55.進む覚悟
家へ向かうために馬を用意する人や、レオナルド様と共に話し合いながら退室する人、それぞれを見送る。
最後まで部屋に残ったのは、私と、マークと、ロイ。
「さて、会議も終わったことだし、詳しい話を聞こうか」
「説明ならさっき、レオナルド様がしただろう」
「馬鹿、作戦の話じゃない。それくらいお前も分かってるだろうが」
ロイが、マークとは反対側の私の隣へと腰を下ろす。
「まずはミワについてだ。マーク、ミワは城内勤務じゃなかったのかよ」
「だからそれも説明したはずだ」
マークの言葉に、ロイはガシガシと自分の頭を掻き回す。
「軍属になった以上、この戦争には関わらなきゃならない。それは分かる。
だがお前、本当に外へ出る気か?」
「そうしないと私の安全も保証されないしね。
聖女が本物かどうか、それが今後の作戦にも関わってくるんだからさ」
それでも渋い顔は崩れない。
「今までミワは、常にこの城の中、精々が城下町しか行動していない。
王子が連れてきた時、雑魚にやられてボロボロだっただろ。生き残ることが絶対の目標だっただろ。
そんなお前が、わざわざ危険を冒す必要はないんじゃないか?」
ロイが、私の目を覗き込む。オリーブ色の瞳の中に、私が映る。
うん、正直に告白するとね、あの時のことは「痛かった」という記憶だけが残ってて、既に痛み自体は記憶の彼方なんだけどね。
それはさておき。
確かに私は、戦う術を持たない。停戦状態に持ち込むとはいえ、国境までの移動が絶対安全とは言えない。和平会談の場でも、私が狙われないという保証はない。
だけど、ここに籠もっていても、話は進まない。進んだ頃には手遅れになっているかもしれない。
それにさ、私にはとっても心強い味方がいるんだよ。
「この軍はレオナルド様が率いている。国からの援軍も出ている、エルフも助けてくれている、領民も義勇軍として士気を上げてくれている、傭兵も数多く参加している、領騎士の精鋭も加わっている。
私、知ってる。クルスト軍は強いんだよ。
それに何より、マークの策があるし、ロイが護衛をしてくれる。心配してないよ」
いつの間にやら、傭兵隊長から要人護衛隊長へと、ロイの人事異動が行われていた。要人とは言うものの、実質私の専属護衛状態。交渉時にも傍にいてくれる。
新しい傭兵隊の隊長には、レオナルド様の旧友が間もなく到着するから、引き継ぎを……というところまで話が進んでいて。
ロイの仕事は、前線から私のお守りに変わってしまった。
軍全体としてどうなのかと思わなくもないけど、私にとっては一番安心できる人事だ。
「そりゃ俺は全力で守ってやるが、いや、そういうことじゃなくてな……。
て、そうだ、先にその話をするか。マーク、この軍事再編はどういうこった」
ジトッとした視線が、私の頭上を通り越す。
「言っただろう。戦闘回避に全力を尽くすと」
「俺が前線に出てても問題ないだろ」
「実際のところ、お前を下げるかマリクを下げるか、私も悩んだんだがな。ライバルをわざわざミワの元に寄越すこともないかと」
「私情! それすっごい私情挟んでる!!」
私のツッコミは正しいはず。
「半分冗談だ。
実際、新しい傭兵隊長を据えるよりも、今まで大きな問題もなく上手く纏めているロイに続投させる方がいいんじゃないか、という話は出た」
「で?」
「レオナルド様の意向だ。……お前の父を呼んでいる」
「は?」
「へ?」
え? ロイって孤児だよね?
お父さん……生きていたの? 生き別れてたとか、またそういう設定資料集に載ってなかった情報?
「仕事で師匠を呼ばれるとか、俺の中で最大の恥なんだが?
