39.作戦会議
色々と驚愕は受けたものの、これでこの五人の間で情報が共有されたことになる。
ケインとマリクさんも驚愕――というより、信じがたい話を聞いただろうけれど、私だってなかなかのショックだよ。
この世界で生き残るための基盤だと思っていたブルフィアのストーリーが、真実全てではなかった。今まで漠然と信じていたストーリーの筋へ疑念が少し芽生えてしまった。
そして、彼らにはない混乱。ストーリーから外れた現象が出てきたことで、私の生き残り計画を練り直す必要に迫られている。
場所を小会議室に移し、そこでも人払いをして、私たちは今後の動きについて検討することになった。
(うぅ、どうしよう。私ってば完全に、いきなり首脳会談に呼ばれた一般人じゃないの……)
私は、ぐるぐると余計なことを考えがちで、突発的な出来事に弱い。
今回のようなイレギュラーな事態は、普段なら一旦状況を整理して、それから考えるのだけれど。
否応なく巻き込まれて、だいぶ心細い。
あまりに不安な顔をしていたのか。私の横に座ったマークが、机の下で固く組んでいた私の両手の上に、そっと手を重ねてくれた。
あぁ、そうだ。この人がいる。
出会った当初こそ、頭の回転が早すぎて怖いと思ったけれど、今は隣にいてくれることがこんなに心強い。
「さて、それでは。本題に入るとしようか」
レオナルド様が顎髭を撫でつつ、私たちの顔を眺める。
「状況を整理しよう。
ビエスタ国は、フェイファーへ迎合する派閥の貴族たちを押さえ、現在、国軍7番隊、8番隊がクルスト軍へ合流するために首都を出た。完全に合流するのは15日ほど後だとみられる。
当初の計画では、この度の増援により国境の戦を本格的に開始し、出陣しているフェイファー軍を撃退、後に不可侵条約の提携に向けて両国間で協議ができる下地をつくることが目的だった。
表向きはそこで終わりだが、両国間の協議の際にラヴィソフィ国の再建に向けた調整を行うため、私とビエスタ国王、ラルド様とケイン君の四者極秘会談までを目指していた。
何にせよ、フェイファー軍を退けるのが第一目標だな。
さて、ミワの話では、どうなる予定だったのかな?」
これはもちろん、スラスラと答えられる。
「全面対決の最中、ラルドやケインと共に行動していたエマちゃんが、ラルドが巻き込まれた戦闘で大きな回復魔術を使用します。これで、フェイファーにエマちゃんの居場所と聖女である事実がバレます。
フェイファー軍の進軍目標はメーヴ城でした。聖女候補が辺境伯令嬢だという情報があったためです。しかし彼女が城外、戦乱地域にいることが判明したため、一度撤退すると見せかけて精鋭をエマちゃんの元へ向かわせ、結果彼女は敵の手に落ちます。
敵は目的であった聖女――エマちゃんを手に入れたことで、現場の指揮を下士官に任せて主要人物が聖都へと戻ります。
クルスト軍は、エマちゃんを人質に取られた状態となるため、やはり首脳陣が一旦城へ戻り、対策を練ることになります。ここで、ケインがレオナルド様に、ラルドの正体と亡国復興のための情報を直訴して、単なる撃退目的の戦争から、人質の奪還とフェイファー首都の解体を目指す方針へと変わります」
ふむ、とレオナルド様とケインが考え込む。
「んー、じゃぁあぁ、今のフェイファーの戦争の目的はぁ、ミワちゃんの情報とは違うわけだよねぇえ?
それならぁ、ボクたちが取るべき行動はぁ、最初の目的通りに敵軍を撃退させてぇ和平交渉へ持ち込むかぁ。
あるいはぁ? ミワちゃんのお話の中の敵さんと一緒でぇ、向こうにいる聖女を奪取するかぁ……になるのかなぁあ?」
「でも、マリクさん。今回はフェイファー軍の進軍の目的が分かりません」
「そんなのぉう、今までだって一緒じゃなぁいぃ?
相手さんがどういう意図で攻めてきてたのかはぁ、ミワちゃんの情報を聞くまで分からなかったんだしぃ。向こうがどういう目的を持っていたのであれぇ、ボクたちは相手を撃退するのが仕事だったんだからねぇえ」
そうか。
マリクさんの言う通り、そして最初にレオナルド様が言った通り、向こうに聖女がいようがいまいが、「我々が取る作戦にそこまで大きな影響があるのかな?」……だったんだね。
「ですが、レオナルド様」
マークがケインの顔を見て発言する。
「レオナルド様やケインの目的からすると、下手に戦って相手の聖女を取り逃がすより、確実に聖女を確保してから撃退させた方が良いのでは?」
「ふむ。エマが聖女であるならば、フェイファーのアレは捨て置けば良いと思ったが。
ケイン君、どう思う?」
聖女が二人いる可能性……。
「エマさんだけでいいのか、フェイファーの聖女だけが必要なのか、あるいは両者が必要なのか。そもそもフェイファーの聖女が本物なのか。正直、僕にも分かりません。
できれば、首都にいるシャイン様にお知恵をお借りしたいところですが……早馬で駆けても、国軍の合流までには間に合いそうにないですね。
マリクさん? 情報を確実に受け継いでいるあなたでも、何も知らないのですか?」
「残念ながらぁ」
レオナルド様の指は、ずっと顎髭を擦っている。しばしの沈黙が落ちたが、目を閉じて思案に沈んでいたレオナルド様が、すっと目を開けた。
「相手方の聖女奪取は、敵の神経を逆撫でするだけで、和平交渉にも、フェイファー解体にも繋がらないだろう。やはり我々が目指すべきは、相手の撃退、そしてその後の和平交渉だ。
ただし、相手方の聖女の隠蔽だけは注意する必要がある。聖女の存在はまだ噂でしかないが、信憑性は高い。フェイファー皇室や神殿が彼女を囲って存在を隠匿すれば、我々には手の出しようがない」
「んふふ、レオナルド様ぁ、なぁかなか厳しい条件をさらぁっと仰いますねぇえ」
「そのための策を考えるのが私とマークの仕事だ」
「相変わらず厳しいことを仰る」
「なんだ、マークまで弱音か?」
「まさか。腕が鳴りますよ」
あぁ。マークがそう言うだけで先が開けるように感じる。
彼の策があったからこそ、ゲーム内ではこちらが勝利したんだもの。
それならば、今回も、きっと大丈夫。
今後の方針がまとまり、私もこれからは会議に出席するように命令が下った。
えっと……どういう立場ですかね?
「軍師補佐官だな。ケイン君も同じく、だ」
いつもの雰囲気に戻ったレオナルド様が、楽しそうに笑う。
ゲーム内でもケインは軍師補佐官になっていた。まさか私が彼と一緒の役職になるなんて、思ってもみなかったよ。
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戦争では、状況に合わせて作戦を変更するのは必然。
私が軍に加わって、しばらく後。
国軍が合流して、ついに双方が正面切って対峙した直後のこと。
「聖女が、この度の戦に、従軍しているそうです」
斥候がもたらした情報。
城で戦況を確認していたレオナルド様、マーク、私は、またしても人払いされた執務室で会議することとなった。




