5.馬上の腹の探り合い
そうと決まれば。
「王子。キャスパー王子」
後ろで馬を操る王子に声をかける。
乗馬初心者の私のために、喋れる程度の速さで駆けてくれている。
王子との話し合いは街に入るまでに済ませておきたい。
「はい、何でしょう?」
「辺境伯の居城まで、あとどれくらいかかりますか?」
「……城、ですか。街ではなく」
王子の声が僅かに固くなる。
「ね、王子。最初から怪しく思っていたんでしょ? 私があっさり王子の素性を言い当てたから」
「…………」
「そのくせ、死ぬ寸前まで追い込まれるほど弱い。スパイ……密偵にしては間抜けですよね」
「何が言いたいのでしょう」
「率直に言います。王子から見て、私ってどういう立ち位置です? やっぱり辺境伯の所で牢屋に入れた方がいい人物ですか?」
少し逡巡するような間があった。
「そうですね。最初にあなた自身がおっしゃっていたように、得体の知れなさはあります。
ただ、私の一存でどうにかなる話ではありません。私は辺境伯殿の領地で謎の女性を保護したのみ。ですので、おそらくあなたの想像している通り、辺境伯殿へ奏上するつもりです」
やっぱり。それなら好都合。
あとは私の口八丁手八丁、交渉力次第。
聞きたい一言は思ったより早く引き出せたから、少し肩の力を抜いて、そのまま王子との話を続ける。
「私が、異世界から迷い込んだと言ったら、頭おかしいと笑います?」
「異世界、ですか。……前例は聞いたことがあります」
「はい? え、マジで!?」
予想外の一言が飛び出して、私は思わず後ろの王子を振り仰いだ。
冗談を言っている顔ではない。……いやまぁ、この人、基本的に表情あんまり変えないから確かじゃないけど。
ちらっと私に視線をやって「慣れていないなら前を向いていた方がいいですよ」と言うと、自身もまたすぐに前方に視線を戻してしまった。
大人しく指示に従うが、私の心臓はドクドクしたままだ。ただの雑談のつもりが、急に重要情報が出てきた。
「ほ、ホントですかその話」
「あまり公になっていないですが。首都で魔術師を生業としている同族から聞きました」
「そ、それって、大魔術師のシャイニー様……?」
「……シャインのこともご存知でしたか。ええ、彼から」
マジで重要情報なんですけど!?
生き残ったら泣きつこうと思っていた大魔術師――エルフ族のシャイン・ユジール様――の名前が王子から出てきて、一気に希望が増した。
「あのっ、このままシャイニー様の所へ連れて行っていただくなんてことは……」
「無理ですね」
「あ、やっぱり?」
えぇえぇ、ダメ元で言ってみただけです。
「私が今から辺境伯殿へ用事があることを差し引いても、無理です。
あなたが異世界人だとしても、私や辺境伯殿、シャインのことを知っていた理由にはなりませんから」
「それは……」
話してしまってもいいのだろうか。
ここが、私のプレイしたゲームの中で。出てくるキャラクターも、この先の展開も知っていると。
考えたのは僅かな時間。
(――まだ言わない方がいい。
怖い。私の知っているストーリーから外れて、この国が負けることが)
主人公としてプレイした側の陣営だ。愛着もある。それに現実問題として、自分の身の安全も大切。
下手に介入することでどれだけストーリーが狂うのか。
ただでさえ、異分子の私が王子と出会い、更に辺境伯に会うことになるのに。
この真実を伝える人間は、よく吟味しないと与える影響が大きすぎる。
「言えません。私への疑いが強くなっても、ここでは言えない」
すみません、と一応謝っておく。
再び沈黙が降りた馬上で、王子がポツリと呟く。
「このままのペースであれば、あと一時間ほどで領都に着きます。
もし眠れるようであれば、私にもたれて軽く眠っておくといいでしょう」
なんだかんだ言ってもやはり王子は優しい。
血は止まったとはいえ、ボロボロになった後に慣れない乗馬。さすがに疲れた。
王子の好意に甘えて、遠慮なく一寝入りさせてもらうことにした。
身体を預けると、ふわりと木の香りが鼻を擽った。
これも、ゲームでは分からなかったこと。
知らなかったことを体験できるのは、追体験するよりも嬉しいものなんだね。
******
喧騒で、浅い眠りから浮上した。
「目覚めましたか。そろそろ下馬したかったのでちょうど良かった」
目をしぱしぱさせて周りを見渡す。
ああ、ここは馬と馬車の専用道だ。馬に乗った状態じゃないと入れないあそこの路地の奥に、アイテムがあって……って、それは今は置いといて。
既に城壁が目視できる距離に近付いていた。
馬用通用門前で、馬から下ろしてもらう。
「キャスパー・ルーク・デイ、辺境伯殿との会談のために参上いたしました。
こちらは、先程ラヴィソフィ領内で保護した女性です。事情があります、共にレオナルド殿へお目通りを願います」
「お待ちしておりました、キャスパー様。すぐにご案内いたします」
見るからにボロボロの服を纏った私にも、門番さんは笑顔を見せてくれる。王子効果恐るべし。
それにしても、今、ラヴィソフィ領って言ったよね、王子。それって、私が名付けた本拠地の――辺境伯領の地名なんですけど。
微かに湧いた嫌な予感。
ねぇ、軍の名前や主人公の名前も、デフォルト名じゃなくて私の名付けたものになってたり……しないよね?