49.泣きながらの勉強がスタート
本日から一話ずつの更新になります。
話は39話最後の部分、国軍合流前の時間に戻ります。
一般人だった私が何故か軍属に。
つまり、ここに来た当初からずっとずっとお世話になっていたキッチンの仕事を、急に辞めることになったのだ。
「すみません、シェフ……たくさん良くしていただいたのに」
「レオナルド様の指示じゃあ、我が儘も言えねえからな。
しかしなあ。これからが鍛え時だったんだがな……惜しいな」
食堂のトップであるシェフにエプロンの返却をして、異動となる旨を説明して頭を下げた。
残念そうにしてくれる姿に、私も少しは役に立っていたのかとホッとする一方、途中で戦線離脱する申し訳なさでいっぱいになる。
もちろん、レオナルド様の勅命だから誰も逆らえないんだけど……それでも心苦しさはあるんだよ。
何となく、元の世界の仕事に思いを馳せる。
私は会社の中の小さな歯車。だけど、誰かは残念に思ってくれていただろうか。
私がいつまでも眉を下げているのを見たシェフは、励ますように私の肩を叩く。
「ミワの謝ることじゃないさ。人が増えて、何とか朝の別メニューも続けられそうなのが救いだ。ま、忙しくはなるがな!
大丈夫、いつでもキッチンを使いに来い。ついでにメニュー提案して行け」
笑いながら言ってくれるシェフに、大きく頭を下げた。
挨拶も終わり、キッチンから出たその足で、私は図書室へ向かう。
予想だにしていなかった「軍師補佐官」なんて役職を任命されてしまった私は、少し囓る程度だった勉強に本腰を入れる必要に迫られたのだ。
この世界の文字は、アルファベットをもじったような形をしている。
そして、言語としても英語が基のようだった。
話し言葉は日本語、それ以外は英語……まさにゲームの世界。英語なのも「見た感じ格好良くなるんじゃね?」っていう開発側の思惑が感じられるよね。外国人が漢字Tシャツを着たがるようなノリ。
私、昔から英語が苦手。
読むのは辛うじていけるかな。とは言っても、あくまでメニュー表とか部屋の看板とか、そういうレベルの物だけね。書類読めるか、って聞かれたら、全力で首を横に振るよ。
学生時代も、そして社会人になってからも、長文を泣きながら読んでたよ。辞書必須。読む速度は超ゆっくり。
最大の問題は、書く方なんだよね。一番苦手。
ライティングが得意だったら、ぶっちゃけ、私の仕事の大部分は終わるはずなんだよ。
軍師補佐官。
仕事の内容は、今のところ大きく二つ。
フェイファーの撃退・和平交渉・聖女(仮)の確保に向けて、ゲームの情報の整理。その文書化。
そして、今後の会議に出席して、最新情報の共有。
だからね、現状とゲームの相違点を比較した書類を書くのが、一番のお仕事なんだよ。
……泣いてもいいかな。
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図書室の司書さんには、勉強するための本の紹介を既に何度か受けている。
でも、今まで司書さんに助けてもらっていたのは、リーディングがメインだった。
普通に生活する分には、書けなくても読めれば何とかなるんだよ。
英英辞書みたいなものと簡単な絵本、子供向けの物語。それに加えて、元の世界の(一応15年近く学んでいた)英語の知識。まあ、何とか英語アレルギーは減ってきたかな、って感じだった。
今回は、ライティングを中心に見繕わなきゃいけない。
慣れるためには、まずは手紙や日記を書いてみるのがいいって言うよね。……そんなこと、学生時代から知ってるよ。
何でそれをやらなかったか、って?
添削してもらわないと、出来てるかどうか分からないんだよ! 書いたものが大丈夫なのかどうか、そこで足踏みして終わりなんだよ!
