47.研究開発バンザイ! ――薬師とエルフと先生―― 前編
昨日に引き続き、本日も二話更新です。
薬師ってのは、ま、なんだ、名前の通り「薬の専門家」ってやつなんだけども。
今回は、そんな普段の業務とはちょっと毛色の違う相談が舞い込んできた。
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「おーい、ちょっといいかい?」
「あ、先生。もう先日の薬、なくなっちゃいました?」
他に手の空いているヤツがいなさそうだったから、オレが応対に出た。
おかしいな。先生のところには、この前だいぶ大量に作って卸したはずだったけど。
引きこもってるオレが知らないだけで、何か怪我人が多く出る騒ぎでもあったか?
「違う違う。ちょっと面白い話を聞いてね」
「はあ」
豪放磊落に見えて、その実きっちりと仕事する人だ。
彼女の言う「面白い」は、単なる笑い話なんかじゃなくて、何か使えそうだということ……だと思う。
それは、こっちにとっても「面白い」かもしれないし、逆に、コレ一体どうするんだよ、と薬師室メンバー皆が持て余す案件かもしれない。
(オレが出たの、まずったかな……)
一番若手のロブか、ディル辺りにでも出させれば良かったか?
「まあまあ、話だけでも聞きな、トニー」
ちょっと逡巡したのが目敏くバレた。
くいっと親指で部屋の外を示される。
え、外に出ろと?
「アンタら、たまには部屋から出て日の光を浴びないと倒れるよ? ほれ、今からエルフんとこ行くから。
ハルバート! トニー借りてくよ!!」
「おー、適当に持ってけー」
部屋の奥から、容赦ない室長の声が返ってきた。
面倒を嫌ってオレが売られたか。
エルフ隊は、この前から軍に合流したらしい。デイ森の王子が纏めているんだと。
「エルフの薬の話は一度聞きたいと思ってたから、いい機会ではあるかな」
研究目的として少し譲ってくれねぇかな。やっぱ噂通り門外不出なのかな。あるいは、エルフじゃないと作れない特殊技法でもあるのか?
「何やら期待してるようだがね、あっちで薬の話はしないよ」
「えーーーーーっ!?」
「大声出すな鬱陶しい。言ったろ、面白い話だって」
「いやだって先生、エルフの薬の話なんて超面白いですよ!?」
「あたしゃエルフから直接買い取るから、別になんとも?」
「こっちは研究したいんですけど」
「あんたら、これ以上仕事抱え込んでどうすんだい」
ぐうの音も出ねぇ。
実際問題、軍が大きくなり出してから、薬の仕事は増える一方だった。
それでも、作る薬はほとんど決まっているため、技術の拙い人間でもある程度の物は作れる。
大量生産ラインは、決まったレシピと、「雇われさん」がいてくれるお陰で、パンクはしていない。
じゃ、薬師室は何しているんだと言われたら。
一般人に毛が生えたような人ではできない仕事を請け負っております、はい。
重要人物に使われる、特別製の薬の調合とか。
新薬の研究開発とか。
既存薬の改良品の開発とか。
特別薬はともかく他の作業は、一刻も早く作業しなければならない、訳じゃない。
でもさ、こういう、薬が大量に必要になる時だからこそ、より良い物を使わせてやりたいじゃないの。
そんな理由で、オレたちは日夜問わず仕事をしていた。
「だって、研究楽しいから!」
オレの心からの叫びは、先生によって一笑に付された。
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「ふぅん。植物から成分を抽出して、溶媒に溶かす。シンプルな作業ですね」
「溶媒は指定の物。効能は二の次で、重視するのは安全性に香りと費用」
「ふんふん。……で、エルフたちには何を聞きに行くんです?」
「種族全体が植物の専門家だからね。先にちょっと話をしに行ったら、何やらえらく興味を持ってくれたらしい」
「へぇ。エルフが人間の話に食いつくなんて、ちょっと意外ですね」
「おや、知らなかったのか? デイ森の人らは、人間に対して友好的だよ」
更に意外だ。森に閉じこもってばかりなのかと。
「アンタら薬師室の人間と似たようなモンじゃないか。別に人嫌いでもないのに、部屋に閉じこもってるだろ」
いやいや、エルフをオレたちと一緒にするなんて、さすがに失礼な気がするぞ……?
唖然としているオレを尻目に、先生の話は元に戻った。
「そんな訳でね、『これこれこういう物を作りたい娘がいるんだが』って事情を話したら、なるべく早く動きましょう、ってトントン拍子さ」
「それなら、全部作るところまで、エルフにお願いしたら良かったんじゃ?」
「彼らがこの城に来ているのは、あくまで戦のためだからね。余分な物は持ってきていないとさ。
原料を取り寄せるくらいは協力できても、戦をほっぽり出してやることでもない。させられない。
だからアタシも、薬師室の適当な人間を拉致しにきたんじゃないか」
おぉい。薬師室の忙しさを指摘したのは先生のくせに、何をおっしゃる。
「安心しな。多分これ、奥様がらみだからね。近々正当な業務として認められるんじゃないか?」
「へ?」
「この、基剤として渡された油。どこから手に入れたのか尋ねたら、奥の侍女から聞いたとさ。
つまり、実際に貴族が使っている油の、質が低ランクのものだというワケだ」
なるほど?
「奥の侍女がそんな話をホイホイと表の一般人にする訳がない。
となれば、主人が一枚噛んでると予想できるモンさ」
「確信ではないんですね?」
「ま、奥様に直接聞いたわけじゃないからね。どうかねぇ。
違ったら違ったでも、ま、アンタらのいい気分転換にはなるだろ?」
何となく丸め込まれた気が、しなくもない。




