56.仕事の出来る人って凄いね
大きな山場を超えてホッとしたのも束の間、部屋から出ると、ソニア様が待ち構えていた。
早い。会議が終わって、レオナルド様とマークに話して、それからソニア様に話を聞こうと思っていたのに。早い。
何だろう、やっぱり仕事が出来る人たちって、行動力が半端ないのかな。
「あらあら、マークもロイも一緒なのね。ちょうどいいわ~。
皆でいらっしゃい。お茶しましょ!」
「(え、ロイも?)」
「(それは俺のセリフだ。何の呼び出しだよ)」
「(十中八九、アロマオイルの話)」
「(ますます俺が呼ばれる意味がわからん)」
「皆で行きましょ」
ニコニコ顔なのに有無を言わさぬ迫力のソニア様。
「レオに聞いたわよ、これからはマークだけじゃなくて、ロイも、ミワちゃんと一緒にいるんでしょ?
和平会談までは時間あるのよね? 嬉しいわね、ミワちゃん。お仕事の人手が増えそうで。うんうん、ロイならきっと手伝ってくれるわ」
語尾に音符マークでも付いてるのかってくらいウキウキしてますね、ソニア様。
ソニア様の言う「お仕事」ってさ、どう考えてもオイルの話ですよね。ですよね……。
完全に、ロイも巻き込んで、仕事をさせるつもりですよね。ですよねー…………。
「いったい何をどこまでレオナルド様から伺っているんですか、ソニア様」
遠い目をしている私を横目に、書類を抱え直したマークが尋ねる。
「ふふふ、そうねぇ……マークとミワちゃんがお付き合いしてる、って話とかかしら!」
「付き合ってません」「残念ながら違います」「どうしてそうなったんですか」
三人同時に否定してしまった。
少し驚いた顔で目を瞬いたソニア様だったけれど、すぐに持ち直し、
「やっぱり、皆一緒にお茶しましょ。ほら、奥へ行くわよ?」
と、太陽のように輝く笑みを向けてきた。
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私が進捗を話し終えると、マークは何か悟ったような表情で、サラサラと紙に何かを書き付けていた。
方やロイは、事情がまだ飲み込めないといった顔で、ぽりぽりと頬を掻いている。
「――さて、この件に関する事情は分かったかしら、マーク。
レオに聞いていたのはね、皆の割り振られた仕事のこと。しばらくはミワちゃんの出番はないんでしょ? ロイと二人、こちらに少し貸してもらうわね」
「出番がない、ですか。反論できないところが痛いですね」
ふうっと深い息をついて、目頭を押さえるマーク。
えっと、結局私は一旦軍の仕事をお休みして、オイルの仕事に関わるってことです?
「ええ、レオにはもう許可をもらっているもの。残りはマークだけだった、って訳」
うわー、私、さっき話を聞いたばっかりだったのに。いつの間にそこまで根回しされてたの。
「ミワちゃんには、物理的な戦う力がないでしょう? 一般人だもの。
だからこそ、前線に出て戦うんじゃなくて、別の方面で戦ってほしいのよ」
紅茶のお代わりを飲みつつ、ソニア様が「それにしても」と小首を傾ける。
「もう少ししっかりとした金額が知りたいところよねぇ。
モニターできるくらいの数の試作品を作ってから、市場調査をして、それから実際に作る量と金額を決定、って順番に動いていると、少し時間がかかりすぎるわね」
そういえば、気になっていたことがあった。
「戦争回避となれば、急いで作る必要はなくなったんじゃないんですか?」
元々は、アロマオイルを領民に販売することで、軍資金確保と世情の安定を行うのが目的だったはずだ。
このままクルスト軍が頑張って戦争がなくなるのなら、そんなに急がなくてもいいよね?
「いいえ、ミワちゃん。逆よ。むしろ急がなきゃならないの。
和平交渉の場で提示するカードの一つとして、この製品を持ち出したいんですもの」
ちょちょちょっちょちょっと!?
何でそんな大層なプロジェクトになってるんです!?
