37.青い瞳を失った、灰色の眼のオオカミ
今日・明日は変則的に四話ずつ更新します。
「レオナルド様、大変な噂を聞きました……って、ミワさん?」
先に部屋へやってきたのはケイン。
私を見て一瞬口籠もるものの、すかさずレオナルド様へ「お呼びでしたか?」と向き直る。
私はケインの背景を知っているから気にしないけれど、彼は違うもんね。私と一緒に呼ばれる理由が分からないようで、珍しくオロオロしている。
私はといえば、一通り話し終わり、カラカラになった喉を美味しい紅茶で潤していた。欲を言えば、冷たいお水をぐいーっと飲みたいところ。
余裕ぶちかましているように見えるかもしれないけれど、内心バックバクですよ。二人も私の事情を知らない人を呼ばれてしまって、これからどういう行動を取れば良いのやら。どう考えても突っ込んだ話されるよね。
しかも、私の知らない事実もあるようだし。
頼りにしたいマークは、さっきから全く口を開く素振りがない。というか、開けないよね。たぶん、一番情報が少ないのが彼だし。
「大丈夫だ、ケイン君。彼女は君のことを知っているよ」
「……っ! 何故、でしょうか」
その言葉の裏に込められた意味を瞬時に把握したらしい。キュッと目を細めて、普段のワンコ系から、牙を剥き出しにしたオオカミのような雰囲気へ変貌する。うわぁ、若くても迫力ある!
そんなオオカミ君を意に介さず、いつもの楽しげな様子に落ち着いたレオナルド様が話をはぐらかす。
「で、大変な噂というのは、フェイファーの聖女の話かな?」
「あ、えぇ、そうです。さすがにお耳に入っていましたか」
「ああ。それに関して内密の話があるから、君と、傭兵隊第二部隊長のマリクに、ここへ来てもらうことにしたのだ」
「そこにミワさんが同席する理由は?」
ですよねー。気になりますよねー。私もここにいていいのか自信ないよ?
「マリクが来てから話そう――おぉ、ちょうどいい、到着したようだな」
「お呼びですかぁ、レオナルド様ぁ? あ~れぇえ、ミワちゃんがこぉんなところにいるなんてぇ、何だか意外ぃ」
マリクさんの言葉に、ケインのグレーの瞳がジトッとした雰囲気に変わる。彼の喋り方が癪に障ったのかもしれない。緊迫感ないもんね。
「ははは、そうだな、私が全員の紹介をするのが早いだろうな。
彼がケイン・ジルベルト。かの事件の当時、大きな代償を払ってくれた一人だ。
彼がマリク・ジルベルト。ケインの兄君の子孫、ジルベルト家の直系に当たる。
彼女はミワ・ワタナベ。とある事情から、我々の……旧ラヴィソフィ国、クルスト王家の事情を知る女性だ。彼女の情報によって、エマが聖女である可能性が非常に高いことが分かった」
おそらく、レオナルド様以外の全員が、何かしらの衝撃を受けているはずだ。
いち早く立ち直ったのは、マリクさんだった。
「ははぁ。んっふふっふふぅ。レオナルド様も趣味が悪いですねぇ。ケイン君……ケイン様がぁ、王子を助けたあの方だったなんてぇ。もぅっと早くボクに伝えてくださいよぉう。
……ということはぁ? ケイン様と一緒にいた少年がぁ、目覚めた王子でぇ? フェイファーにいる聖女はともかくぅ、お嬢様は聖女でぇ? あぁ、うん、聖女が二人って可能性もあるのかなぁ?
