57.司令官への直談判
「あのなぁ、俺が今までを反省して、その……積極的な行動に出ようかと思ってたところに、だな」
ジョッキの位置を微妙に調整するかのように動かしながら、まだちょっと耳の端が赤いロイが私を軽く睨めつける。
「お前の無意識の行動の方が破壊力あるってどういうこったよ」
「そう言われても、無意識なんだし……ちゃんと学習するから! 大丈夫!」
「そうやっ……マーク……やって……」
何かをボソボソと呟きながら頭を掻き回すロイに、何となく申し訳なさが出てくる。
「とっ、とりあえずお代わりしよっか!」
一旦落ち着こう、と、またビールをお代わりして席に着く。私は氷水。頭冷やそう。
「あのさ、ロイ」
「うん?」
「……やっぱり、私は。出しゃばらない方がいいと、思う?」
生き残る算段が狂ったからレオナルド様に全てを打ち明け、ストーリーがどんどん狂っていくから動くことにした。
覚悟はした。自分の安全だけを確保する時は過ぎた。もう世界を見て見ぬ振りはできない。口を挟まない選択肢は消した。
それでも。それでも私はまだ迷う。本当に選択肢を消して良かったのか。力のない私が首を突っ込んでいいのか。
私が出しゃばることで、ストーリーは更に狂う。誰かが余計な危険に晒されるかもしれない。それはロイかもしれないし、マークかもしれないし、レオナルド様やラルドたちかもしれない。
……迷うというより、怖いのかもしれない。
自分の命だけじゃない。世界中の人の命がかかっているから。
会議の後、心配してくれるオリーブ色の瞳に映った私は、目に力は入っていたけれど、少しだけ眉が下がっていた。
まだ耳は赤いままだけど、すっと真面目な顔になったロイ。
「なあ、ミワ」
「うん?」
ロイは私と同じやり取りをして、ジョッキを置いた。
「やっぱり俺は、ミワに何も打ち明けてもらえないのか?」
息を飲む。妙な緊張で心臓が鳴る。
私は。そうだ、私は。ロイに肝心なことを話していない。
先のことが心配で話せなかった。知っている人は極力少ない方がいい。だから自分から話したのは、レオナルド様とマークだけ。その後、ゲームの鍵を握るケインに急かされて、ケインとマリクさん。
だから、ロイは事情を知らない。
「マークはまだ何か知ってるんだろ? そうなりゃ間違いなくレオ様もだ。
俺は、聞いちゃいけないことか? まだ聞かせてくれないのか?」
出会った時からずっと、この人は私を尊重してくれた。
私が言いたくないなら言わなくていい。話したくないなら話さなくていい。
……本当は、私のことが心配で心配で。それなのに黙って待っていてくれた。この前だって、「言えない」の一言で退いてくれた。
今も、選択肢を残してくれている。今回もダメだと言ったら、ロイはたぶん、少し困ったように笑いながら引き下がる。
だけど、それでいいんだろうか。
この人なら、大丈夫。きっと、何を知っても、受け入れてくれる。
今回もまた、甘えても、いいのかな。
「ロイ」
目をじっと見る。これは私の誠意。
マークと、ロイと、しっかり向き合うと決めたんだから。
「込み入った話をしたいんだ。誰にも聞かれないように。
ロイの部屋……は、こないだ怒られたばっかか。あっ、そうだ、私の部屋!」
「馬鹿、お前、ちっとも分かってないな!? 夜に男の部屋に行くのも、自分の部屋に招き入れるのも同じだろうが!」
再び顔を赤くしたロイに怒られた。
……シリアス、どこ行った。
とはいえ。さすがにこの話題に関しては、誰にも聞かれない場所が欲しい。
マークとレオナルド様は、こういう時に楽だよね。執務室で人払いすればOKなんだから。
異世界の話を色々した時は、城下町で歩きながらだったけど。今回はそれもアウトな気がする。遠い国の話だっていう言い訳なんて通用しない話だから。
「えーと、昼ならロイの部屋に行っても大丈夫?」
「まあ……本当は昼でもホイホイと男の部屋に入るな、って言いたいところだが。人に聞かれないように話をしたいんだもんな」
うん。できればそこそこ長い時間。