そう、私の場合、ライティングの勉強には添削者が必須なんだ。
誰か付き合ってくれる人を探さないとな、と肩を落としながら、司書さんに初級ライティングの本を出してもらう。
何冊か抱えて、図書室を出る。
ここで勉強してもいいけれど、自室でミントオイル嗅ぎながらやった方が気持ちもシャキッとするかな、と思ったから。
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ただでさえ仕事――の前段階で頭がいっぱいだったところに。
もう一つ、私の頭と心を掻き乱している原因二人と、廊下でばったり出会っちゃいました。
何となくムッとしているロイと、涼しい顔のマーク。
一触即発ではないけれど、和やかな雰囲気でもない。いや、何というか、ぎくしゃく? 変に気を遣ってる感じ? 私がそう感じているだけかもしれないけれど。
とにかく、頭を切り替える。
昨日の夜、一生懸命考えて出した結論。
「ひとまず最初に。こんな私に気持ちを向けてくれて、ありがとう」
ガバッと頭を下げる。
「それから、こんな経験初めてだったから、何も反応できなくて、ごめんなさい」
そこまで言ってから、顔を上げる。
ごめんなさい、という言葉のせいか、ロイが少し目を眇めている。
違う違う、断ってるんじゃなくて。
「二人はお互い、今の状況を知ってるのかな?」
交互に目をやると、二人共が頷いた。そっか。じゃあ話は早い。
「私は、二人のこと、結構知ってると驕ってた。でも、ちょっと思い返すだけでも知らないことばかり。
私は、相手をよく知ってから、自分の気持ちを見つめ直したい。
だから。まずは、二人をよく知るところから始めたい。
えーと……いわゆる、『お友達からお願いします』というやつです、ハイ。
断ってるからじゃなくて、ホントに、その……」
握った手が、微かに震えているのを自覚する。緊張と不安。
せっかく寄せてくれた好意が、これで霧散するかもしれない。私が優柔不断で幻滅するかもしれない。やっぱり私は二人からの好意を勘違いしていて、空回っているだけかもしれない。
いつの間にか下がっていた視線を、もう一度上げて、二人を見る。怖かったけど、二人の目を、しっかりと。
マークは、微かに微笑んで。ロイは、仕方ないなという風に口を尖らせて。
「真剣に考えてくれたようで、よかった」
マークがそっと呟いて。
「早いとこ俺だけに決めてほしいもんだ」
ロイがようやく少し笑って。
私の選択は、受け入れられた。今度は、勘違いしていなかった。私の我が儘を、優しい二人は聞き届けてくれた。
急に心臓がドコドコ鳴り出す。
お友達だなんて言っているけれど。私はもう、二人を意識してしまったんだから。これから二人とどう接していけばいいか、やっぱり分からない。
だってさ、お友達から始めましょう、って、実際、どんな感じなの?
今のままでいいのかな? そもそも友達感覚だったよね。でもこれから、何をするにしても絶対意識しちゃうよね。
仕事だったら冷静になれるかな。うん、確かにさっきのマークとは普通に接することが出来た。でもそれってやっぱり友達じゃない! 同僚! というか上司!
どうしよう、どうしよう。受け入れられた後の具体的な行動を考えてなかった。
顔に熱が集まったのが分かる。だから余計に目が泳ぐ。
「それじゃあ」
私の様子を見かねたのか、マークが笑いながら口を開く。
「手紙でも交換するか?」
私の持っていた本を指差して、そんなことを提案してきた。
「読み書きの練習だろう? ちょうどいい。お互いの話を手紙でやりとりしたらどうだろう」
「よし、俺も乗った」
マークだけじゃなく、ロイも賛成してくれた。
つまり文通ですね。
「私の語学はマジで残念な状態なので……添削もお願いできるでしょうか……?」
動揺が霧散したと同時に情けないくらいシュンとした私の様子に、二人が笑って頷いてくれた。
ぎくしゃくした微妙な雰囲気は、少しだけ減った、気がした。




