46.辺境伯家の日常
なんと珍しく、レオナルド様が食堂へ食べに来た。
ざわついた声に釣られてキッチンから顔を出したら、目の前にレオナルド様がいたのだ。
「いやな、ミワがここで働き始めてから、一度も食べに来ていなかったと思ってな」
ウインクするナイスミドル。え、まさかそれだけが理由じゃないよね……?
――うん、それだけだった。
食べながら何か考え込んだり、周りの兵士とコミュニケーションを取ったり、味噌汁が気に入ったようでお代わりをしたり、事務のお姉さんにデザートをプレゼントしたり、レオナルド様に憧れているらしい少年たちに挨拶をしていたり。
随分ゆったりしていて、思っていた以上に上層部は余裕なんだろうか、とチラリと脳裏を過った。
いつの間にか、一人の文官さんが、呆然と眺めていた私の横へ並んでいた。
「おはようございます、ミワさん」
彼は、レオナルド様に付いている秘書さんのはず。申し訳ないが、私は彼の名前まで把握していない。
向こうは当然のように私を知っているみたいだけどね。
「おはようございます。えっと……レオナルド様、いいんですか?」
私の言わんとすることがよく分からないのだろう。彼はノンフレームのメガネを押し上げつつ、こちらに向き直る。
「忙しくないのかな、とか。ここで朝食を取ってしまって、奥の料理人さんたちの立場は大丈夫なのかな、とか」
あぁ、と軽く頷いて、視線をレオナルド様に戻す秘書さん。
「よくありますからね。今回はあらかじめ伝達があったから、問題ないでしょう。
急に思い立って出て行かれるとこちらも慌てますが」
お忍びは何かと困ります、と苦笑している。
「もしかして秘書さん、結構被害被ってきたんじゃないですか?」
「……ははは」
乾いた笑いに、こちらも苦笑してしまった。
「ですがね、それがコールマン家の良い所でもあるんですよ。
コールマン家は領民との距離が近い。それは大きな力になります。
現状を知って領政に活かすこともできる。有事の際には協力が期待できる。
領内全てが完全な一枚岩とは言いませんが、この度の戦でも大きな混乱がないのは、普段のコールマン家皆さんの態度のお陰だと、私は思いますね」
一転、穏やかな笑みを浮かべて嬉しげに話す秘書さん。
そうか。エマちゃんもお忍びで何度も城下町に出ていたけれど、レオナルド様も、もしかしたらお兄さんたちもそうだったのかもしれない。
「今回の国内の騒ぎが落ち着いたら、本格的な戦支度が始まります。
その前に、できるだけ民と交流しておきたいと思っておられるんでしょうね」
そう、私は知っている。
今起きている内乱紛いイベント。これが終われば、次はいよいよフェイファーとの戦争ターンだ。
「マーカスさんもお忙しいのは分かるけれど、たまには兵の様子を見ておくのも良いと思うんですがねぇ。他領出身の引け目でもあるんでしょうかね」
秘書さんは最後にポツリと呟いてから、
「レオナルド様、そろそろ仕事に戻りますよ!」
と、領主かつ軍司令官の首根っこを掴んで食堂を出て行った。
あー。
薄々そうじゃないかと思っていたけど、やっぱりマークは執務室に籠もりっきりか。
仕方ない、今日もマッサージしに行きますか。
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もうすぐ首都の混乱は沈静化する、と、先遣隊が情報を持ってきたらしい、ある日。
マークの執務室を辞したところで、ソニア様が私を待っていた。
「ミ~ワ~ちゃん! お茶し~ましょ!」
奥様直々のお誘いに、若干身構える。
え、またトムに良いように使われるんじゃなかろうね?
「今日はこの前みたいに緊急事態ではないのよ?
エマは一緒に首都へ行っちゃってるし、トムもマイケルも仕事で忙しいし。
私もたまには誰かとお喋りしながらお茶したいのよねぇ」
ふわふわと笑って頬に手を当てる様はとても優雅だけれども、言っていることはマイペース。
紫音もこんな感じだったなぁ。急に呼び出されて「基礎生物学が必修科目なの! 助けて! 教えて!」って言われて、カフェでお茶しつつ一緒に勉強したっけ。
あ、ちなみに、マイケルっていうのはコールマン家の跡継ぎ。
確か既に結婚していて、レオナルド様の補佐をしているはずだけれど……お茶なら、マイケルの奥さんを誘えば良いのでは?
「マークに、マッサージオイルを使ってあげてるんでしょ? 今もミワちゃんから良い香りがするもの。
ねぇねぇ、前にミワちゃんが言っていた物が完成したのよね? お話聞かせてちょうだい!」
あぁ、なるほど、それが目的だったのか。そう言われると、協力を仰いでいた手前、否とは言えない。
いやもちろん、ただの一般人に辺境伯夫人からのお誘いを断るなんていう選択肢、最初からないんだけれどね!
「何なら私も使わせてもらいたいわ!」
それだけはご勘弁を。貴族の奥様に使わせる訳にはいきません、侍女さんたちがショックで倒れちゃいますよ……。
アロマオイル完成までの経緯、実際の使用感と、何だかんだと話は盛り上がった。
一段落ついてようやく紅茶を飲み干した私に合わせて、ソニア様も上品にカップをソーサーに戻す。
「面白いお話だったわぁ。
……それでね、ミワちゃん」
心なしか、ソニア様の茶色の瞳がキラリと光った気がした。
「大量に生産した際の実際の価格と、確保できる量は、どのくらいになるのかしら?」
――まさか。
「城下に流通させて、資金の確保と民衆の不安軽減に使いたいの。場合によっては他領にも広めるわ」
そう言って笑うソニア様は、優雅な佇まいを保持しつつも、完全に為政者の顔になっていた。
最初のプレゼン以後、マークからその話をされなかったから、すっかり油断していた。
「あの、えっと。まだ先生や薬師さんたちと詳しく話をしていなくて。当分私だけで使う予定だったので」
「あら、あなたと、マークでしょ? 一人で使うよりも減る量は多いわ。
なるべく早く、そうね、次にミワちゃんが『おかわり』する頃までには、もう一度詳しく話を聞かせてちょうだいな。
戦争が激しくなってからじゃ、間接的でも守れる民が少なくなるわ」
(あぁ、もしかして)
何となく理解できた気がする。
この人は、領民が、国民が、大好きで大切で。
軍のためだけではなく、もっと大きなことを見据えている。
領を富ませることも、民の心労を減らすことも、とても重要なことなんだろう。
それは、もしかしたら、戦力に直結するからかもしれないし、背後――国内の勢力争いに、引いては国への発言力に絡んでくるからかもしれないし、戦後の生活のことまでを考えてのことかもしれないし。
正解は分からないけれど、どれも当たらずといえども遠からず……だと思う。
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コールマン家。メーヴ城を、辺境を預かる一族。
この人たちが治めているこの領は、隣国との危険と常に隣り合わせながら、きっと幸せな土地。