「となると、選択肢は多くない、か。分かった。明日、明るい時間だな? 誰も訪ねてこないよう、居残り組の奴に頼んでおく」
傭兵隊員の全員が戦場に出てるんじゃないらしい。知らなかった。
「師匠との引き継ぎは何日か先だとさ。バタバタするだろうが、半日くらいは予定を空けられるだろ。
ミワはオイルの話があるんだろうが、大丈夫か?」
「うん。元々、ロイとオイルの話を詳しく共有しなきゃ、って思ってたとこだし。そういう時間は取れるよ」
そもそも、ロイだって既にちょいちょい情報を知ってるんだよ。私が異世界出身だとか。
だから多少はスムーズだと思うよ、多少は。ただ、ロイが考えてるよりボリューミーだとは思う。
あ、そういえば。
「その前に、レオナルド様とマークに、ロイに話していいか許可を貰わなきゃ」
もはや私の話だけに留まらない。旧国の話、ラルドの話、四家の話。
マークは、私が最初に巻き込んだせいで、本来関係ない話なのに関係者になってしまった。
ロイも、ここで巻き込んじゃうことになるのか……。
「じゃ、今から聞きに行くか」
「へ?」
「マークはさっき別れたばっかだろ、執務室にいるはずだ。ダメだって言われたら明日時間取っても無駄になる。先に聞いとく方がいい。
いや、ダメだとは言わせねえ。俺はミワの護衛だぞ、知る権利がある」
そうか。オイルだけじゃなく、私の事情にも、もう巻き込まざるを得ないんだ。
何から私を守ればいいか。何で私を守らなきゃならないのか。今の私と行動を共にする時点で、関係者なんだ。
「抱え込むな。一人じゃないだろ? マークもレオ様もいる。……俺もいるんだ」
******
やっぱりマークは執務室にいた。私は今日は早退扱いだから堂々としていていいはずなんだけど、やっぱりちょっと肩身が狭い。
何だろう、残業してる同期を尻目に飲み会に行く時の気分というか。正当な権利なんだけど何故か申し訳ない気分になる、そんな感じ。
私の居心地悪さなんて関係ない二人は、面談の話を早々に纏めている。このままレオナルド様の執務室まで一緒に行くことになりそう。
「ロイ、仕事の話をするのに酒臭いのはどうかと思うが」
「悪い悪い、まさかこうなるとは思ってなかったからな。でも酔っちゃいないぞ」
「そういう問題ではないだろう」
軽口を叩き合う二人の後を付いて行く。
ロイが帰ってきた時から思ってたんだけど、二人、思っていたよりギスギスしていない。いつの間にやら仲直りしたのかな? ん? そもそも仲違いはしてなかった?
何となく釈然としないままレオナルド様の元へ。
全員揃ったところで本題を切り出す。
私の事情を全てロイに伝えたいこと。そのためには、レオナルド様やマリクさんたちの持つ情報も必要になること。
「ふむ。ミワ、それは君自身が決めたことなのだね?」
顎髭をさするレオナルド様が、私を優しく見る。
しっかりと頷く。
私が背負うものは大きいけれど、誰彼構わず言うことじゃないけど、ロイになら。
「そうかそうか。……うぅむ、分からなくなってきたなぁ」
「何の話です?」
「何、単なる賭けの話さ。いや、それは今どうでもいい。
全ての説明だね。いいだろう、許可しよう」
あっさり。え、そんな軽い感じでいいのです?
思わずマークの方へ振り向く。
「レオナルド様がそうおっしゃるのであれば」
そうなのか。いいのか。
私をじっと見ているマークは、どことなく心配そうだけど。それは、ロイから情報が不用意に漏れるんじゃないか、というようなものではなく、純粋に私の負担を心配しているんだと思う。
彼は、私が「なるべく人を巻き込みたくない」と思っていることを把握している。
でも、何も異議を唱えなかった。
それはきっと、私が決めたことだから。
「マリクやケイン君には私から伝えておこう。ロイは二人と仲がいいから、話もスムーズだろう。
何にせよ、責任は私が持つ。ロイ、しっかり受け止めてあげなさい」
彼女の事情は、なかなかに大変だよ?
ロイに話しかけるレオナルド様の目は、とても真剣なもので。
私はそもそもこの人に大きく守られていたんだと、ようやく気付いた。