唖然呆然としている私をよそに、ソニア様の指示は続く。
「そうね。もう、現状だけを同時進行でやっちゃいましょうか。
まずは、デイ森との交易ルートを、私の方で確立させます。原価はそこから計算できるでしょう。
市場調査は、しっかりしたものじゃなくて良いわ。城内の女性に聞くくらいで終わらせましょうか。協力してもらえるよう、これも私の方で手配しましょう。
モニター品作成は今の薬師室でいけそうよね。すぐに動けるよう、予算を少し増やします。
初期の生産は、薬師室の大量生産部門を見込みましょう。彼らが担当している汎用薬の生産量を少しだけ減らして、空いた手で製作させます。どのくらい作れるか、薬師室に報告書を上げるように言っておきます」
指示を受け、ソニア様の後ろで侍女さんが続々とお辞儀して退出していく。
ひいぃ。怖い。なんだコレ。
やっぱり仕事が速すぎる!
「ミワちゃん、あなたたちは、実際に何を流通させるか――つまり何を交渉の場に出すか、それを検討してちょうだいね。既存の三種類だけじゃなく、新製品も含めて考えてみて」
期待しているわ、とソニア様は微笑むけれど。
何だか大変なことになっちゃったなぁ……。
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城表へ戻ってきた私たちは、すぐに執務室へ向かうマークと別れ、食堂で腰を落ち着けた。
飲むにはまだ早い時間だけど、ロイはビールを頼んでいる。
私はさっき紅茶を飲んだから、まだ水分はいらないな。しょっぱめおやつを何か食べよう。
おつまみにもなるように、とポテトとごぼうとレンコンのチップス盛り合わせを選んで、席に着く。
「……ま、なんだ。とりあえずお疲れさん」
未だに微妙な顔をしているロイが、ビールを一気に飲み干した。
「馬を飛ばして来てみたが、まさか戻れないとは思わなかったな」
「あー……やっぱり、戦場に立ちたい?」
ゲーム上では、ロイは頼れる戦士。
でも私は、パーティーメンバーに入れた時の戦いっぷりしか知らない。戦争パートでロイがどんな働きをしていたのかまでは知らないし、実際の仕事も、ほとんど分からない。
隊員を置いて自分だけ戻ってきたのは、やっぱり堪えるのかな……。
早々にビールをお代わりして、腕を組むロイ。
「俺ら傭兵は雇われ仕事だから、基本的に雇い主の要請に従うモンだ。どう考えてもおかしい指示ならその限りじゃないが、今回は違う。
ただ、それと、個人的な感情は、また別だ」
レンコンをひょいっと口に放り込んでから、もう一度腕を組んで天井を見上げる。
「……そうだな。何が腹立つって、師匠の一声で俺が隊長を辞めさせられた、ってとこか」
そう、それ、聞きたかったこと。
「ロイの師匠って? お父さん? なの?」
「あぁ。俺が孤児だってのは知ってるだろ?
孤児院を出てフラフラしてた時に、俺を拾ってくれたのが師匠だ。そのままいつの間にか、師匠の養子になってた」
あぁ、実の親御さんじゃないのか。
ゲームの外側の情報はたくさんあって、それを知る度に、少しの混乱がある。
だけどそれと共に、少しの嬉しさも感じる。また、新しい面を知ることができる。
今の私に足りないことは、それだから。
「師匠にダメ出し食らったんだからな。気分良くはないが。決まったものは仕方ないさ」
口ではそう言っていても、やっぱりどことなく上の空。また天井を見上げて、何かを考え込んでいる。
向かいの席で私がひょいひょい左右に揺れても、天井に向けられた視線は戻ってこない。
思いついて、そうっと手を伸ばして、ロイのビールをつまみ食い、ならぬ、つまみ飲みしてみる。
うん。それでも反応ない。そしてビール苦い。
「あー、うん。ミワと仕事ができるんだから、それはそれ、だな。今までマークに好き勝手されてたんだし。
うっし、じゃ、師匠に引き継ぎ終わったら、さっそく取りかかるか、例の仕事」
パン、と両手で頬を叩いて、ロイがようやくこちらを向いた。
「……ミワ、それ、俺のジョッキだろ」
「ようやく気付いた? 苦いね」
「馬鹿、お前、それ、俺の口つけた」
「間接キス? 私なら気にしないけど」
ペットボトルの回し飲みも平気でしちゃうタイプだよ。繊細さの欠片もないね。
「気にしろ! 俺は気にする!! 何でそんなところばっかりアッサリしてるんだお前は!」
そういえば何でだろうね。
実際にキスしたわけでもないんだから……ないんだから…………。
あ、ダメだ、目の前にある唇をつい見ちゃった。
顔が熱くなったのを自覚する。
ごめんなさい、想像してしまった私が悪かった!!




