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RPGの世界で生き残れ! 恋愛下手のバトルフィールド  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
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58.冷たいコップは汗をかく



 ロイの部屋は、想像よりも物が少なかった。……何というか、傭兵ってもうちょっとごちゃっとした部屋で生活してるとばかり思ってたから。忙しくてそこまで気が回らない、的な。

 それなのに、凄くスッキリ。私の部屋より綺麗だと思う。

 立場が上だからか部屋自体は広い。センス良くソファとロッキングチェアが配置され、一角にはしっかりしたデスクと本棚。衣類を全く見かけないから、どこかにクローゼットがあるんだろう。寝室も別か。

 キョロキョロしてる私を笑って、ソファへと促すロイ。自身はデスクから紙の束とペンを持ってくる。


「マークみたいに全部書類にしなきゃならん仕事じゃないが、覚えきるのにも限度があるからな。

 ま、俺の部屋に忍び込もうなんて馬鹿な奴、まずいないから。他人に見られることはないぞ。安心しろ」


 コップに水を汲んで、サイドテーブルに置く。準備万端、ってわけだね。

 よし。それじゃあ、長い話をしようか。




 ******




 一通り話し終わったら、コップの中身は見事に空になった。

 メモを書くのに使っていたクリップボードをソファの座面に置き、席を立つロイ。というか、クリップボードなんて事務用品まであるとは。

 部屋の簡易冷蔵庫から追加の水を取り出して、お代わりを注いでくれる。部屋に冷蔵庫とは……さすが隊長。

 意外な物がどんどん出てくる部屋だね、ここは。ロイの執務室代わりなのかもしれない。


 席に戻ったロイは、両手を頭の後ろで組んだまま、頭を反らせて天井を眺めている。

 しばらくして口を開いて――


「俺がラルドたちを引っ張ってきたのは大手柄ってことじゃねぇか」


 うん、事実なんだけど。ちょっと力が抜けた。

 それが狙いだったらしい。

 身体を起こして真剣な顔になったロイは、腕を組んでメモの束を見つめる。


「事情は分かった。何で大っぴらにしないのかも分かった。俺を事情を知る仲間に入れてくれたのは嬉しい。

 さて、だが」


 少しずつ慎重に言葉を選んでいるみたい。


「ミワに護衛が必要な本当の理由も、よく分かった。キーパーソンなのも理解した。力のないお前が中心部分にいなきゃならんのも、歯を食いしばって立っている理由も、これだったんだな。出しゃばる云々で悩むのも、なるほどとは思った。

 ただ、よく分からんのが」


 ロイも一口水を飲んで、口を湿らせて。


「俺がミワに惚れた時点で、お前の知っていた物語のあらすじなんて、ただの参考程度のものになってるんじゃないのか?」


 あの夜を思い出して、少し顔に熱が上った感じがした。

 最初に秘密の花園で会った時に、ロイは私を好きになった、って言ってた。

 私は、告白されたあの時。これから先、ストーリーが狂うんじゃないかって怖くなった。私もロイも無事に済むかどうか分からない、って。

 それより前、ほぼ最初から、もう既に狂ってたの?


 次いで、熱がサッと引いていく感じがした。

 聖女がフェイファーにいるって情報で決定的になった歪み。それはあんなに最初から?

 ううん。そもそも、やっぱり私がメーヴ城に来たのが、一番の間違いだったの?

 私がここに来たことで、やっぱり世界が狂って。それでロイも仕事が変わったし、マークの立てる戦略もゲームとは違ってきちゃうし、エマちゃんは聖女かどうか分からなくなっちゃったし、ゲームのキャラクターたちの命の保証ができなくなっちゃったし、この城だって無事かどうか分からなくなっちゃったし、そして……。




 冷たいコップが額に当てられた。

 目の焦点が合う。身を乗り出したロイがこちらを見つめていた。


「俺の言葉で不安になったか? 悪い、そんなつもりで言ったんじゃない。言いたかったのは、『そんなに責任を感じることか?』ってだけだ」


 コップをテーブルに戻して、私の額に付いた水滴を親指で拭ってくれる。


「お前の知ってる物語ってのは、歴史じゃないだろ?」

「歴史?」

「もう完成された、変えようのない事実」

「歴史じゃないけど、でも、完成されたものっていうのは一緒、かな」


 ロイが少し目を細めて、首を左右に振る。


「きっとな、ただの可能性の一つ、だったんだよ」


 可能性の、一つ。

 つまり、たくさんある未来の中の、一つの話?


「物語を読んでいた私が、物語の中に入ったことで、話が変わったんじゃなくて?」

「俺は違うと思うけどな。

 例えば、ミワの物語には、マリクたちなんて出てこなかったんだろ? だが、ここにミワがいてもいなくても、マリクは存在する。だから、マリクが出てこないで進む未来が、ミワの知る物語。今ここにある現実とは別物。

 ……ま、そう思うのも、俺が今ここで生きてる最中だからかもな。

 自分の未来が自分以外の手で既に決められているなんて、あんまりいい気はしないぞ」


 だから、とロイが続ける。

 細められた目は、垂れ目がちなせいで、笑っているようにも見える。


「聖女の真偽はミワの情報が必要。邪神についても、フェイファーについても、ミワの読んだ物語の中で現実と同じ物がある。

 たぶん、重視するのはそこなんだよ。パズルのピースは同じ。だが、最終的に見える絵はたくさんあるんだ」


 それって、もしかして、タングラム?

 三角や四角のピースは同じなのに、作り出される形は様々。

 ブルフィアのストーリーはそのうちの一つ。今ここで刻まれていく(歴史)は、ブルフィアとは別物。


「それを作り上げるために、お前は声を上げたんだろ。物語の通りに話を進めるんじゃなくても、最終的にきちんとした絵にしたいがために。

 力がないなりに、絵を完成させたい。それがミワの望むことだろ?」


 それでいいんだろうか。そんな風に割り切っちゃっていいんだろうか。

 私が歪めてきたことに対する言い訳ではないのか。

 私がここにいるのを正当化する誤魔化しではないのか。

 最初にレオナルド様やマークに情報を話したこと、それはノイズにならないのか。

 (いたずら)に首を突っ込んでしまったことに対する免罪符ではないのか。




 今度は頬にコップを当てられた。

 少し温くなったコップは、表面の水滴が増えていて、私を濡らす。


「ミワ自身もまだ受け止め切れていない話なのに、教えてくれてありがとう」


 と、思考のループを断ち切ってくれる。

 頬を指の背で撫でて水を拭ってくれたロイは、パッと表情を変えて、伸びをした。


「さ、次はオイルの話だぞ」


 と、別の紙の束を出してくる。

 うん。悩むのは、また今度にするね。

 今はただ、なるべく早く、なるべく詳細に、情報共有をしないと。




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