48.研究開発バンザイ! ――薬師とエルフと先生―― 後編
本日で一日複数更新は終了です。
次から、完結作とはストーリーが変わります。
エルフ隊へ顔を出すと、先生の姿を見つけたらしい若い兄さんが、壁際に置いてあったカバンを掴んでこちらまで出てきた。
オレより少し下……薬師室で二番目に若手のディルくらいの年齢に見えるが、たぶんオレの祖父よりも年上だろう。エルフの年齢は見当が付かない。
招き入れられた部屋で向かい合い、初対面のオレと軽く挨拶を交わすと、エルフは傍らのカバンから次々と小瓶を出し並べた。
「もう何か手に入ったのかい?」
「はい。ご要望のあった、ラベンダーとミント、レモングラスの抽出物は既に手元にあったので、こちらにすぐ取り寄せました。
ティーツリーは必要量を揃えるために探しに行かせています」
「そりゃいいね」
仕事が速い、と先生が口元をほころばす。
「『薬として』『食材として』『園芸として』植物に興味を持たれる方は多いんですが、それ以外でこういったエッセンスを使うというのは、なかなかないですね。
……そうですね、何百年か前に滅んだある国で流行していた、と聞いたことがある程度でしょうか」
「ほほう? 裏を返せば、そんな大昔でも作れるくらいの代物だってことかい?」
「方法自体は簡単ですからね」
うん、オレの見立てと同じだな。作業としては難しくないはずだ。
「ですが、せっかくこうして、戦争のギスギスした雰囲気とは違うお話を伺えたんです。
できるだけ良い物を作りたいですね」
「そいつは心強い。
で、どうだいトニー。実物を見てみたアンタの見解は」
基剤として示されたオイルを手に垂らしていたオレに、先生が話を振る。
「そうですね。先生、基剤はコレ指定、とのことでしたけど。こいつが選ばれた決め手って何です?」
「主に値段だって言ってたが」
値段か。それは今後も重々考えなければならないが、気になったことが一つ。
「ひとまず、これで濃度を調整して作ってみます。
ただ、自分としちゃ、このオイルをもうちょっと改良……というか、別物に変更したいところですね」
オレと同じように、オイルを手に出して匂いを確認していたエルフが、オレの言葉に顔を上げた。
「その理由を教えていただけますか?」
「簡単な話ですよ。
先生に話を持ってきたのは、貴族のお偉いさんじゃなくて、一般人なんでしょ? こんな重い質感のオイルを使うのはオススメしないな、とね。
一般人なら、ゆっくりアブラまみれになっていられる時間なんてそうそうないだろうし。
使ってすぐ拭うなら、いくら安いオイルでも、何となく勿体ない感じがしません?」
オレが貧乏性なだけじゃない……と思いたい。
「じゃ、アンタはどんなのがいいと思うんだい?」
「そうですね、値段が安いものを大前提で探すとして。
拭き取る必要のない、肌によく馴染むようなのがいいと思うんですよ。例えば、肌馴染みのいい軟膏剤みたいなのじゃダメなんです?」
「どうしてもないならそれも選択肢に入れる、とは言っていたがね。使い道が多いから、できればオイルがいいんだとよ」
「それなら余計、もっと軽いオイルじゃないと。あちこちギットギトになりますよ。
そうだなー、例えば」
ちらりとエルフに目をやる。
「エルフの薬みたいに、塗った途端にすっと馴染むのが一番ですよね」
フンっと、先生が面白そうに鼻を鳴らした。
あぁそうだよ、やっぱりせっかくエルフに会うんだ、薬の話もしたいんだっつーの!
「申し訳ありません。あれは我々エルフが魔力を込めることで精製されるものでして……あの薬で成分のないものだけを、というのは少し難しいかと。
そもそもあれも軟膏ですし、更に香りの調整も行わなければなりませんし」
それじゃ仕方ないか。
「んー……もし感触が良いのがあったとしても、動物から採った脂じゃニオイがきついから、選択肢から外す。となると、植物系の油か。
エルフの方で、もっとサラリとして馴染みのいいオイル、何か知りませんか?」
く、と長い首を傾げて考え始めるエルフ。
「いくつかあったと思いますが……持ち帰りにさせてください。
ちょうど、他にも使えそうな植物からエキスを抽出させようと考えていたことですし」
「いいですね、モノづくりってのはやっぱりこうでなくっちゃ。
単に混ぜ合わせて終わりでもいいけど、どうせやるならトコトン良い物を、ってね」
オレとエルフが頷き合う横で、先生がニヤニヤ笑っていた。
先生も大概、楽しんでるよな?
「ほら、言ったろう? 『面白い話だ』って」
えぇ、良かったっすよ、当たりの話で。面白くなりそうだ。
******
改良案は脳裏に色々浮かぶけれど、まずは試作品を作って方向性の確認から。
といっても、濃度と安全性くらいか。
いくつか混ぜ合わせて作っていると、後ろからハルバート室長とロブが声を掛けてきた。
「先生と話をしていたのはそれか?」
「はい。薬じゃないですけど」
「良い香りがしますね。先輩、薬とは何が違うんですか?」
「薬効を考えてないからな」
事情をざっくりと説明する。
「えー、せっかくなら薬効入れましょうよー」
ロブの言う通り、そりゃ、そうできれば面白いなとは思ってるけど。
ともかく、今の優先順位は、安全性、香り、費用。それでOKもらってからじゃないと話が進まない。
「じゃ、そのサンプルが通ったら、薬効入れましょ!」
「それより先に、基剤の性質を変えたいんだよな。もっと軽い手触りにしたい」
「ほう。どうせなら、劣化する速度も緩やかになるように考えてみたらどうだ」
「あ、それいいですね」
その後、試作品第一弾は、依頼者に無事OKを貰ったらしい。
オレたちは――いつの間にかこの件に関わる薬師が増えていた――揃って改良に取りかかる。
「いいんすか、今までの仕事も変わらず減ってないのに」
「内々に奥様から話が来たぞ。『薬師室が関わっているって噂に聞いていたけれど、本当なのね』『それなら話が早いわ、私からも極秘で依頼するわ』ってな」
「やめてくださいよ室長、奥様にちっとも似ていない声真似なんて」
「うるさい。ま、そんなワケで、予算が下りたんだな」
「そいつは良かった……ん? 良いのか?」
ちょっと待て、結局オレたちの仕事量が増えただけじゃねぇか!!
「楽しいからいいだろ」
「ま、それもそうですね」
おうよ、研究楽しいぞ!!