ともあれぇ、お二人が目覚めたということはぁ。伝えられてきた邪神復活が近いということですかぁ? それをミワちゃんが知らせてくれたぁ、ってことですぅ?」
おいおい、マリクさんまで邪神のことを知ってるのか。
もしかして、ゲーム内で描写されていないだけで、この国では結構メジャーな知識だったの? そんな雰囲気なかったけども……。
******
再度、ゲームの話をしよう。
ゲーム当初に自分で決めた主人公の名前、軍の名前、軍本拠地になる地方の名称は、それぞれ亡国王子の名前、亡国王家の家名、亡国の名前となる。後に明らかになる主人公のミドルネームは、バードで固定。
だから、最初に変な名前をつけてしまうと『いいいい国の、ああああ・バード・うううう王子』なんて事故が起こる。それはそれで、あえて狙ったネタ名をつける人もいただろうけど。
さて。
この世界では、デフォルト名ではなく、私の名付けた名称で歴史が動いていたらしい。
なので、主人公の孤児、もとい王子の本名は、ラルド・バード・クルスト。失われた王国、ラヴィソフィ国の王家唯一の生き残りということになる。
ラヴィソフィ国の滅亡の原因は、古くからの邪神復活に乗じたクーデター。
クーデターと前後するように見出された聖女と、クルスト王家付の魔術師であったシャイン・ユジールが亡くなった王の代理で王杖を使い、邪神自体は何とか二つに分けて封印した。しかし消滅には至らず。
クーデターにより、王家の人間はほとんどが命を絶たれ、ラヴィソフィ国はクーデター首謀者のフェイファー家に乗っ取られる。ラヴィソフィ国と友好関係を持っていたビエスタ国が、何とか現在のラヴィソフィ領だけを取り込み、亡国は二つの国に分かたれた。
クーデターで国が完全に落ちる直前。未来の邪神討伐と国の安定を望んだ忠臣たちにより、王家唯一の生き残りであるラルドへ希望を繋ぐ。即ち、この動乱を避け、次に邪神が目覚める時まで王家の血を確実に残すため、彼に時間停止の魔術をかけて長い眠りについてもらうことにしたのだ。
王子のミドルネーム――バードの名――に宿した王子の記憶と、側近候補であったケインの瞳の青色――彼の持つ莫大な魔力――を対価に、シャインの手によって、二人の時間が止められる。
彼らが目覚めただけでは、心身共に歪んだ状態となり、余命は五年ほどしかない。彼らを正常な状態に戻すために、今はビエスタ国の宮廷所属魔術師となったシャインの元へ行き、力の結晶である『青い鳥』を手に入れる必要がある。
邪神復活の兆しによって再び現れる聖女の影響で二人が目覚めた後、ビエスタ国に預けた王杖を手にし、フェイファーに伝わるティアラを手にした聖女と力を合わせて、邪神を斃してラヴィソフィ国を復興させる。
――というのが、大まかな背景。
ゲームでは、ケインがレオナルド様に「聖女と共に王子が邪神を斃す必要がある」旨を伝え、フェイファーを併合させるように作戦を変更させるんだけども。
その時の様子では、レオナルド様は邪神のことを知らなかったように思う。
もちろん、何度も言うように、マリク・ジルベルトなる人物も出てきていない。
聖女もエマちゃんのみだったけれど、まさか、フェイファーの聖女も本物で、実際の聖女は二人いた?
この違いは……何?
******
マリクさんの言葉を受けて、レオナルド様が私に向き直る。
何か言おうとしたレオナルド様を丁寧に、しかし有無を言わさず制止したのは、ケイン。
「お待ちください。
僕は結局、彼女の正体を知らない。とある事情とは何なのか。それが分からないのに、今ここでおいそれと話はできません。
それに、マーカスさんだって部外者です。
今のジルベルト家当主はマリクさんとはいえ、王子を守るのは僕です。勝手は許しません」
ワンコ改めオオカミ君は、私を睨むだけでなく、この場にいる全員にも噛みつく。
マークは、腕を組んだまま壁にもたれ、ケインではなく私を見ていた。視線が絡む。うん、マークは既に部外者ではない。私が巻き込んだ。でもそれを恨んではいない、私を案じてくれる目をしている。
レオナルド様に目を移すと、柔らかい目でこちらを見ていた。それは、「どうする?」と私に尋ねているようで。私自身の処遇をこちらに委ねてくれている。
私がここにいることで、私の知っていることを周囲に話すことで、どのような影響があるのか分からない。だから、レオナルド様とマークにしか、私の秘密は知らせていなかった。私が、絵物語でこの世界のことを知っていると。
でも、既に世界は私の知らないものに変わりつつある。それが私という異分子がいる故なのかどうか分からない。
悩んでいるばかりでは仕方ない。
未だ記憶のないラルドや、聖女かどうか不明なエマちゃんはともかく、確実にストーリーの要であるケインは知るべきだ。私という異分子のことを。
「分かりました。私の秘密、ケイン君とマリクさんにもお話しします」




