36.口を割ります
「君の言う絵巻物語か。しかし、齟齬があったとして、我々が取る作戦にそこまで大きな影響があるのかな?」
レオナルド様の口調は、相変わらずどこか楽しげだ。その様子に、急いていた気持ちが少し落ち着く。
一方のマークは、昨日のことなど何もなかったかのような顔で、真剣に考え込んでいる。その様子に、頼もしさを感じる。
さて、どうやって伝えたものだろう。
双方の戦いの目的が、既に変わっていることを。
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フェイファーの第一の目的は、聖女の保護……という名の拉致だった。
一年ほど前に、探し求める聖女がついに現れたという神託を受け、あちこちへ密偵を放った結果、エマちゃんが聖女候補だと目されて、ラヴィソフィへ向けての宣戦布告と相成った訳だ。
そして実際のところ、彼女は正真正銘の聖女。回復魔術を扱えるのは、唯一聖女だけだから。
まだエマちゃんはここにいる。それなのに、既に聖女が相手側にいるとなると、彼らの目的が全く読めない。何故こちらに戦いを仕掛ける?
エマちゃんが既に回復魔術を発現していることを、私自身でしっかりと確認はしていない。だからもしかしたら、エマちゃんは聖女ではなく、今フェイファーにいるという聖女(仮)が本物である可能性はある。
もちろん、今のラヴィソフィ軍は、元々エマちゃんを狙われていたなんて知る由もないし、裏で敵の目的が変わっていようが、聖女が誰だろうか、やるべきことに変わりはないのだろう。
そういう意味では、レオナルド様の言うように、クルスト軍の取る作戦への影響は少ない。
だがしかし。この戦い、単にラヴィソフィがフェイファーを退けておしまいではないのだ。
厳密に言うと、ブルフィアシリーズ一作目では、フェイファーを退け、聖都にあるアルバーノ城で皇帝と対峙する所で話は終わる。
ところがどっこい、二作目ではフェイファーに封印された邪神の半身を倒すためにフェイファーとの合併が必要となる。
更に三作目ではビエスタ国に封印されたもう片方の邪神を倒し、過去に邪神に滅ぼされた国を復興させるのが最終目標になるのだ。
その過程で必要となるのが、聖女のティアラであり、その継承権を持つ聖女。そして王位継承者が持つ王杖。聖女と王位継承者、双方が協力して、ビエスタ国との友好関係を保ちつつラヴィソフィ・フェイファー両地方を新しい国として独立させる。
と、ゲームが進んで明かされる、戦争の裏の真実。
だいたい分かるね? 王位継承者は主人公のラルドだよ!
となると。
来る邪神の復活に備えて、ラルドと聖女を組ませなければならないのだ。
単にフェイファーの侵攻を防ぐだけでは、近々起こる邪神の完全復活を阻止できず、結局皆が死んでしまう。
本来であれば、エマちゃんが聖女としてフェイファーへ連れ去られた時点で、ラルドの幼馴染み――王位継承者の忠臣であるケインが、レオナルド様に直訴することでこの戦いの主旨を変更し、エマちゃんの奪還と共にフェイファーの解体を目指すことになる。
えーと? 聖女(仮)が既にフェイファーにいるとしたら、エマちゃんを取り戻すという名目でフェイファーと交渉することはできないし。
ラルドとケインだけを聖女(仮)の元へ送り込んだとしても、無事に聖女(仮)と組めるとは限らない。
え、これ、ホントどうすればいいのか分からなくなってきたよ?
私は、ブルイチの戦いが終わった段階でここから首都へ移り、できれば元の世界に戻ってしまい、邪神との戦いは完全に元のストーリーに戻すつもりだったのに。
もうここは、ストーリーに介入するしないの悩みを捨てて、一切合切レオナルド様とマークに打ち明けて、対処を練ってもらうしかない気がする……。
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という結論を、傭兵君から情報を聞いた時点で弾き出した私は、取る物も取り敢えずここへ駆けつけたのだ。
ずっと黙っていたゲームのストーリー。ブルイチ、ブルニの辺りだけは掻い摘まんででも打ち明けるべきだと覚悟して。ケインの担っていた役割を、私が果たそうという心積もりで。
でも、いざ話をしようとすると、さて、どう切り出したものか。
「ふむ。その様子を見る限り、大なり小なり影響はあるのかな? よし、まずは我々だけで臨時の会議を開くことにしよう」
察しの良いレオナルド様が再度口を開く。
場所をソファセットへ移し、いつだかのように私たちは向かい合った。
「まずは、私の知るストーリーのあらすじについてお話しします」
知識は充分でも、即興で人に語るように纏めるのは自信がない。
所々話が前後しながら、それでもマークが紙に要点を纏めながら適宜質問をしてくれたため、何とかブルイチとブルニ序盤までを話し終わる。
「……ふむ、なるほど。ミワの語る内容は、私の知る限りの情報とも合致する」
「ということは、エマちゃんは既に回復魔術を使えるんですか?」
それであれば、フェイファーの聖女(仮)がいるという話も、単なる噂だとして重要視していなかったんだろう。
私の疑問に、レオナルド様は大きく頷く。
「それもある。だがね、私は、邪神が封じられていることを知っているのだよ」
え? それを知っているのは、ケインと大魔術師シャイニー様だけのはずでは……?
あ、もしかして、私と同じように危機を感じたケインが、既にレオナルド様に進言していたとか?
「ケイン君をここへ呼んでくれ。それから、傭兵隊第二部隊長のマリク・ジルベルトを」
ちょっと待て。
ジルベルトって、ケインの家名。亡国王家に最も忠実である一族のファミリーネームだよ!?
あの変人、もとい、濃いキャラのお兄さんが、まさかの重要人物ですって!?
そんなの、ゲームになかった! なかったよ!?
「ミワ。その間に、話の続きを。……君の読んだ絵巻物、そのような中途半端な終わりではあるまい?
どこまで語られているのか、詳しく聞かせてもらおうか」
目を白黒させている私に、今までになく鋭い為政者の顔となったレオナルド様が話を促す。
覚悟を決めた私は、ブルサンまでの全てのストーリーを打ち明けることとなった。




