52.新たな情報
39話の続きへ繋がります。
今回は少し長め。
出陣日、軍はあれこれバタバタして大忙しだったみたいだけど、私は手持ち無沙汰。
同じ軍師補佐官でも、ケインは現場にいて、司令官代理のコールマン家長男坊に付くんだとか。ゲーム通りに一個隊を任されている他、職名の通りに現場の軍師も兼ねてるらしい。凄いな。
で、私はと言うと。
いつも通りにマークの執務室へマッサージしに来ております。
シャツを寛げて肩を出すマークに、レモングラスのオイルを使っていく。相変わらず硬いなぁ。
今日の話題は、軍のこと……を避けて、最近コーヒーの豆が変わったらしい、という他愛ないもの。
「でも、休憩時間は紅茶を出してもらってるよね?」
「紅茶なら、コーヒーほど苦くないからな」
最悪ストレートでも飲めるから、と、テーブルに準備してもらったティーセットを見遣る。
私が隠れ蓑になって、砂糖もミルクもお茶菓子も準備されている。良かったね。
一通り揉みほぐして、ホットタオルで拭って。マッサージ後の水分補給も兼ねて、二人、ソファでティータイム。
じっと顔を見られて少し動揺する。告白された後でも、こんなにまじまじと見られたことはなかった。
「……まだ、決めかねている、か」
「ごめん」
「謝ることじゃないさ。ロイには?」
「同じように謝った」
少し吹き出したマーク。
え、そこ笑うとこ?
「じゃあ、ロイには悪いが、俺の特権を使おう。
ミワ。今日から君の仕事が少し変わる」
「つまり?」
「ついに全面対決だ。君の絵巻物に関する口述筆記は同時に行うが、それと共に、我々の話にも参加してもらう」
我々。つまり、城に残っているレオナルド様とマーク、だね。
真面目な顔に戻ったマークは、休憩時間の終わりを表している。
「今まで自室勤務を指示していたが、今後、君の職場はここになる。隣接する部屋に執務机を準備した。まずは必要な物を揃えるように。
いつ軍議室へ呼ばれてもいいように、職務時間中は常にここにいること。できれば終業後も連絡が付くように、居場所のリストを作成」
テキパキと言葉を羅列しながら、横に置いていた書類を携えて立ち上がる。
「君は、絵巻物、と言っているな? つまり、文章だけでなく、絵の情報も持っている」
「うん」
「戦局の情報も、ある程度持っていると考えても?」
「そう、だね。たぶん、だいぶ簡略化されているんだろうけど」
一つ頷いたマークは、ドアを開けて秘書官さんを呼び寄せる。
職種は違うものの同僚となる人。これからよろしくお願いします。
「君の準備が終わり次第、軍の情報を共有する。なるべく早く終わらせるように」
完全に軍師の顔に戻ったマークは、私にも指示を飛ばしてきた。
うん、頑張る。だって、それだけ必要とされているんだもの。
って、気合いを入れたんだけど。
秘書官さんが席を外したその隙に、マークがこっそりと耳打ちしてきた。
「これで、一緒に過ごす時間が増えたな」
そんな! 不意打ちを! しないでいただきたい!!
******
出陣から数日。
軍議室で地図を広げながら、ゲーム上での戦争パートをあれこれと再現していた私。それを見ながらマークは書類に何かを書き続け、その横ではレオナルド様が現場の情報を確認している。
そんな折りに、フェイファー軍へ放っていた斥候が、一報を持って飛び込んできた。
「聖女が、この度の戦に、従軍しているそうです」
思わず、ガタリ、と椅子を鳴らしてしまった。
「女性が、敵軍司令官の部隊に同行しているのを確認しました。話を総合すると、その女が聖女だと思われます」
「分かった。引き続き、情報を頼む」
レオナルド様が席を立つ。
「マーク、ミワ。私の執務室へ。
皆、新しい情報があれば持って来ても良いが、それ以外は呼ばれるまで誰も立ち入らないように」
人払いを指示し、軍議室よりも機密性の高い、レオナルド様の執務室へ移動する。
どうしよう。どんどん、私の知る話とはかけ離れていく。
******
「聖女が表舞台に出てきたか」
髭を擦りながら、レオナルド様がティーカップに手を伸ばす。
人払いする前にお茶を淹れてもらうのは慣例なのだろうか。
今日はマドレーヌやクッキーなんかの焼き菓子まである。
そんな、テーブルの上だけは優雅な空間は、私の気分の重苦しさを少しも軽くはしてくれない。
今までの情報を纏めたらしい書類に目を通していたマークが、顔を上げる。
「お嬢様とフェイファーの聖女、どちらが本物か、あるいはどちらも本物なのか、我々はまだ確定できませんが。
フェイファーは、確実に彼女を聖女と認定しているということでしょうか。
あるいは、今回の女性の従軍は、『聖女が神聖軍についている』と現場の士気を高めるためだけの方便で、やはりお嬢様を狙ってきているのか」
……聖女か。
確か、公の場ではティアラを着けていたはず。
ゲームでは、ティアラは聖女の力を引き出すための重要アイテム。
ブルニでシャイニー様と面会してラルドの記憶を取り戻す際にも、エマちゃんがティアラを着けることで聖女の力を発揮して、青い鳥――記憶を封じた魔力の塊――をラルドに馴染ませる必要があった。
邪神との戦闘シーンでは固定装備だったし、装備することでしか使えない回復魔術もあった。簡単に言うと、戦闘不能からの復活系の魔術。
そういう重要なアイテムだから、という理由とは別にしても、「エマ・グレース・コールマンが聖女である」と周囲に印象付けなければならない時には必ず着けている様子が、イベントムービーでも描かれていた。
それが今のフェイファーでも同じであれば?
