないから、普通に喋ってくれよ」
「さっきの話で、ミワが何か知ってそうなのは分かったけど、そっちから言うまでは詮索しねぇから安心しな」
「掃除婦でも何でもいいから、仕事させてもらえたらいいな」
「俺は傭兵で戦いしかしてこなかったから、異世界の話ってのは興味あるな。そのうち聞かせてくれな」
「そういやミワ、酒は飲めるか? もしここで仕事するようになったら、一度飲みながら話そうぜ」
パンや水を私に与えながら、ニコニコと話をするロイ。餌付けしている気分なのかもしれない。
私は口がいっぱいだから、コクコクと相槌を打ちながら話を聞いた。
食べ終わる頃、スッと真面目な顔になったロイは、
「ミワ。わざとマークを挑発してるんだろうが、程々にしとけよ? あいつ、根に持ったらしつこくて面倒くさいぞ」
なんて忠告までしてくれた。
肩にかけていたロイの上着をそっと外され、くいっと親指で口元を拭ってくれたかと思うと、
「さ、そろそろお呼びのようだぜ。頑張りな」
と頭をぐしぐしかき回された。これは、ロイが年下相手に『頑張れ』とエールを送る時の癖。主人公もよくされていた。……私も嬉しい。
ドアがノックされた。
さあ、第二ラウンドの始まりだ。
(ロイ以外に頭ぐしゃぐしゃされたら、たぶんキレるわ)