つーか、マジか、師匠とレオナルド様、知り合いだったのかよ。旧友って……。
道理であっさりと引き立てられた訳だ」
「拗ねるな。レオナルド様が使えない人間を要職に就かせるはずがないだろう。そこはお前の実力だ」
「へいへい、お前が軍師になったように、な」
置いてけぼりを食らっている。ロイの師匠? お父さん? ……マジで誰。
「レオナルド様がお前の父親に連絡を取ったところ、彼からの返答が『ロイを戻せ。オレが出る』だったと」
「何考えてやがる、あの親父!」
「レオナルド様に説明はあったそうだが、私も詳細までは聞いていない。引き継ぎの時にでも直接聞くんだな」
「そうするよ。……ちょうどいい、師匠にミワを紹介するか。将来の嫁さん候補だとでも」
「えっ?」
ちょっと待って、さらっと、親御さん? との顔合わせをセッティングされそうなんですけど?
色々すっ飛ばしてない? 付き合ってないよ? 何そのお嫁さん候補って。
「父親に余計な期待を持たせるのはどうかと思うぞ」
「安心しろ、半分冗談だ」
油断も隙もないよ、この人たち!
二人ともさ、「半分冗談」って言うけど。冗談に聞こえないよ? そろそろ本格的に釘を刺さないとダメかも。
まだお友達ですからね? いいですか? お友達ですよ?
「実際のところ、ミワは俺が護衛する対象だ。引き継ぎでもその話になるんだし、手っ取り早く済ませるのにちょうどいいだろ」
そういうものですかね? マークも納得しているからそういうものなんだろうね。
「そうか、ムカつくが俺の異動については分かった。
話を戻すぞ、ミワに負わせる負担だ」
ロイがグッと身を乗り出して、私とマークに詰め寄る。
「ミワ。もう一度聞かせてくれ。
覚悟はできているのか?」
危険を圧してでも敵と相対する覚悟。城から出て自分の目で戦争を見る覚悟。
「できてる」
安全第一、生き残ること。
それだけなら、フェイファーとの駆け引きは、誰かに任せてしまってもいいかもしれない。
だけど、今こうして私の知らないストーリーに変わったことで、私の知らない事実がポロポロ出てきたことで、大事な人たちが無事でいる保証がなくなった。
この城だって、城下町だって、ストーリーから外れた今、完全に安全だとは言い切れないよね。……ロイはそんなこと知らないけど。
大事な人たち。たくさん出来た、大切な人たち。
レオナルド様、ソニア様、エマちゃん、シェフ、先生、ココさん。
コックさんに傭兵さん、事務員さん、侍女さん、お風呂の番台のお婆ちゃん。
それから、マークとロイ。
ゲームの登場人物じゃない、私と現実で交流して、仲良くなった人たち。
家族を亡くした私に、新しい家族ができたような、そんな暖かい気持ちにしてくれた、この城の人たち。
もうね、亡くしたくなくなっちゃった。
だから、何も手を出さずにいて、誰かがいなくなっちゃったら、私はきっと打ちのめされる。その責任が私にあるとは限らないのに、きっと私は私自身を責める。
だって、両親とは違って、自分にやれることがあったんだよ?
動いて後悔するのか、動かなくて後悔するのか。結末を見ないと分からない。
だけど少なくとも今。私が聖女の真偽を確認できれば、話は進む。
大丈夫。やっぱり私の第一目標は、生き残ること。
怖い気持ちはあるけれど、心強い味方がいる。この人たちに任せておけばきっと大丈夫だと思える存在。
「マークとロイに守ってもらえるなら、安心だから。私は私にできることをやるよ。
口を出さずにいる選択肢は、もう消したんだ」
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あ、あとね、実は、ちょっぴりミーハーな気持ちがあるのも否定できないんだな。
敵将のシヴァ・ル・フェイファー皇子はね、敵でも人気の高いキャラクターだったから。
実際の彼がどういう人なのか、どうせなら直に見てみたくなったんだよね。
和平交渉ってことは、どう考えても出てくるよね。見てみたいよね!
……そんな軽い気持ちは、誰にも内緒。