もしも聖女が偽物で、単なる方便・士気上昇のためだけに従軍させているのであれば、重要なティアラを戦場に持ち出すことはしないだろう。
でも、聖女が本物だと考えているのであれば、従軍は公の場に準ずるとして、ティアラを着けているのでは?
そして更に、聖女の回復魔術の威力を見込んで従軍しているのであれば、ますますティアラは外せないはずだ。
「定かではないですが」
私が口を開くと、二人の目がこちらを向く。
「その女性がティアラを着けていれば、十中八九『聖女』なんじゃないかと思われます」
理由を述べると、マークが書類に追加書き込みをし、レオナルド様はカップを置いて腕を組み低く唸る。
「ミワ。そのティアラは、誰にでもそれだと分かる物なのかな?」
「どうなんでしょう? シャイニー様は知っていて、他はケインが知っているかどうか、というところですかね……。いや、前回の聖女降臨は、ラルドやケインが眠った後、クーデター後だったから、微妙かな?
ゲーム中では、フェイファー皇都にあるアルバーノ大神殿の中枢で厳重に保管されていたから、特に疑うことなく本物だと思っていたんですが」
「それでは君は、本物かどうか、確実に分かるのだね?」
「はい、それは」
「お待ちください」
答えた私の言葉に被せるように、マークが会話を遮った。
「まさか、レオナルド様。彼女に戦場に出て、ティアラの真偽を確認しろとでも仰るのではないでしょうね」
「我々の鍵は、やはりミワだろう」
「それでも、そんなことをする前にやるべきことがあるはずです」
テーブルをトントントンと長い指で叩きながら、眉間に皺を寄せるマーク。
これこれ、上司の前でそんな無礼な仕草をするでない……あぁ、最近ようやく穏やかな顔になってきたのに、そんなにしたら皺が消えなくなるよ……?
「戦場に出さなければ、まだ安心かね?」
「何を仰って……」
「衝突を一切避け、一気に和平交渉へ持ち込もう。その和平会談の場に、使節団の一員としてミワを参加させる」
レオナルド様の顔を見る。
何の気負いもない、あっさりとした顔。
「聖女は害することは出来ない。偽物の可能性は常に付きまとうが、本物であった場合、何かあってからでは遅い。
どちらにせよ、聖女と思われる女性が戦場に出てきた以上、我々は武力衝突を回避しなければならないのだよ」
それで和平交渉か。
「戦闘回避さえ成れば、身辺警護の厚い場で、重要人物のみの会談だ。
我々トップが狙われるならともかく、ただの軍師補佐官の彼女が狙われる可能性は低いのではないかね?」
「しかし……」
ふふっ、と笑ったレオナルド様が、マークを覗き込む。
「まだミワを警戒しているのかね?」
「それはないと、以前」
「そうかそうか。つまり、そんなに心配か」
ん? レオナルド様の笑いがどこかしらニヤニヤしたものに……。
ぐっと言葉に詰まったマークの耳が、少し赤い。何でそこでポーカーフェイスが崩れるの!
あー。……私も釣られて顔が赤くなったから、レオナルド様はきっと勘違いしている。
まだ違うもの! ここは毅然として訂正を入れねば!
「レオナルド様。マークは、部下を危険に晒せないという上司の鏡で」
「はっはっは、若いなぁ。私もソニアが心配だから、気持ちは分かるぞマーク」
「あのですね、私たちはそういう関係では」
「うん、ミワの安全は重々考慮しよう。任せたまえ」
「聞いてくださいってば!」
散々笑って私を焦らせマークを渋面にさせたレオナルド様だけど、急に真面目な顔に戻って、
「ということでだ。現場の各部隊長を一度呼び戻す。そこで、ラルド様の話を伏せた上で、邪神の復活の件と聖女の話を公表する。
それまでにマーク。実際に戦闘回避する策を練っておくように」
と、席を立った。
鶴の一声とはこういうことか。
それまでに、って、どれくらい猶予があるか具体的には分からないけれど、めちゃくちゃタイトな締め切りなんじゃ?
それでもマークは一切反論せず、黙って頭を下げた。




